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海賊王生誕祭/バギー
※少年バギーと異世界トリップ主




「行くぞ、ナマエ!」

 言葉と共に手をひっつかまれて、俺は仕方なく引っ張られるがままにその場から歩き出した。
 ちらりと見やれば、先ほどまで乗り込んでいた筈の停泊している船が、ゆっくりと俺達の歩みに合わせて遠ざかっていく。
 オーロ・ジャクソン号から離れたくなんてなかったが、この手を振り払う選択肢が俺には無い。

「なァ、バギー。怖いんならやっぱり船に戻った方がいいんじゃないか?」

 ひとまず引き止めたくて口を開くと、ほんの少し先を歩いていた誰かさんがすごい顔でこちらを振り向いた。
 恐がるんだか無理やり笑うんだか怒るんだか、どれか一つにした方がいいんじゃないだろうか。

「何言ってんだナマエ、シャンクスとおれのやりとりを聞いてなかったのかよ!」

 赤い鼻が特徴的なバギーの言葉に、聞いてたけど、と小さく呟いた。
 俺の手を引いて歩いているバギー少年が、シャンクスとやり合うのはいつものことだ。
 俺からするとしょうもないようなことでも真剣に言い争うことが出来る辺り、まだ子供だなと思う。
 俺の『知っている』バギーとシャンクスはいい大人で、この二人がああなると思うと何とも感慨深いものがあった。
 まあ、バギーはあんまり変わらないのかもしれないが。

「ロジャー船長は、なんだって嬉しいって笑ってくれると思うんだが」

 とりあえず意見した俺に、もはやそう言う問題じゃないのだとバギーは唸った。
 どうやら、先ほどのやりとりで、どちらがより『すごい』ものを見つけてくるかが勝負の決め手となってしまったらしい。
 何とも運よく未開のこの島にたどり着き、最初の簡単な探索で『あまり危険な生物はいないらしい』と報告が出た後、ロジャー海賊団はこの島の傍で今日と明日を過ごすことになった。
 何故なら、明日は大晦日で、つまり船長であるゴール・D・ロジャーの誕生日だからだ。
 酒だ料理だと船はいつもに増して陽気に忙しく、今日初めて『ロジャーの誕生日』を知ったらしいバギーとシャンクスは二人で仲良く顔を見合わせて、それから慌てて贈り物を捜しに島へと降りていた。
 最初は仲良く二人で出かけるんだろうと思って見送っていたのに、途中でいつものように何かが原因で口喧嘩が始まって、最終的にシャンクスが他のクルーを一人捕まえて出かけてしまい、残されたバギーは俺の方へと近寄ってきて、今に至る。
 俺は弱いし、『この世界』の生まれでも無いから判断力にだって欠けているだろうに、バギーが俺を選んだ理由がよく分からない。
 けれどもまあ、バギーが俺を連れて行くことを望むなら、俺はついていくしかないのだった。
 だって、バギーは俺の最初の拾い主だ。
 警察よろしく最終的に届出られた先はロジャー船長とレイリーの前で、俺の身元を『クルー』として保証してくれることにしてくれたのもあの二人だが、一番最初に俺のことを拾ってくれたまだ子供のバギーは、俺にとっては一等大事な誰かさんだった。
 何せ、いつの間にか訪れてしまったこの『異世界』を『漫画』の世界だと認識させてくれたのは、思い切り引っ張っても取れなかったあの赤い鼻だ。
 ちなみに報復でくれられた拳骨もとても痛かったので、夢の世界でもないらしい。

「とにかく、もっと奥に行くぞ!」

 きりっと顔を引き締めて、言葉を放ったバギーがずんずんと先へ進む。
 わかったよとそれに返事をして、手を引かれながら、俺もバギーの後ろを追いかけた。
 島の半分以上を埋め尽くしている様子の密林は、木々がひしめき合いぎゃあぎゃあとどこかで鳥の鳴く声がして、何とも不気味だ。
 大きく羽を広げた鳥がどこかで音を立てて飛び立ち、それにびくりとバギーが身を竦めて立ち止まった。
 そっと足を速めて、そんなバギーの横に並ぶ。

「……バギー、大丈夫か?」

「な、ななななな、何がだ!?」

 尋ねた俺の前で、ぶるぶる震えたバギーの顔がこちらを向いた。
 さっきより怯えの色が濃くなっているその顔を見つめて、困ったものだ、と少しだけ眉を寄せる。
 まだ悪魔の実も食べていないバギーは、当然だがそれほど戦闘力は無い。
 もちろん、ただの日本人でしかない俺よりは強いが、それだって一般的な大人海賊に正面からでは太刀打ちできないだろう。
 漁夫の利よろしく戦利品だけ先にかすめてくることも多かったし、どちらかと言えば相手を油断させたり隙をついたり、そういう小細工をして勝利を収める戦闘スタイルだ。
 そのバギーと、猛獣と戦闘に入ったら三分クッキングより早くお食事となるだろう俺で未開の密林に足を踏み込むのは、どう考えても無謀じゃないだろうか。
 せめて他のクルーにもついてきて貰おう、と意見しようとしたところで、俺の発言を抑え込むようにバギーの手が俺の手を握りしめた。
 ぎゅうぎゅうと骨を圧迫するように握りしめられて、痛みを感じつつもとりあえずは大人しくバギーを見つめる。
 俺の顔をじっと見上げてから、バギーはまだ半泣きながら、真剣なまなざしで言葉を紡いだ。

「そ、そんなに心配するな! もしも万が一何かやばい奴が出て来たって、おれが必ず追い払ってやる!」

「バギー……」

「さ、ささ、さあ行くぞ! おれの勘では、こっちの方に船長も喜びそうなすげェお宝があるんだ!」

 言葉を放って、バギーが自分の前方をびしりと指差す。
 俺には生い茂る木々しか見えないが、バギーが言うならそうなのかもしれない。
 分かった、と頷いた俺の手を握る手を少しだけ緩めてから、またバギーはゆっくりと歩き出した。
 開いた手が腰のサッシュベルトから何かを取り出し、後ろへ向けてぽいと放る。
 樹に当たり、かつんと小さく音を立ててから転がったそれは、俺の目が確かなら、どう見てもクルミだ。

「…………目印か?」

「当然だろ、迷ったら副船長に怒られるからな」

 呟いた俺の手をひきながら、バギーはきっぱりとそう言い放った。
 それから、面白くないことを思い出したかのようにふんと鼻を鳴らして、斜め後ろからも分かるくらいにその頬が膨らむ。

「なのにシャンクスの野郎、食い物はもったいないからこないだの島の真珠石にしようだってよ! あれァ次の港町で売るんだっつうのに!」

 どうやら、今回のシャンクスとの喧嘩別れは、そもそもそこが原因だったらしい。
 シャンクスの言う『真珠石』というのは、多分、この間の島の砂浜で大量に落ちていた小石のことだろう。
 真珠貝に似た大きな貝がたくさんある島で、死んだ貝が砕けて転がっていたものだ。
 随分ときれいだったし、装飾品の材料として卸せば、確かにそこそこの値が付くかもしれない。一攫千金のお宝ではないが、ちりも積もれば山となるのだ。
 食べられない上に細かいそれらをちまちまと拾っていたのは、俺が知っている限りではバギーと俺くらいだった。
 俺は別にどっちでも良かったが、バギーが拾うのを手伝えと言うから付き合って、分け前だと小さな袋一つ分をわけて貰った。
 確か、シャンクスはレイリーと他のクルー達との島の探索に夢中で、全く拾っていなかったと思う。
 とすれば、シャンクスが目印としてあてにしたのはバギーの真珠石だろうか。それは、バギーだって怒るだろう。
 だがしかし、と俺は歩きながら、もうひとつ放られたクルミを見やった。
 ころりと転がったそれは確かに目立つ大きさのものだが、樹木を伝い降りてきたリスのような生き物が、何とも興味深そうにそれを眺めている。
 小さな鼻先をクルミに押し付けて匂いを確認して、どうやらそれを食料と認めたらしく、大きく開けた口でそれを咥えてするすると樹木の上へと戻って行くのを見送ってから、そっと視線をバギーと同じ方向へと戻した。
 こういう童話が、何かあった気がする。

「…………ああ、おかしの家の奴だ」

「ん? どうかしたか、ナマエ」

 少し考えて思わず口から言葉を零した俺を、バギーがちらりと見やった。
 不思議そうなその顔を見返して、なんでもないと首を横に振る。
 それから、バギーの見えない位置で自由な左手をポケットへと突っ込んで、そこに入れっぱなしだった袋の口を緩め、中からつまみだしたものをぽとりと足元へと落とした。
 かつんと小さく音がしたが、バギーは気付かなかったようで、その目はすでに前方を向いている。
 それを確認してから、俺はちらりともう一度後ろを見やった。
 俺が落とした輝く貝のかけらが、ほんのわずかな木漏れ日をきらりと弾いて、密林の中にしっかりと歩いてきた道のりを示している。
 せっかくバギーから分けて貰った大事な石だが、まあ、命を守るためだから仕方ない。
 後ろを見やるのをやめて、俺は改めてバギーを見やった。
 まだ俺より小さいくせに、バギーは俺よりもかなり海賊らしい海賊だ。
 しっかりつかんだままの手は子供らしく怖がりだと言うことを示してくれているが、拾った俺をロジャーとレイリーの前まで連れて行った時だって、自分の分の食事を分けるから助けてやってくれと頭を下げてくれた。
 コンプレックスらしいその鼻を触って確かめるなんて暴挙を働いた俺を、まだクルーの中でも下っ端という立場で一生懸命助けようとしてくれたバギーの背中は、小さいくせに頼もしく、いわば格好良く見えたのだ。
 俺が『知っている』時間まで進んでしまって、もしもバギーが自分の旗を掲げたなら、許されるならその後ろについていきたいくらいには、俺はこの年下の誰かさんを信用しているし尽くしたいと思っている。
 まあ、絶対に怖いし泣いてしまうだろうが、猛獣が出てバギーが危険にさらされたなら、助ける為に囮になることだってやぶさかじゃない。
 俺がそんなことを考えているとはつゆ知らず、大きな樹の前で足を止めたバギーが、きょろりと周囲を窺いつつクルミを落とした。

「……よし、ナマエ、こっちだ!」

 そして言いながら右へ曲がって歩き出したバギーへ、わかったと頷いて真珠石を一つ落としながら、大人しく彼が望む方向へ足を踏み出してついていく。
 結局、一日かけて見つけた『宝』は俺の知らない名前の果物であったわけだが、シャンクスが捕まえてきたのも俺の知らない食肉用の動物だった。
 まあ、ロジャー船長の故郷でもよく食べたと言うそれらは船長の好物でもあったと言うことなので、この勝負は引き分けだろう。




end


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