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仲間が増えたと認識しています
※『巨壁に育つ所存です』と同設定
※『そびえて遮るこの頃です』の続きなため主人公は男児



 マルコにはナマエと言う『子供』がいる。
 父親の代わりを担って育てたのだから間違いなく息子だろう彼は、道端で力なく泣いていたところをマルコが見つけた相手だった。
 どのナースがあやすよりもマルコと共にいる時が大人しいからと、そんな結論を頂いて赤ん坊の世話をするうち、マルコはすっかりその世話を身に着けてしまった。
 物も話せぬ赤ん坊だった頃に比べれば随分と大きくなったが、まだまだ幼いナマエは、相変わらずマルコの『息子』のままだ。

「ナマエ、その避けてるもんはちゃんと食えよい」

「う」

 食堂での食事の最中、さりげなさを装って皿の端に寄せられていく緑の葉を見やって声を掛けたマルコの隣で、見つかった、と言わんばかりに子供が肩を竦めた。
 その目がちらりとマルコを見やり、だって、とその口が言葉を零す。

「これすごい苦い。口がひりひりするよ」

「そういう食いもんだから仕方ねェだろよい」

 言い放つ相手にマルコが答えると、むむ、と子供の眉間に皺が寄る。
 乳幼児の頃はまるで好き嫌いがなかったくせに、大きくなって自分の手で料理を口にするようになってから、ナマエは少しわがままになった。
 食事中に苦手な食材を端に寄せるのは、他の料理と共に残して、『もうおなかいっぱい』と言い放つためだ。もともとナマエは体格の関係で食事量が他と違い、皿の上の物を残すことも多い。
 他の連中なら気付かないかもしれないし、サッチやイゾウ辺りなら笑って見逃すかもしれないが、マルコは違う。

「ほら」

 さっさと箸で緑色のそれをつまんで相手の口へと押し付けると、いやいやながらもナマエは素直に口を開いた。
 隙間にぐいと押し込んで、少しは緩和させてやろうと皿に乗っていたハムも追加してやる。
 口を引き結び、眉間の皺を深めながらむぐむぐと口の中身を噛みしめたナマエは、伸ばした手でつかんだグラスから水を口へと流し込み、一息にそれらを飲み込んだ。

「……ぷは! にがい! おかわり!」

「おかわりかい」

「いや、水。水のハナシだから」

 だん、とテーブルにグラスを置きながらの言葉にナマエの皿の上の野菜をつまんでやろうとすると、慌てたように声を漏らしたナマエが身を引いた。
 グラスをその手が持ち直し、ひょいと椅子から小さな体が降りる。

「お水なくちゃあたたかえないよ、こんなにがいの」

 子供はにがいのにビンカンなんだよ、とどこかで聞きかじったらしい言葉を放ちつつ、椅子の下を潜り抜けたナマエがとたとたと床を蹴とばし歩いていく。
 水差しごと持ってこいとその背中に声を掛けてやってから、軽く息を吐いたマルコは、わずかな物音がしたのに気付いて、ナマエがいたのとは逆側にその視線を向けた。

「やっと起きたのかい」

「あー……寝てた」

 料理に伏していた顔をあげて、言葉を零しつつその体を起き上がらせたのは、ほんの数分前に勢いよく顔を伏せて眠り出した『元』スペード海賊団の船長だった。
 初めて見たときはどこの誰に狙撃されたのだと慌てたものだが、食事中に眠り込むエースというのも、もう随分と見慣れてしまった。話を聞けばスペード海賊団にいる頃からそうだというのだから、筋金入りだ。

「夜はちゃんと寝てただろい、なんで眠くなるんだ」

「いや、こりゃもう条件反射ってかよ」

 なんか急に眠くなるんだ、とまるで答えになっていない答えを放ちつつ、エースの手が自分の顔を拭おうとしてから、膝の上のタオルに気付いてそちらへ手を伸ばした。
 料理のソースで汚れた顔で不思議そうにタオルを見つめるエースに、ナマエがおいてった奴だよい、とマルコが答える。

「起きたら顔拭いてもらおうって言ってたから、そのまんま使えよい」

 正確には『拭いてあげて』と言っていたのだが、マルコがわざわざ拭いてやる必要もないだろう。
 全くもうエースったら世話が焼けるんだから、と何やらかいがいしいことを言いながらナマエがマルコにタオルを押し付けたのはエースが眠ってすぐのことだ。
 久しぶりに自分の膝にタオルを敷いていると思ったらそれが目的だったのか、とマルコは思わず笑ってしまった。
 サッチにおかしなことを吹き込まれてから、どうもナマエはエースを自分の『弟分』と見ているらしい。
 それならそれで自分で世話を焼けばいいのに、その作業の中に時折どうしてかマルコを巻き込もうとする。
 いわく『俺もマルコにやってもらったから』という事だったが、ナマエとエースではマルコにとっての立場が違うというものだ。

「こんなでけェ『息子』はさすがに持たねえよい」

「ん? なんか言ったか?」

「いや、何も」

 顔を拭っていたエースが少し不思議そうな顔をしたので、首を横に振ってこたえる。
 首を傾げたエースは、しかしそれ以上追及しないことにしたのか、せっせとその顔を拭い、タオルの汚れた面を内側に畳んでテーブルへと置いた。まだ顎のふちにソースがついているが、本人には気付けないのだろう。
 その目がちらりとマルコを超えた向こう側を見やったので、その視線を誘導するようにマルコの指がカウンターを指差す。
 ちょうどサッチから水を入れてもらっているナマエが、さらに水差しとトレイを要求しているところだった。
 こちらまで声が聞こえないが、間違いなく何か言いつけているのだろう、ちらちらとこちらへ視線を向けるサッチがニヤニヤと笑っている。
 戻ってきたら吐かせるか、それともサッチに確認するかと考えたマルコの横で、あのさ、とエースが声を零す。
 それを聞いて視線を向ければ、カウンターの方からマルコの方へ視線を戻したエースが、そっと口を動かしたところだった。

「ナマエって……マルコと、血はつながってねェのか?」

 血縁の関係があるのかと尋ねてくるその問いは、どことなく恐る恐ると紡がれた声だ。
 他の『家族』の誰かに聞いたのだろうが、どうもエースは、当事者であるマルコからきちんと聞きたいらしい。
 親子なのかと聞かれた、とナマエが言っていたのは確か、エースが白ひげに入ったすぐ後のことだったろうか。
 それきり一度も聞かれなかったという話だったからマルコは気にもしていなかったが、ちらちらとカウンターの方を気にしている様子からして、いくらかの話を聞きかじったエースは、それをナマエに聞かせてはならない話だと考えたのかもしれない。
 もともと、この海賊団自体が大きな一つの家族のようなものだ。
 マルコもエースもサッチも等しく偉大なる『白ひげ』の息子で、ナマエはマルコの息子だが、マルコたちと同じく『白ひげ』の子供でもある。エドワード・ニューゲートの可愛がり方はどうも『孫』にやるそれに近いような気もするが、ナマエは『白ひげ』をオヤジと呼んでいた。
 だからこそ余計混乱しているらしい相手に、ふ、と笑い声を零したマルコがにやりと笑みを向ける。

「ナマエはおれが拾ってきただけで、血のつながりはねェよい。本人も知ってる」

 マルコ達は誰も教えた覚えが無いが、どうしてかナマエはそれを知っていた。
 赤ん坊のころからの記憶があるんじゃないかと言う会話を仲間内で交わしたのは、一度や二度のことでもない。
 特に恐ろしい体験ほどよく覚えているらしく、どこぞの赤髪がやってくるとマルコの後ろに隠れてしまうことも多かった。赤ん坊のころに空高く放られたのは一回だけだったはずだが、よほど怖かったらしい。

「本人も知ってんのか……じゃあ、親は」

「さあ、おれはおっこちてたのを見つけただけだからねい」

 声も細く泣きわめく小さな小さな塊を腕に抱いた記憶は、もはやほとんどおぼろげだ。
 全てを覚えているのだとしたら自分を捨てた父母のことも分かっているかもしれないが、さすがにそんなことは当人に聞くこともできない。

「まあ今は、おれの息子も同然だよい」

「そっか……」

「それで、おれ達の家族。オヤジの『息子』だ」

 それだけ分かっていれば十分だと言葉を続けたマルコの横で、やや置いてエースが一つ頷いた。
 その手が箸を握りしめて、その唇ににまりと笑みが浮かぶ。

「それじゃ、おれ達は『兄弟』で問題ねェな。良かった」

「『良かった』?」

「いや、おれもマルコのこと父ちゃん扱いしねェといけねェのかと考えててよ」

 どうしようかと思ってた、と笑いながら寄越された言葉に、がくり、とマルコの体が軽く沈む。
 脱力しかけた体を持ち直し、何を言いだすんだと視線を向けると、ナマエがおれを弟だって言うから、とエースは至極真面目な顔で言葉を紡いだ。

「郷に入っては郷に従えっては言うけどよ、『父親』が二人になんのはどうかと」

「……そんなことで悩んでたのかよい」

「大事なことだろ!」

 呆れるマルコの傍らで、エースが大きくそう主張する。
 ため息を零したマルコの耳に聞き慣れた足音が届き、その主を見やったマルコは、トレイにグラスや水差しを乗せて歩いてくる小さな子供の姿を見つけた。

「あ、エース起きてる!」

 嬉しそうな声をあげて、自分が座るべき椅子を迂回したナマエが、マルコとエースの間に挟まる。
 その目がちらりとエースの置いたタオルを見やり、それからその目がマルコを見上げた。
 言葉も無く訴えてくる相手に肩を竦めると、わずかに目を見開いたナマエがなぜだかとても不満そうな顔をする。
 その手がずい、とトレイをマルコの方へと差し出してきて、マルコがそれを受け取ると、すぐに重みを手放した小さな手がエースの横からタオルを奪った。

「エース、エース」

「ん?」

「ちょっとこっち見て」

 あと屈んで、なんて言いながら伸ばしたその手が、そっとエースの顎先を拭う。
 不思議そうにされるがままになったエースは、そこにまだソースがついていたという事実に気が付いて、少しばかり恥ずかしそうに笑った。

「ありがとな」

「おう、どういたしまして!」

 『弟分』の世話を焼いたナマエが嬉しそうに声を弾ませて、今度は非難がましい目をマルコへと向けてくる。
 マルコがちゃんと拭いてあげてよ、と続く言葉にエースがとても困惑したのが分かったが、はいはいおれが悪かったよい、と軽い謝罪だけをしたマルコはそれを受け流した。
 本日も、白ひげ海賊団は平和である。



end


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