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こいの犯行 (2/3)

「ロロノア・ゾロだ」

 驚きのあまり相手を指で示してしまって、慌てて自分の手を降ろす。
 初めて見る『主人公』の一味だ。手配書も出回っている『海賊狩り』のことは、俺だってちゃんと覚えている。いる筈だと思っていたが、顔を合わせないからすっかり忘れていた。
 俺の様子に首を傾げて、少し考えたロロノア・ゾロが、ああ、と低く声を漏らした。

「赤髪のシャンクスが来てるんだったか」

 そこの奴かと問われて、そうそう、と答えた。
 そうしてそれから、あれ、と今度は俺が首を傾げる。

「酒も飯もあるのに、宴にいなかったよな?」

 かの『ルフィくん』の仲間なのだから、もしも宴の場に混じっていたなら、それはもうみんなの歓迎を受けていそうなものだ。
 けれども宴の場はいつも通りの様子だったし、この顔を見た覚えもない。
 俺の発言に、よその宴に混じってどうするんだ、とどうしてかロロノア・ゾロが呆れたような顔をした。

「大体、そっちの船長は、うちの船長とちっとばかし『約束』事をしてるんだ。あいつが会わねえうちに、おれが抜け駆けするつもりはねェよ」

 ため息交じりにそんな風に言われて、そういうもんなのか、とよく分からないものの頷く。
 シャンクスと『ルフィくん』の約束というのは、たまに酔っ払ったシャンクスが話している奴だろうか。俺が思っていたより大事な約束だったらしい。
 それに、確かによその宴に混じるのはとても神経を使いそうだ。
 ほとんどの仲間達が世代も違うし、年上ばかりじゃ合う話なんてほとんど無いだろう。俺は多少年齢の近い方だと思うけど、楽しい話題が提供できるとも思えない。
 ひょっとして、だからあのホロホロと笑っていた女の子もやってこなかったのか。
 少し納得してしまった俺をよそに、さっさと戻れよ、と言葉を置いたロロノア・ゾロは、俺の前を横切る形で通路の向こう側に行ってしまった。
 なんとなくその背中を見送った俺の視界で、通路の突き当たりまで移動した海賊が、きょろりと自分の左右を確認する。
 やがて右へと曲がっていったが、ほんの十秒も経たないうちに戻ってきて、今度は逆側に歩いていった。
 あれ、と思わず目を瞬かせた俺の耳に、階段を下りていく足音と、そうしてそれからまた昇ってくる足音がわずかに届く。
 そのまま少し待っていると、来た道を戻るようにして姿を現したロロノア・ゾロが、俺のいるほうに足を向けて、俺の姿を見つけて少しばかり眉を動かした。

「……あのさ」

「ああ?」

 近寄ってきた相手に声を掛けると、怒ったような威圧的な声が寄越される。
 年下でも怖いものは怖いので、少し身を引きつつ、けれども俺は言葉を吐きだした。

「もしかして、迷ってないか?」

 そういえば漫画で見た『未来の大剣豪』は、とてつもなく方向音痴だった気がする。
 俺の発言に少しだけ目を眇めたロロノア・ゾロは、しかしぷいと顔を逸らしてしまったので、俺の問いかけを肯定したようなものだった。







「ここ?」

「ああ、見覚えがある」

 一緒に進んでいった先の扉を押し開いて、俺の傍らの男が頷いた。
 入り込んだ部屋には、確かに、少しばかりの生活感がある。誰かがここで過ごしていることは明白だ。

「あれが証拠だ」

「あれ……ああ、バンダナ」

 言われて見やった先で椅子の背もたれに掛けられた黒い布を見つけて、それじゃあここで間違いないんだな、と呟いてからロロノア・ゾロの傍を離れた。
 部屋の外まで出て、ドアノブの前で自分の服の裾を軽く破く。

「ひとまず目印な」

 裂いた服の裾をくるりとドアノブに結び付けてから、俺はその端を掴んで部屋の中から見えるように引っ張った。
 俺のそれを見て、少しだけ眉を寄せたロロノア・ゾロが、そこまでしなくてももう迷わねェ、と低く唸った。
 だがしかし、俺が見ている前でも何度も道を間違えていたのだ。
 とりあえず来た道を戻れるようについてきたが、ここまでの道のりは長く険しかった。少し城内に詳しくなった気もする。
 もう結構な月日を過ごしている筈なのに、いまだにシッケアール城には慣れていないらしいロロノア・ゾロには、目印が必要だろう。

「壁にラクガキはさすがにまずいだろうし、部屋の前の通りに来たらすぐわかるようにしておくのは大事だって」

「たどり着けなかったらその辺で寝るから問題ねェ」

「あのなゾロ、野生動物じゃないんだから……」

 野性的すぎる発言にため息を零して、気に入らなかったらもっと可愛いリボンとかにしてもいいからさ、と言葉を続けてから、俺はそっと服の切れ端から手を離した。

「じゃ、俺はもう行くから」

 ロロノア・ゾロを送り届けるのに時間を使ったし、そろそろ広間の様子を見に行ってみよう。
 それでまだシャンクスが盛り上がっていたら、今度はこっそり酒でもくすねてここまで戻ってきてもいいかもしれない。手土産があればかくまってくれる可能性も高いし、そうなれば勝手に客間らしき部屋を使うよりも安心だ。
 俺の発言に、おう、と応えながら近寄ってきた相手が、部屋の内側から俺を見下ろす。

「まァ、あれだ。世話になったな、あー……」

 礼を言うようにそう言って、その目が窺うように俺を見た。
 その視線に、そういえばと思い出して返事をする。

「ごめん、俺ナマエって言うんだ」

「ナマエか」

 聞いたことのねェ名前だなと続く発言に、賞金掛かってないからなと頷く。
 名を売るのも海賊の誇りらしいが、俺はレッド・フォース号の上では数少ない賞金首ではない海賊だ。
 俺の様子に少しばかり面白がるような顔をして、変な野郎だな、とロロノア・ゾロが言葉を零した。

「怒らねェのか」

「え? なんで?」

 落ちた言葉に思わず問いを重ねると、なんでもねェ、とごまかされる。
 その手が俺の方へと伸びて、内側から扉のノブを捕まえた。

「正直、助かったぜ。帰りは……迷わねェな」

「うん、来た道を戻るだけだし」

「そうじゃなくてよ……まァ、いい」

 その目がちらりとどうしてか階段へと続く角を見やり、そうしてすぐに俺の方へと戻された。
 じゃあなと落ちた言葉に頷いて、俺の方から扉を押す。
 ぱたんと扉は閉ざされて、ドアノブに先ほど結んだ布がひらりと少しばかり揺れた。
 やっぱり少し不格好だが、まあ、他のドアにはそんなものはついていないのだから目立つだろう。
 よくよく考えると自分の服が破けてしまっているのだが、その辺でひっかけたことにすればいいかと短絡的に考えつつ、俺は来た道を戻るために歩き出した。

 


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