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幸福とは
海賊王生誕祭/バギーと同設定
※少年バギーと異世界トリップ主



 オーロ・ジャクソン号は久しぶりに、人のいる島へと到着した。
 足りない物資の買い付けを任されて、メモを片手に持った俺は自分の傍らを見やる。

「まず酒だな」

「おう! 酒か!」

 じゃああっちだ、ととても自信ありげに彼方を指差した赤鼻の子供に頷いて、歩き出した相手についていく。
 その背中すらもやる気に満ち溢れていて、少しだけ足を速くしてバギーに並びながら、俺はそちらを見下ろした。

「いいのか? バギー」

「ん? 何がだ?」

 機嫌よさそうに足を動かしながら、バギーがわずかに首を傾げる。
 不思議そうなその目に見上げられながら、だってほら、と俺は続けた。

「久しぶりの島だろ? 遊びに行くって言ってたじゃないか」

 島が近くなっていくところから、ずっと騒いでいたのだ。
 シャンクスと仲良く並んで船から身を乗り出して、思い切りレイリーに怒られていたのを後ろで見ていたんだから間違いない。
 確かに今度の島は久しぶりの『港町』で、遊ぶための軍資金だってちゃんと配られている。
 ロジャー船長にいたっては誰より早く降りて行ってしまったし、他のクルー達だって久しぶりの陸には喜んでいたし、シャンクスもいつも仲良くしているクルーを引っ張って走って行った。
 だからバギーだってすぐに島へと降りていくんだろうと思っていたのに、どうしてか俺がレイリーに呼ばれて戻ってくるまでの間ずっとタラップから降りたところで待っていて、さらには『買い出し』を申し付けられた俺のメモを見ても気にした様子も無く一緒にいてくれている。
 俺としては、初めての島でバギーが一緒にいてくれるのはとてもありがたいし嬉しいが、ただの買い出しなんてバギーにはつまらないんじゃないだろうか。

「終わったら派手に遊びに行くに決まってんだろ」

 何を言っているんだ、と言わんばかりの目を向けられて、今度は俺の方が首を傾げる。
 そんな俺をさらに見つめて、変なナマエだな、と声を漏らしたバギーは、ひょいとその手で俺の手を捕まえた。
 ぐっと握りしめられて、少し痛い。
 俺より小さな掌の筈なのに随分な力だよなァ、とそれを見やると、ぐいと腕が引っ張られ、注意を引かれた俺はそのまま視線をバギーへと戻した。
 俺が自分を見たのを確認して、ふふんと鼻を鳴らしたバギーが軽く顎をそらす。

「おれァ、副船長直々にナマエのゴエーを任されてんだ! シャンクスの奴とは一味も二味も違うぜ!」

 自慢げなその発言に、少しばかり目を丸くした。
 いつそんな話を、と呟けば、この前の無人島を離れる時にだ、と返事が寄越される。
 それはつまり俺が森歩きに疲弊してシーツにくるまって癒しを求めていた時のことで、そういえばこの間はバギーが付き合ってくれなかった。
 若いって良いなァとあの日の俺は若さを羨んでいただけだったのだが、そんな俺をよそに、レイリーは何やらバギーに言い含めていたらしい。

「それは……ごめんな」

 『副船長』の命令ではどう考えても逆らえなかっただろうバギーに申し訳なくなり、ぽつりと言葉を零す。
 確かに、俺をあの船へと引き入れてくれたのはバギーだ。
 俺より小さなこの子供は、俺よりよほど立派な海賊で、そして責任感のある男だった。
 そうでなかったら俺を拾って連れて帰って、船長と副船長へ乗船を頼み込むなんてことはしないだろう。
 そんな特別な恩人から楽しみを奪ったのか、と眉を寄せると、俺の横で少しばかり不思議そうにしたバギーが、『何を謝ってんだ』と呆れたような声を零した。

「謝られるようなことなんてされてねェぞ?」

「いや、でもな」

「いつもはナマエがおれに付き合ってるからな! 今日はその仕返しだ!」

「……仕返し?」

 言い放ったバギーは笑っているが、言葉に何やら不穏な文字が混じったような気がする。
 戸惑う俺をよそに、ナマエはなかなか船を降りねえからなァ、とバギーが言った。
 確かにバギーの言う通り、俺はあまりオーロ・ジャクソン号を降りない。
 バギーが『行こう』というならついていくが、そうでないならできるだけ安全な場所にいたいというのは間違った思考ではないはずだ。
 確かに陸は魅力的だが、間違いなく海賊やごろつきが生息しているのである。降りるにしてもすぐに船へと逃げ込める港までがいい。
 そして、レイリーが俺に『買い出し』を頼んだのだって、そんな俺を船から降ろすためだろう。

「海もいいけどな、陸にも楽しいものがいっぱいあるんだぜ、ナマエ」

 にんまりと笑って言い放ったバギーは、ふと俺からその視線を外して、歩きながらきょろりと前方を確認した。
 目指すべき酒屋を見つけたのか、あっちだ、と言いながら俺の手を引っ張る相手に合わせて、俺も大通りの端へ寄る。
 そうしながら視線を送って、俺も前方に酒屋の看板があるのを発見した。
 地図を見たわけでも案内板があるわけでもないのに、どうしてこちらの方向に酒屋があるのが分かったんだろうか。

「…………鼻?」

 ピカピカの赤い鼻が役に立つのは夜道だけの話じゃないのか、なんて考えたところで、げし、と傍らから足を軽く蹴られた。

「痛いよ、バギー」

「今、なんか変なこと考えただろ」

 そういうのは分かるんだぞ、と怒ったような声を出したバギーは、しかしそれからすぐにその口元をにやりと歪めて、俺の手を掴んでいないほうの掌で自分の鞄を叩いた。

「買い出ししながら、これを売るとこも探そうぜ! 相手が誤魔化さねえように、ナマエもちゃんと計算しろよ」

「あ、あれもってきたのか」

 確か『真珠石』とバギーが名付けていた、この間の島の海岸で拾い集めた光沢のある貝殻のかけらを思い出す。
 どうやらバギーの鞄には、バギーの荷物を置いてあるところにたくさん置いてある袋の一つが詰められているらしい。
 確かに、暗闇でもわずかに光るあの石は、装飾品に使うなら随分と美しくなりそうだ。
 全部を持ってこなかったのは、大量に卸せばその分買い叩かれるからだろうか。

「いい値段がつくといいな」

「いい値になるに決まってんだろ、おれとナマエが集めたんだからな!」

 そこにどんなブランド価値がつくのかは分からないが、胸を張るバギーは自信に満ち溢れている。
 小さいくせに頼もしい背中の誰かさんは、たまに年相応に子供っぽい。
 そのくせ『いつか』の独り立ちも夢見ているようで、こっそりと見せてくれる『バギー海賊団の船』の絵は、空想混じりなのに妙に現実的だった。
 あれが俺の知る『未来』の船なのかはきちんと覚えていないから判別がつかないが、間違いなくバギーはいつか、自分の船を手に入れる。
 今度の真珠石だって、その『いつか』のための資金にするらしい。

「いい金額になったら、ナマエにも少し分けてやるよ。お前、おれがせっかく分けてやった分失くしてんだもんな」

 機嫌よくそんな風に言い放ったバギーに、いや俺はいいよ、と首を横に振った。
 バギーから貰った一袋を使ったのは俺自身だし、更なる分け前を貰うのは少しばかり気が引ける。
 けれども俺の発言に、バギーがむっと少しばかり唇を尖らせた。

「やるっつってんだからもらっとけ」

「でも、それはバギーのだから」

「ナマエ、チャンスを逃してちゃ海賊はやってけねェんだぞ?」

 言葉を重ねてくるバギーは、どうやら俺が受け取らないのが納得できないらしい。
 自分の分け前はしっかりと主張しろと言うことなのかもしれないが、けれども俺は自分の分け前はきちんと受け取っている。
 確かに金は持っていて困るものではないかもしれないが、バギーの『夢』資金を奪いたいとも思えないのだ。

「……じゃあ…………1ベリーだけ?」

「ナメてんのかお前は!」

 そろりと呟いてみたものの、思い切り怒られてしまった。
 さらには『もういい、おれが決めて渡すから受け取れ!』と続けられてしまって、少し困ってしまう。
 これはもう、受け取ったベリーはそのまま貯めておくしかなさそうだ。
 そうして将来、自分の船を持つと言ったら、分けてもらったベリーも足しにしてもらおう。
 どれだけ先かも分からないが、その頃には俺だってもう少しは『海賊』らしくなっているに違いないし、そうしたらバギーだって、俺がついていくことを許してくれるかもしれない。
 そうしよう、と一人頷いた俺に気付いた様子も無く、少し足音の荒いバギーが先に酒屋へと入り、俺もそのあとに続いた。
 頼まれたとおりの注文をしたら店主はとんでもない顔をしたが、その後すぐさまニコニコと愛想がよくなった。金の力は恐ろしい。

「次は何だよ?」

「次は、あー……火薬かな」

 大量の酒を用意してもらっている間に、と酒屋の後もあちこちを回り、買い物の間にだんだん怒りの引っ込んだらしいバギーと共に、宝飾品の類を買い付けているらしい店へと辿り着く。
 『真珠石』はとても珍しい物品だったのか、かなりの金額で売れて、バギーの鞄は帰りの方が膨れてしまった。

「いい値段だったなァ!」

「良かったな、バギー」

「おう!」

 少し怒っていたこともすっかり忘れてにこにこ笑うバギーはとても幸せそうなので、俺も幸せだ。



end


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