ファンシーゾンビ志望 (2/2)
「まあ、ちょっと痛いだけだし、軽く噛むだけなら別に噛まれてもいいんだけど……」
ただ本気で噛まれて怪我をしても困るので、そんなことは言えそうにない。
足の肉を噛みちぎられる未来を想像してみてふるりと身を震わせつつ、荷物を抱え直す。
そうしてそのままえっちらおっちらと目的地へと向かうと、俺がやってきたことに気付いたかのように、ひょいと扉が開かれた。
そうしてその中からひょこりと顔を出してこちらを覗き込んできた相手に、あ、と声を漏らす。
「ありがとう、クマシー」
「お……ナマエ、だいじょう、」
「こらクマシー! お前は喋るなって言ってるだろ!」
気遣うように漏れた低い声に高い声が被さって、何とも理不尽な気がする命令に慌てて『クマシー』と呼ばれた『ゾンビ』が両手を口元へやる。
慌てて振り向くクマシーの横から部屋に入り、俺もそちらを見やると、長椅子に座って美味しくココアを頂いているらしいクマシーと俺の『上司』が、こちらを不機嫌そうに見やったところだった。
ペローナという名前の彼女は、見た目は結構可愛いけど、傍にいると時々どうしようもなく悲しくてむなしい気持ちになる、とても変な人だ。
「ナマエ、遅かったじゃねェか」
「すみません、持ってきました」
唇を尖らせた相手へ答えつつ、俺は腕に抱えていた荷物の包みを解いた。
そうして、とりあえず包みは床へ放置して、中から出てきたものを手に長椅子へと近寄る。
そうして持っていたものを差し出すと、ペローナ様がそれを受け取り、軽く形を検めた。
「ふん……悪くねェな」
そんな風に言ってはいるが、表情からして俺が作ったぬいぐるみは満足して頂けたようだ。
型紙からぬいぐるみを作る仕事を俺が与えられたのは、俺がまあまあ手先が器用だったからだった。
ペローナ様は俺からぬいぐるみを受け取ると、数日は一緒に過ごして、それからどこかへやってしまう。
ぬいぐるみっていうのは消耗品ではなかったと思うのだが、この人に限ってはそうではないのかもしれない。
あと、時々俺が作ったぬいぐるみに似たゾンビが現れる理由については、まだ教えてもらっていない。
「よし。私は出かけてくる、片付けておけよ」
きっぱりと言い放ち、立ち上がったペローナ様が今日は自分の足で歩いていくのを見送る。
どこへ持っていくんだろう、なんて考えている間にその背中は見えなくなってしまい、俺はそのまま視線を同じ室内にいるもう一人へと向けた。
両手で口元を押さえたままペローナ様を見送っていたクマシーが、同じように見送っていたペローナ様が見えなくなってから、そっとその両手を降ろす。
その横には俺が先ほど置いた包み布があり、クマシーがそれに手を伸ばしたのに気付いて、俺は慌ててクマシーの方へと歩み寄った。
「ごめん、クマシー。それ自分で片付けるからさ」
「大丈夫……片付けられるから」
見た目の可愛らしさと裏腹の低い声でそう言いながら、クマシーが慣れた動きで大きな布を折りたたんでいく。
俺が来るまではクマシーがペローナ様のお世話の殆どをしていたからか、クマシーはとても器用だ。
たぶんいろんなことが出来るし、話によれば動物みたいなゾンビたちの隊長でもあるらしい。力も強いし、きっとすごく強いんだろう。
隣から手を出して手伝いながら、口元をマスクで覆っているクマシーを見やって、俺はふと口を動かした。
「……そういえば、クマシーってゾンビなんだよな?」
「え……? お……うん」
俺の言葉に少し不思議そうにしながら、クマシーが頷く。
そちらを見やりつつ、それじゃあさ、と俺は呟いた。
「クマシーも、誰か噛みたくなったりするのか?」
ゾンビと言えば『噛む』もの、だなんていうのはただのゲームや映画の知識だが、何度も他の動物ゾンビに『噛む』悪戯をやられた身としては気になるところだ。
やっぱりそういう気持ちにはなったりするものなんだろうか。
クマシーだったら強く噛んだりはしそうにないし、噛まれてもいいかもしれない。
「ほら、例えば俺とかさ。噛んでみる?」
笑って続けた俺に、目を丸く見開いたままのクマシーがぶんぶんと首を横に振る。
その手が自分の口元に触れて、マスクがずらされた。
「し、しない……!」
そんな言葉が、きちんとつくられていた口から放たれる。
初めて見たそれに目を丸くすると、さっとマスクでそれを隠して、クマシーは俺の方へとその手を伸ばしてきた。
ひょいと持ち上げられて、足が床から離れる。
思わず足元を見下ろした俺は、ずい、と近寄ってきた顔にすぐさま視線を戻して、近くなったクマシーの顔を見やった。
「大丈夫、ナマエを噛んだりしない……」
声を漏らしながらこちらを見るクマシーの顔は、何やらとても真剣だ。
約束する、とまで続いたそれに、戸惑って目を瞬かせてから、俺は軽く笑った。
「わかったよ、変なこと言ってごめんな」
そんな風に言いながらそっと相手の体を叩く。
もふりと柔らかい感触は、俺が知っている『人間』とはまるで違う。
けれどもここはどうやら死後の世界という名の異世界で、俺のような見た目の人間の方が少ないのだ。
もしもこの世界で死んだら、俺はゾンビになるのかもしれない。
もしそうなるならクマシーみたいにファンシーな見た目が良いな、なんてことを考えた俺の体を持ち上げたままで、少しの沈黙を落としたクマシーが、あの、と声を漏らした。
「……誰かに噛まれた……?」
「え? いや、最初だけ。最近は噛む真似くらい」
だからやっぱりゾンビは人を噛みたくなるもんかと思って、と答えた俺の向かいで、どうしてかクマシーが普段より少し厳しい目つきをする。
いつもよりさらに低いような気がする声で『どんなゾンビだった』と聞かれて、なんとなく答えをはぐらかしてしまったのは、なんだかクマシーが少し怒ったような気がしたからだ。
後日、俺に噛む真似を仕掛けてきたあの悪戯好きな動物ゾンビ達がどうしてかこっそりと謝りに来たので、たぶん俺の選択は正解だったんだと思う。
end
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