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正義の見解 (1/3)
※『おてがみ』シリーズ
※『発覚した事実』の後



 クザンがその男の存在を知ったのは、とある一通の手紙を受け取ったからだった。
 大将青雉宛で間違いなかったその手紙には、海軍の汚らしい部分であるとも言える、海賊を利用して利をむさぼる海兵のことが記されていた。
 ゴールド・ロジャーが処刑された東の海のとある島で、王下七武海となった海賊の『恩赦』で釈放されていた魚人が好き勝手をしているという、苛烈な同僚の耳に入れば島もろとも焼かれてしまいかねないような事態だ。
 けれども、もしもその島の関係者だというのなら近くの支部に連絡すればいいだけの話だろう。ローグタウンにはクザンもよく知る『良い』海兵がいる。
 それをわざわざ海軍本部の海軍大将へと送りつけてきた手紙の主の意図が分からず、封筒を裏返してもリターンアドレスどころか名前すらない。
 何かの罠か、そうだとしても踏み込むべきかと考えながら東の海に人をやったクザンが、手紙に記されたことが『真実』なのだと知ったのは、とある海賊が『アーロンパーク』を壊滅させたからだった。
 まさか、と『海兵』という立場を隠して調べさせた報告には、件の海賊が随分と非道なことをしていたらしいという話が記されていて、更に穿った方向で調べれば馬鹿をやっていた海兵の存在も分かった。

『あららら……お前さん、どこの誰なの?』

 呟いて見やっても、名前すらない手紙の差出人からの返事は無い。
 偉大なる航路のあちこちをさまよいたどり着いたらしい手紙の経路を、人を使って辿ることにしたクザンがその重い腰を上げたのは、更なる手紙が届いた時だった。
 『ニコ・ロビン』の名前が記されたそれに、これ以上誰かに任せるわけにはいかないと分かったからだ。
 今は亡き友人が命がけで逃がそうとした、そして最後はクザンがその逃亡を助けた恐るべき賞金首は、今もなおこの海で生きている。
 手紙の文面からして、手紙の差出人はクザンが犯した正義を知っていた。
 さらには王下七武海が国家転覆を狙っているというのだ。
 けれどもその文章の最後には、海賊がそれらを防ぐとも記されている。
 話がそこで完結しているならわざわざクザンに知らせる意味もないことで、しかし手紙の真偽を確かめないではいられずに、クザンはアラバスタへとその足を向けた。
 そしてその結果として、やはり手紙に書かれていたことは事実なのだという事を知った。
 ならば、と自由に海を渡りながら手紙の出所を探したクザンがその家にたどり着くことが出来たのは、三通目の手紙が送られたからだ。
 麦わら帽子の海賊が世界政府に喧嘩を売るという、何とも作り話のような内容だが、今までの手紙と件の海賊の動向からすれば、あながち嘘とも思えない。

『とりあえずこの手紙の内容まで『本当』か確かめてやるから、同行な』

『に……任意同行ですか?』

『強制連行の方がいい?』

 辿りついた小さな家の中で、クザンに比べて随分小さな見てくれの差出人は、首を傾げたクザンの前で慌てて首を横に振った。
 せめて持っていきたいものがあるから、と荷造りを始めたが、鞄に押し込まれる荷物の中で異様なのが、数冊の本だった。

『白い本なんてどうすんの』

 屈み込み、鞄からひょいと取り出した本をめくって、クザンはそんな風に相手へ尋ねた。
 開いた本の中身は、不自然なほどに白かった。乱丁本かと思うほどだ。
 丁寧にブックカバーまでつけられているが、そのカバーの材質も製本方法も、クザンの知らないものである。
 ここまで表も中も全て白くては、文字の書き付けか焚き付けにしか使えない。あぶり出しだというなら、ここまで丁寧な製本はしないだろう。
 クザンの言葉に、あ、ええと、と声を漏らしたナマエと言う名前の男は、少し考えてから鞄に押し込んだばかりの本を一つ開いた。
 そうして、やはりクザンの目には白紙でしかないそのページを指差して、恐る恐ると言った風に口を動かす。

『ここに、この世界の未来が少し書かれてるんです』

『……………………』

『あ! ちょっと! 可哀想なものを見る目しないでくださいよ!』

 あまりにも荒唐無稽な話に押し黙ったクザンの前で、自分で聞いたくせに! とナマエが声をあげる。

『どうせ他の人だって誰も読めないんで、期待してないですけどっ』

 気分を害したような声で言いながら、その手の本を鞄へ押し込んだ青年は、クザンの方へとその手を差し出してきた。
 求められていることに気付いてクザンが手元の小さな本を乗せれば、それもまた鞄の中へと仕舞われる。

『そういや、なんでおれに手紙を送ったわけ?』

 その様子を眺め、不審な行動をとらないよう相手を観察しながらふと零した疑問に、え? とナマエは不思議そうな顔をした。
 何故そんなことを聞かれたのか分からないと言いたげな顔だが、クザンの疑問はもっともな筈だ。
 一番最初の手紙なら、東の海の海兵へ送った方が早かった。
 もしかしたら件のふざけた海兵の根回しを考慮してのことかもしれないが、それでもわざわざ海軍最高戦力へと送る必要はないだろう。
 どうやって連絡先を調べたのか知らないが、かなりあちこちをさまよったらしい手紙は、クザンの手元へたどり着かない可能性すらあったのだ。
 二回目の手紙にしても、もちろんニコ・ロビンのことを考慮すればクザン宛で良かったのだろうが、逆に言えばニコ・ロビンのことを省いても成立する内容だった。
 王下七武海とことを構える海兵は少ないが、例えば海軍大将がその宛先にふさわしかったとしても、それはクザンでなければならない理由にはならない。
 何よりクザンは一度目の手紙を無視した形になったのだから、また無視されるかもしれない、と考えるのが一般的だろう。
 だというのにクザンの前で間抜けな顔をしている青年は、三通目もクザン宛に送ってきた。
 ニコ・ロビンが深くかかわる内容だからというのならそれまでだが、はたして本当にそれだけだろうか。
 疑惑にその目を少しばかり眇めさせたクザンの向かいで、不自然にナマエが目を逸らす。
 にらみ合いに負けた犬のような仕草のまま、その体が少しだけクザンから距離を取った。

『いえ、あの、お……怒らないで欲しいんですが』

『あららら、何か怒られるようなこと言うんだ?』

『だってもうすでに怖い顔してるじゃないですか』

 何とも心外な発言に、クザンは目を瞬かせた。
 クザンのことを『怖い』と堂々と言い放った相手の方は、クザンが表情を変えたことにも気づかずに、その目を逸らしたままで言葉を零した。

『大将青雉なら正義の味方かな、って思ってですね』

『…………ん?』

『大将赤犬と大将黄猿は、なんて言うかほら、怖いし、怪しい奴だってなったら俺まで危なそうだし』

 まるでクザンの同僚の人となりを知っているかのような発言をしつつ、だからです、とナマエは続けた。

『俺が知っている『未来』の話を信じてくれたら、この先のことも信じて、助けてくれるかもと思って』

 寄越される言葉の意味することを吟味して、クザンは少しばかり目を細めた。
 屈んだままの自分の膝に頬杖をついて、へえ、と声を漏らす。

『海軍大将を利用しようってわけか』

『え?! いやちが……あれ!? 違わない……?』

 詰られたと感じたのか慌て出すナマエの向かいで、クザンはわずかに笑い声を零した。
 正義というのは、見方次第で簡単にその姿を変えてしまうものだ。
 クザンはそれを知っているし、自身が『正義の味方』だなんて思わない。
 けれども、クザンのことを『正義の味方』だと信じているらしい目の前の男は、一体どんな未来から『助けて』欲しいというつもりなのか。
 荒唐無稽でおかしなことを言うナマエと言う青年に興味がわいたのは、確かにその時だった。







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