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そびえて遮るこの頃です
※主人公は乳児から男児になりました




「……エースだ!」

 俺が思わず声を上げてしまったのは、どうしてか魚人島の辺りまで連れて行ってもらった後、帰ったモビーディック号に見慣れない『海賊』がたくさんいるという事実に気付いてしまったからだった。
 何せ『スペード海賊団』という言葉が漏れて聞こえたのだから、間違いない。
 どうやら、俺が『いい加減マルコ離れしろ』とかなんとか言われてムキになって魚人島まで行っているうちに、白ひげ海賊団にスペード海賊団が吸収合併されたようだ。
 となれば、『主人公』の兄であるエースも恐らく船のどこかにいるに違いない。
 俺のそれを聞いて、今まさしく俺から土産を受け取るところだったマルコが、その目を少しばかり丸くする。

「なんだい、もう会ってたのかよい」

「まだ!」

 不思議そうに問われて、素直に首を横に振る。
 この世界に生まれ直したらしいあの日から、はや十年近くが経った。
 俺の体はもう自分で歩けるし動けるし食事もとれるし、思い通りに相手と会話することも出来る。
 さすがに生まれ直す前の記憶はもはやおぼろげなものになってしまったが、繰り返し思い出していたあの漫画の主人公や人気キャラクターのことくらいなら、まだ少しばかり覚えていた。

「エースって、どの辺?」

 尋ねつつ、未だに受け取ってもらえない土産をマルコの方へと押し付ける。
 それを受け、マルコの両手が俺からの土産物をしっかりと受け止めた。
 箱の中身は、超高濃度の空気を吐くと噂のバブリーサンゴだ。本当はシャボンを閉じ込めて持ってきたかったのだが、それは出来ないんだと言われた。
 あんなに綺麗だったのに、マルコに見せられないなんてなんて不幸な話だろう。

「あいつなら、今頃は甲板じゃねェかねい」

 箱を受け取り、会いに行ってくるといいよい、と寄越された言葉に、こくりと頷く。
 それからそのままその場を駆けだしかけて、はた、と気付いて動きを止めた俺に、気付いたマルコが少しばかり不思議そうな顔をした。

「ナマエ?」

 どうした、と尋ねてくるその顔を見上げて、大きく口を開ける。

「マルコ、ただいま!」

 言っていなかった挨拶を口にした俺に、マルコが先ほどよりもその目を丸くした。
 それから、その唇に笑みを浮かべて、柔らかく言葉を紡ぐ。

「ああ、おかえり」

 いつもと変わらぬ返事を聞いて、それじゃあ行ってきますと返した俺は、それからすぐに部屋を出た。
 マルコの部屋の前からまっすぐにのびる通路を歩き、甲板の方を目指す。
 俺を物珍しげに見下ろすのは見慣れないクルー数人で、よォナマエ、と声を掛けてくるのはいつもの家族達だった。
 まあ確かに、海賊船に子供が乗っているなんて中々無いことに違いない。
 しかし、この道十年の俺は、もはやベテラン海賊と呼ばれてもいいのではないだろうか。
 子供にしては喧嘩も強い方じゃないかと思っているし、物陰に潜んで隠れてはいずり回って目的のものを探し回るのは得意だ。
 這って移動できるようになってすぐの頃、モビーディック号を制覇してやろうとあちこちに隠れつつ這いまわっていたからかもしれない。
 だって、俺が通路を這っていると誰かが拾い上げてマルコの所へ戻しに行くのだ。
 やめてくれと暴れても伝わらないで、受け取ったマルコに笑われるのがいつものことだった。
 誰かに見つかれば振り出しに戻されてしまうという恐ろしい耐久レースは、恐らく俺の体力づくりに随分と貢献していたと思われる。
 懐かしい時代をしみじみと思い返したところで、目的の甲板へと辿り着いた。

「……えーっと」

 声を漏らしつつ、ひょこりと甲板の方へ頭を突き出す。
 その状態できょろきょろと広々としたモビーの甲板を眺めまわし、俺はそこに目的の人物を発見した。
 サッチと何かを話している誰かさんは、全く見覚えのない背中をしている。
 しかしその頭にかぶっている帽子は、何となく知っていた。

「エースだ」

 マルコの前で紡いだのと同じ言葉を口にして、ぱっと甲板へ飛び出す。
 それからすぐさま相手の方へ近寄ると、俺の足音に気付いたらしいエースの方がこちらを見下ろした。

「……は?」

 その目がわずかな驚きを浮かべて、慌てたように傍らのサッチを見やる。
 その視線を受け止めたサッチが、さっき言っただろ、と俺の知らないことをエースへ告げた。

「この船にゃあお前より年下の『兄貴分』もいるってよ。なァ、ナマエ」

「俺、あにきになるの?」

 近寄った先でこちらへ向けて落ちてきた言葉に、ぱちりと目を瞬かせる。
 今までは誰がやってこようと全員が俺の『兄貴分』になっていて、俺は万年弟分だったというのに、一体どういう心境の変化だろうか。
 戸惑いすら顔に浮かべた俺をよそに、まあいいんじゃねェのか、とサッチが適当なことを言った。

「そろそろマルコ離れも出来る頃だろ、お前も」

「……俺、そんなにべったりじゃない」

 誰かさんに言われたような台詞を寄越されて、ぷくりと頬を膨らませる。
 何でだか、誰もかれもが俺がマルコにおんぶにだっこだと思っているふしがある。
 確かに俺はマルコに拾われてモビーディック号へとやってきたし、正直なところ『父親代わり』だと思っていたことだってある。
 だが、誰にだって『父親』はいるんだから、それは大した問題じゃないだろう。
 そりゃあ確かに休みの日はマルコの近くをうろちょろしてるが、それだってあんまり目の届かないところで危ないことをしないようにと小さい頃から言い含められているからで、もはやただの癖になっているだけなのだ。

「よく言うぜ」

 むっと口を尖らせて見上げた先で、サッチがそんな風に言って肩を竦める。
 何だとこの野郎、とその足をよじ登ってやる決意を固めた俺の傍で、あー、と聞きなれない声が漏れた。
 それを聞いて視線を向ければ、不思議そうな目をどうしてか俺の頭頂部に向けたエースが、ぽつりと言葉を零す。

「つまり、お前がマルコの子供ってことでいいのか?」

 母親似なんだな、と寄越されて、何となく俺は自分の頭部を両手で隠した。

「今どこでそう決めたの」

「え? あ、いや」

「おいおいエース、マルコが『ママ』に決まってんだろ」

 こいつは『パパ』似だよと笑ってそんなことを言い出したサッチに、えっ、とエースが明らかに本気にしたような声を出した。
 それを聞き、俺の足が出来る限りの速さで動いてサッチの足を攻撃する。
 つま先に体重を掛けて乗り上げるようにして踏みつけると、さすがに攻撃力があったのか、いって、と声を漏らしたサッチの両手が俺を掴まえ持ち上げた。

「こらナマエ、人の足を踏むなって言ってんだろ」

「サッチがいつもそのジョーダン言うから!」

 俺が『マルコ』と言葉を紡げず、『ママ』という発音に似た声を漏らしてしまったのは、もはや随分と遠い過去の話だ。
 本来なら小さな頃の笑い話としてあっさりと忘れてしまえるはずだったというのに、サッチがことあるごとに言ってくるから一向に忘れられない。
 もはやこれで怒るのは俺くらいで、マルコに至っては『また言ってるよい』と呆れ顔をする程度になってしまっているのだが、これは由々しき事態である。

「マルコがこのままいきおくれたらどうするの!」

 海賊というのは海の上での荒事がその生業で、所帯を持つ人間というのは少ない。
 もちろんマルコも独身である。
 あんなにも優しく懐が深く強くて男らしい素晴らしい海賊だというのに、これはいけない。
 サッチのこの冗談のせいだとは言わないが、怪しい芽は摘んでおくに越したことはないのだ。
 俺の発言を受けて、軽く首を傾げたサッチが、ひょいとこちらへ顔を寄せた。
 丁寧にセットされたポンパドールがわずかに俺の頭にふれて、もしゃりと少しだけ動く。

「そうは言うけど、この間の島でマルコに色目使ってたお姉ちゃん、お前追い払ってただろ」

「あれは……仕方ない」

 寄越された言葉に少しばかり目を逸らしつつ、俺はそう返事をした。
 何が仕方ないんだよとサッチが言葉を紡いでくるが、仕方ないものは仕方ない。
 だってあのお姉さんは、どう見ても海賊にはなれそうになかったのだ。
 マルコに目をつけたその審美眼は評価できるが、それはそれ、これはこれである。

「そんなんじゃ、マルコに嫁なんてなかなかこねェだろ」

 言いながら笑うサッチを見やり、そうはいうけど、と俺は口を動かした。

「俺のマルコをめとりたくば、俺のシカバネをこえていってもらわないと」

「何馬鹿言ってんだよい」

 体を持ち上げられたまま、ぐっと拳を握った俺の後ろで、呆れたような声が紡がれた。
 それと共に俺の体がサッチから奪われて、そのままひょいと抱き直される。

「マルコ?」

 俺を抱き上げた相手の名前を呼ぶと、エースが目的だったんじゃねェのかい、と笑ったマルコが俺の顔をエースの方へと向け直した。

「そっちはサッチ。こっちがエースだよい。ほら、挨拶しろよい」

「あ、うん」

 寄越された言葉に、自分が自己紹介の一つもしていないことを思い出した俺は、慌ててエースへ視線を向けた。

「ごめんね、エース、初めまして。俺はナマエです、よろしく」

「お、おう」

 言葉と共に右手を差し出すと、よろしくな、と言葉を返してくれたエースが俺の手を握った。
 俺の掌より少し体温が高い気がするのは、気のせいかエースの悪魔の実の能力のせいか、どちらだろうか。
 よくは分からないものの、相手へ笑いかけるとエースもぎこちないながら笑い返してくれたので、やっぱりこの海賊は『良い奴』のようだ。
 まあ主人公の『兄』なのだから、良い奴でない筈がない。

「俺のこと、お兄ちゃんって呼んでもいいよ」

「は」

「何言い出してんだよい、急に」

 親しみを込めての俺の提案に、どうしてかマルコが俺の頬をつまんで引っ張った。
 むにりと伸びた頬に生じた痛みに、いひゃい、と声を漏らす。
 すぐさまその手を振り払って頬を押さえ、俺はマルコへ視線を戻した。

「だってサッチが、俺が『あにき』なんだって」

「へえ? おいサッチ……って、逃げやがったねい」

 俺を抱えたままでサッチの方へとその顔を向けたマルコが、そんな風に低く唸った。
 それを受けて同じ方を見やった俺も、そこに先ほどまでいた筈のサッチがいないという事実に気付く。
 見やればすたすたと足早に甲板を出て行こうとしているところで、それを見て俺を降ろしたマルコが、素早くその後を追いかけた。
 追ってきたマルコに気付いてサッチが船内へと駆けこんだが、マルコもその後を追っていく。
 屋内に逃げ込んだらマルコは飛べないが、袋小路に追い込まれそうだなァとそれを見送って、それから俺はちらりとすぐ横に立っている相手を見やった。

「お兄ちゃんはやだ?」

「やだ……ってェか」

 困った顔をしたエースが、そんな風に声を零しつつ屈みこむ。
 そうすると俺よりその顔の位置が低くなって、見上げている体勢から見下ろす姿勢になった俺は、困り顔のエースをしばらく見つめた後で、それじゃあ仕方ないな、とゆっくりと頷いた。

「それじゃ、ナマエって呼んでね。俺もエースって呼ぶから」

 親しみを込めての提案だったのだが、俺の方が『兄貴分』なのだから、まあ少しくらいは『弟』に譲歩してやってもいい。

「お兄ちゃん呼びは、マルコの子供が生まれるまでとっとく」

 マルコの子供なら間違いなく俺より年下だし、誰も俺の『弟』や『妹』にするという提案を却下したりはしないだろう。
 どうせならマルコを小さくしたような男の子だったらいいなァ、なんて考えつつの俺の言葉に、あのよ、とエースが声を漏らす。

「結局、お前らってどういう関係なんだ?」

 どこまでが冗談? と改めて訊ねてきた相手に、俺はふふ、と軽く笑った。


end


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