ファンシーゾンビ志望 (1/2)
※トリップ主は無知識
※名無しモブゾンビ注意
たぶん、俺は死んだんだと思う。
いつもの歩道橋で歩いていたら向かいから走ってきた人がいて、進路を開けてやろうと横に寄ったら勢いよくぶつかられて体が傾いだ。
ふわ、と浮き上がった自分の体に血の気が引いたし、引力に引っ張られて落ちる感覚に思わず目を閉じて身を縮こまらせてしまったのだって間違っちゃいなかっただろう。
歩道橋の下はいつも通りの朝のラッシュで、歩道橋から落下だなんて新聞に載るんだろうかとか今日の予定だとか、誰が責任を取るんだとか落ちた俺を轢いた人が一番の被害者なんじゃないかとか、自分がどうにもできないことがぐるぐる頭の中を回って、なんでだか悲鳴だけを必死になって我慢した。
とにかく、俺はいつも使っている歩道橋から落ちた筈だった。
「うっ」
だというのに何やら柔らかくもしっかりとしたものに体を受け止められて、さらには何やら低い声まで聞こえた。
がしりと体を支えてくれているそれに縋りつきながら、数秒を置いても自分がそれ以上落ちないという事実を確認して、恐る恐る目を開く。
視界の中へ最初に入り込んだのは、白と水色の太いストライプだった。
「……ん?」
思わず声を漏らして身じろいで、その横に茶色があることも確認する。
どちらかというと茶色の方が『本体』の色らしく、それを追いかけて視線を辿らせた俺は、自分を覗き込むようにしている巨大な頭をそこでようやく発見した。
丸くて大きく、ぎょろりと開いた二つの目と、風船のように大きく丸い帽子。頭には丸い耳が一対ぴょこりと生えているそれは、まるでぬいぐるみのような質感を持っていた。
頭の半分は茶色ではなくて青と白のストライプの布地が覆っていて、つぎはぎのぬいぐるみだと言われたら納得しそうな風貌だ。
けれども、俺を見下ろしている二つの目玉は、まるで生き物のようにこちらを観察している。
何よりその体から生えた両腕が俺の体を抱えていて、その強い力はただの『ぬいぐるみ』では出せそうもないものだ。
目玉の件がなかったなら、着ぐるみだと言われても納得できる。
しかし、またがるように乗り上げている体の柔らかさには『中』に人がいるような気がしないし、何より俺を見ている目玉はやはりどう見ても、作り物じゃない。
「……んん?」
「…………お……?」
お互いに見つめ合い、うまく状況が飲み込めずに首を傾げた俺の前で、相手も俺と同じほうへと首を傾げる。
その拍子に頭の上にあった耳の片方がぽろりと落ちて、思わず両手でそれを捕まえた。
内側から白い綿が見えるそれはやっぱりどう見てもぬいぐるみのそれで、とりあえず伸ばした手で相手の頭の上にそっとそれを乗せる。針と糸があれば補修できそうだが、ソーイングセットなんていう女子力の高い物は持っていない。
「あ……お……ありがとう……」
「あ、いや、その」
ぽつりと言葉を漏らしながら片手を動かしたクマの『ぬいぐるみ』みたいな相手が、自分の耳を支えるためにかその片手を頭へと乗せた。
邪魔をしないように手を降ろしてから、自分が相手の上に乗りあげたままだったことを思い出して、立ち上がろうと腰を浮かせる。
「おいクマシー、私のココアはどうしたんだ!」
その動きの途中で俺の耳に飛び込んだ高い女の子の声に、俺はそちらを見やった。
そして、そこにあった姿に思わず目を見開く。
何せ、派手な格好の女が、体の半分を壁から突き出しているのだ。
さらにはその横に、何やら白くて半透明な人形みたいな何かが浮いている。
「ひっ!」
「おっ」
思わず悲鳴を上げかけて飲み込み、目の前の確かな質感を求めて『ぬいぐるみ』のような誰かさんへと飛びつくと、俺のそれに驚いたように低い声を漏らした相手が、その片手で俺の体を抱き直した。
柔らかさと力強さを兼ね備えた腕に、少しだけの安心感を得る。
ひしりと抱き合う俺達を見て、怪訝そうに眼を瞬かせた彼女が、ぬるりと壁からその体を抜け出させた。
「なんだ、お前」
どうやってここへ入った、と尋ねながら近寄ってきた彼女は浮いていたので、たぶん『幽霊』だという認識で間違いは無さそうだった。
※
死後の世界は変わっている。
ゾンビが闊歩しいろんな姿のゾンビで溢れた島がそうだなんて、きっと誰も知らなかったことだろう。
『ああ? 侵入者だァ? ったく、面倒くせェなァ!』
俺が幽霊の彼女に連れて行かれた部屋で、『ご主人様』と呼ばれた相手が巨体をベッドに横たえたままで高い声を零した。
角が生えていて目つきも怖いからひょっとして閻魔大王という奴なのかと思ったが、たぶん男だろう『ご主人様』にはそういった雰囲気はない。
ただ、転がったままの相手に『死ぬ』か『服従』かを問われて、死後の世界でまで死ぬというのはどういうことかと悩みながらも、ただの一般人でしかない俺はひとまず『服従』を申し出た。
キシシシと見た目に似合わぬ高い声を零して笑った『ご主人様』によって手下に数えられた俺は現在、ペローナという名前だったあの幽霊の部下だ。
死んでいるのではなくて幽体離脱が得意なのだと教えてもらったが、そんな特技を持つ人がいるなんて、さすが死後の世界だ。
「ナマエ、ナマエ!」
「え?」
今日もまたペローナ様のお世話の為に部屋を移動していた俺は、不意に角から声を掛けられて足を止めた。
見やった角からは影が伸びているのが見えるが、それが誰なのかは分からない。
何せ影は人の形をしていないのだから、それも仕方ないというものだ。
そしてここ一週間ほどの経験則で、そちらの影を少し眺めてから深呼吸をした俺は、後ろから静かに近寄ってくる気配に、慌てて右足を持ち上げた。
ガチン、と何とも痛そうな音がして、俺の足があったあたりで口を閉じたのは、小型犬姿の『動物ゾンビ』だ。一見するとポメラニアンだが、体の端々に這う縫目が長い毛足の隙間から見えていて、頭には立派な角が左右に二本ずつ生えている。
「うーん、残念!」
にひ、と唇をゆがませて笑って人間にそっくりな歯並びを晒し、ころりと転がった『ゾンビ』はそのままころころと前転しながら角を曲がって行ってしまった。
角からこちらを見ていたらしい他のゾンビ達がケラケラと同じように笑っていて、遠ざかっていくそれを聞いきながら、俺はとりあえず足を降ろす。
『動物ゾンビ』達がこの悪戯をするようになったのは、ここ一週間ほどのことだ。
隙をついて噛みつきたい、なんて何ともゾンビらしいが、噛まれてもゾンビになるわけではないらしい。
何が楽しいのか分からないが、やめてよと言ってもやめてくれない。
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