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正義の見解 (2/3)


 あの日から、随分と時間が経った。

「キャメル、また一回り大きくなってないか?」

 日向で転がる超ペンギンにもたれかかっていた青年が、ふと何かに気付いたようにそんな言葉を投げる。
 くう、と鳴き声を零した超ペンギンをどう発言したと解釈したのか、やっぱりそうだよな、と答えたその手が軽く羽毛を撫でた。

「寝る子は育つっていうし、この島に来てから寝まくってっからねェ」

 そりゃ大きくもなるよ、なんて言葉を零したクザンが超ペンギンの傍に座り込んでそういうと、そういうもんですかね、と答えたナマエの手が超ペンギンから離れる。
 それと共にその目がちらりとクザンを確認して、少しだけ顔を伏せ、自然さを装って二人の間の距離を少しだけ開いたのをクザンは見た。
 けれども気にせず、寝そべる超ペンギンをクッション扱いして背中を預ける。

「きれいな入り江ですね、ここ」

 言葉を放ったナマエが見やった方を、クザンも同じように見やった。
 真っ白な砂で出来た入り江は遠浅で、青い海水が海と湾内をつないでいる。
 クザンがここへやってきたときに張り巡らせた氷は既にここ数日の春島の天気であたたかく溶かされて、今やこの島を気に入ったらしい超ペンギンまでとろけそうだ。
 隠れ家のようなそこでクザンが大人しくしているのは『時期』を待っているからで、クザンのやることをあまり詮索しないナマエも大人しくこのつかの間の休息を味わっている。
 島の中にはある程度の食料もあり、過ごす場所についても野宿に慣れたクザン達には問題がない。

「泳いできてもいいよ、浅いとこでなら」

 目の届く範囲でならとクザンが許可を出してみると、遠慮します、とナマエがクザンの横で首を横に振った。

「溺れたら氷漬けにされそうですし」

 危ないから嫌ですと続く言葉に、あららら、とクザンが声を漏らす。
 まるで実体験のような発言だが、クザンは今のところナマエを氷漬けにしたことはない。
 一度だけそうしてやろうかと思ったこともあるが、結局実行には移さなかったのだからなかったのと同じだ。

「溺れなけりゃいいでしょうや」

「人間、誰しも『絶対』はないんですよ」

 きっぱりと言われて、そりゃそうだけどね、とクザンも頷いた。

「あー……それじゃあ、あれだ、おれが凍らせて、スケートリンクにでも」

「靴がないですし、寒いですし、こんなに浅いんじゃあ逃げられなくて住んでる魚が可哀想じゃないですか」

 喜ぶのは俺とキャメルだけですよ、なんて言い放ったナマエが眉間へしわを寄せたのに気付き、冗談だよ、と言葉を紡ぐ。
 相変わらず、ナマエはおかしなところで常識的だ。
 最近ではめっきりあの『予言書』を開くことも無くなったナマエの今日の手慰みは、どうやら先日クザンが引っ張った際にほつれてしまったナマエの上着の繕いらしい。
 前は何度かちくちくと指を突いて小さく悲鳴をあげていたものだが、今ではすっかりうまくなったようだ。

「苦労かけるねェ」

「本当ですよ、強く引っ張るんですから」

 不満げにナマエは言っているが、クザンに悪びれるつもりはなかった。
 確かに服を引っ張ったのはまずかったかもしれないが、ほつれたのは勢いよく離れようとしたナマエが悪いのだ。
 ここ最近、ナマエの様子がおかしいという事実に、クザンは気付いていた。
 当人も『気付かれている』ことには気付いているかもしれないが、それ以上の反応はない。
 様子がおかしくなった発端は、もう随分と以前、麦わら帽子の海賊一味と遭遇した時だったろうか。

『ルフィだ』

 嬉しそうに声を漏らしたナマエを、ふとした拍子に思い出す。
 クザンの傍らに座っているナマエと言う名の青年は、もともとは一般的な普通の人間だ。
 クザンのように悪魔の実の能力者でもなければ、海兵でも海賊でも革命軍の人間でもない。
 ただ何か違うのだとすれば生まれが『この世界の人間』ではないという事実だけだが、それを知る人間はクザンとナマエ以外にはいない。
 そして、そんな不可思議な人間に付けられた莫大な賞金の罪状は、教唆者であるという一点だった。
 海軍大将青雉を唆し、世界の命運をかけた戦争の最中、全てのきっかけとなった海賊王の息子を逃がす道を取らせた。
 なんで俺まで、と手配書を見たナマエは文句を言っていたが、多少は仕方のないことだろうと、クザンは思っている。
 何せナマエは、誰にも知られていないが一度、同じ罪を犯している。
 どうしてか決闘まがいのことを行っていた黒ひげと火拳の戦いにクザンを割って入らせ、捕らえた海賊のうち火拳だけを逃がした。
 その事実を掌握したクザンがどれほど裏切られた気持ちだったかなど、ナマエは知らない。
 顔を合わせてから共に過ごす時間などそれほどなかったのに馬鹿な話だが、クザンはナマエを信じていた。
 海軍の中で過ごすうちに燃え上がらせることの出来なくなった正義を、それでもそれを胸に抱いていたクザンを『正義の味方』と呼んだナマエを、ただ信じていた。
 けれどもナマエは別にクザンのことなどどうでもよくて、親しげに『エース』と呼んだあの海賊を助けるために『何か』を黙っていて、そしてすべてをなした。
 そう思った瞬間のどうしようもない気持ちが、まるごとそのまま別の感情に引きずられた結果に出てきたものだと気付いたのは、『火拳のエース』の処刑が行われる少しだけ前のことだ。
 恋とは人を愚かにするもので、そしてナマエの言う『未来』で『大将青雉』が海軍を離れているのなら、結局クザンは何もせずとも海軍を去ることになるのだろう。
 それなら、利用してもいいか、とも思ったのだ。
 『平穏な生活』とやらを求めているのならそれも与えよう。
 海軍以外にも信用のおける人材はいる。
 クザンがナマエにとっての『正義の味方』のままならば、そちらへ預け、時たま会いに行くことも、きっとナマエは受け入れてくれるに違いない。


 


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