見た夢は花の色 (1/2)
※ライガーシリーズ
※偉大なる航路ご都合主義
※微妙に名無しモブ注意
偉大なる航路にはいつだって、不思議な出来事が転がっている。
「きゃう」
「…………んー」
仔猫が一生懸命すごんだような鳴き声が耳に届き、エースは小さく声を漏らした。
体の下には板の感触があり、そういえば甲板で眠ったんだったか、と目を閉じたまま寝ぼけた頭で思い返す。
昨晩は年の瀬で、白ひげ海賊団はいつものように酒盛りをしていた。
辿りついた島は春島で、季節は冬の筈なのに柔らかく明るい色の花をたくさん咲かせていて、夜の海に光りながら花びらを海に落とす幻想的な場所だった。
生ってた実がすっぱくてそんなにうまくなかったことまで思い出したところで、ぺちり、とエースの頬を何かが軽く叩く。
「きゃう」
先ほどの鳴き声がすぐそばで響いて、エースの目覚めを促すようなそれに、ようやくエースはその目をゆるりと開いた。
横倒しになった、ぼんやりとした視界の中に、獣の尾が映り込む。
ぺちり、ともう一度エースの頬を叩いてから身じろいだ獣が、その体をエースの視界の中へと移動させた。
虎とも獅子ともつかぬ風貌のその獣は、エース自身よく見慣れたものだ。
「どうしたよ、ナマエ」
そうして目にした獣の顔に、よく知る相手だと気付いたエースが軽く笑う。
それから数秒後、事態に気付いて目を見開いたエースは勢いよく飛び起き、改めてその目が自分の傍らを見やった。
「ナマエ!?」
驚き声をあげた先で、きゃう、とナマエが先ほどの鳴き声を零す。
普段だったらありえないような高さのそれは、しかし今のナマエには似合っているような気すらした。
普段ならエースほども大きな獣が、どうしてだか、仔猫のように小さくなっているのだ。
恐る恐る伸ばしたエースの手にその前足が触れて、さらにはその体が乗り上げる。
エースが片手で持ち上げることの出来る大きさの獣に、持ち上げた相手を両手で支えながら、エースはきょろりと周囲を見回した。
「……お……おれがでかくなったんじゃ、ねェよな?」
思わず呟いたエースの手元で、ナマエが高い鳴き声を零して返事をする。
エースの目に映るモビーディック号はいつもと変わらず、やはりおかしいのは手元の獣なのだとエースへ認識させた。
※
昨晩食べたあの実がおかしかったのだとエースが知ったのは、起きてきたクルー達に相談した後のことだった。
かつて船に乗っていたミンク族という人種も、同じような目に遭った事があったらしい。
ミンクにだけ効くんだと思ってた、と笑ったのはサッチで、数日で戻るから安心しろよい、と肩を竦めたのはマルコだった。
体の異常はないのだと把握してほっと息を吐いたエースの膝に腹ばいのまま、ナマエはその体をすっかりエースへ預けながら物珍しげに周囲を見回している。
小さくなってしまった背中にそっとブラシをあてがい、エースは片手でそれを動かした。
元の大きさの時だったら時間のかかるブラッシングも、この大きさのナマエではすぐに終わってしまう。
ブラシだって、昔買ってきた後で『こんなんじゃ間に合わねえ』と笑ってしまい込んでいた猫用のものだ。今まで使っていたブラシは今のナマエとほぼ変わらない大きさなので、まるで使えない。
最後に立派な鬣をくしけずると、エースの爪ほどの小さな耳がぴくりと動いた。
「……よし、終わり」
声を漏らしてぽんと小さな背中を叩くと、ナマエがころりとエースの膝の上で体を反転させてその手を捕まえる。
爪も立てないそれは明らかにじゃれた様子で、いつもだったらエースを抱えて転がろうとする動きだと気付いたエースは、笑ってそれを片手で迎え撃った。
「おら、これでどうだ」
「きゃう」
掌で抑え込もうとしたところを抜け出したナマエが、威嚇するように鳴きながら今度はエースの腕へとしがみつく。
見下ろした小さな獣には怒った様子は微塵も無く、ただ楽しそうにしているのが伝わった。
状況が一晩にして変わったというのに、ナマエにはまるで周囲に怯える様子がない。
そのことに少しだけ笑って、エースは腕からナマエをはがし、両手でナマエを持ち上げた。
丁寧にエースがブラシを当てた毛皮を纏い、小さな獣がエースを見やる。
「すぐ治るってよ。良かったな、ナマエ」
「きゃう」
見やった先では小さな鳴き声が零されて、尻尾がくるりとエースの手へ巻き付こうとした。
好きなようにさせながら相手を見やったエースが、そうだ、と声を漏らす。
「どうせなら、今日は一緒に島へ降りてみるか?」
いつもなら、ナマエは人里へと上陸しない。
誰が言い含めたわけでもないが、獅子と虎を掛け合わせたような見た目は間違いなく肉食獣のそれであり、街中を歩けば一般人を怯えさせるには充分で、そしてナマエ自身もそれを十分把握しているからだ。
だからナマエへ何か面白いものを見つけてくるのはいつだってエースの役だが、今日のナマエなら、見た目が少し変わった猫だと言い張って連れて歩くこともできそうだ。
数日間もとに戻れないなら、今の状況を楽しむしかないだろう。
もしもそれで味を占めてナマエが元に戻っても人里へ向かうようになるというのなら、エースとしてはそれでも構わない。
にんまりと笑ったエースの顔をじっと見てから、きゃう、とナマエが鳴き声を零す。
「よっしゃ。じゃあ行くか!」
勝手にそれを了承と受け取って、エースはナマエを抱えてすくりと立ち上がった。
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