惚れてんだよ気付け馬鹿 (2/9)
おれとカクが長官に呼ばれたのは、夕方頃のことだった。
先にスパンダイン長官のところについていたのはおれで、部屋に入ってきたカクにおれは盛大に顔をしかめたし、カクだって似たような顔をした。
それでもまさか、同僚が気に入らないからと言って呼びつけた長官を放って部屋を出るわけにもいかず、一定の距離を開いて並んだおれ達を見やった長官が、こちらへ資料を放りながら今回の『任務』をおれ達へ簡単に説明する。
人間が攫われる事件が複数の島で起きている。
特に頻発している海域の、すでにあたりをつけてある怪しい島へ潜入し、そこで『一般人』のふりをしながら犯人を捜す。
最終的には攫われた人間達の居場所を突き止め、犯人を海軍に引き渡す。
そんな簡単な説明の後で、にやりと長官が笑った。
「おれの為に頑張ってきやがれ、カク、ナマエ」
言い放った相手に、おれは眉を寄せる。
「色々おかしくない? 長官」
「この完璧な作戦がか? 簡単だろうが。お貴族様の倅を攫ってショップに売り払った変態野郎の潜伏先を探す、ただそれだけの話だ」
おれの言葉に長官はそう言うが、だからこそおかしいのだ。
おれ達はCP9だ。
もちろん命令が絶対の諜報員だが、他にもCPは多く存在するし、そういった『簡単』な任務は他に振られることが多い。
何か別に意図があるのか、少し考えたおれの横で、なるほど、とカクが呟いた。
「この手柄はCP5のもんじゃな」
さらりと落ちたその言葉にそれがどういう意味か分かって、思わず上官を見やる。
おれ達の視線を受け止めて、当然だろうとスパンダイン長官は満足げに頷いた。
CP5の主官が誰かを考えれば、この顔も納得だ。
「またですか」
「馬鹿お前、可愛い息子に手柄をやって何が悪い」
「CP9をコネで使うのも長官の息子くらいなもんじゃ」
大方その『貴族』や海軍に名前を売っておきたいんだろうと判断してため息を零すと、おれの横でカクが肩を竦めた。
親の七光りをここまで容認している親というのも珍しいんじゃないだろうか。
そういえば顔の傷はもういいのかと向かいの相手へ尋ねると、スパンダイン長官はとても怖い顔をした。息子が怪我をしたときとても怒っていた誰かさんの怒りは、いまだに継続中らしい。
八つ当たりされたらまずいと視線を外して、それにしても、と話を逸らす。
「成人してない男ばかり狙うって気持ち悪いなァ」
壊すのが目的だとしても犯すのが目的だとしても、資料の『被害者』の状況を見る限り、犯人が変態野郎であることは間違いない。
普通の人間が被害に遭ったら、まともな状態に立ち直るのはとても大変だろう。他人事だが、『貴族』の跡取りが心配になるくらいだ。
「……まったくじゃ」
おれの言葉に、うんざり顔でカクが頷いた。
それを聞いてからか、スパンダイン長官の方から声が放られる。
「万が一の時は、下手な抵抗するなよ。攫った人間をどこに連れ込んでるのか吐かせなきゃなんねェんだ、逃げられちゃァ困る」
「ええ?」
なんだかとんでもないことを言われた気がして視線を戻すと、スパンダイン長官はおれ達の方を見やってとてもまじめな顔をした。
「むしろそのまんま攫われて、連れて行かれた場所で救助を求めたほうが手っ取り早ェな。まァもちろん、殺されそうだってんなら話は別だが」
万が一の時はこれで援護を呼べととても小さな電伝虫を二つ揃って放られて、片手で一つを横にはじいて残った一つだけを受け止めた。
どこにでも隠せそうな小さな小さな電伝虫は、その殻にボタンを一つつけられている。
通話するための機械はついていないので、本当にただの合図のための物体だ。
あまり遠いと電波が届かないだろうから、あとで確認しないといけないだろう。
「捕まっても好きにされろと?」
おれがはじいた電伝虫を受け止めたらしいカクが、それをポケットへ仕舞いこみながら言葉を放つ。
そうだと長官が頷いて、その事実におれはちらりと傍らを見やった。
おれと同じ年の誰かさんも、同じようにこちらを見る。
「どうしよう……おれ、カクが変態野郎に捕まってたら指さして笑うかもしれない」
カクがそんなことになるなんて、まるで想像もできない状況だ。笑いを堪えられる自信がない。
おれの言葉に、ふん、と馬鹿にしたように鼻を鳴らしたカクが、その長い鼻を逸らすように顔を動かした。
「それはこっちの台詞じゃ、馬鹿ナマエ。お前がそんな目に遭っとったら、わしは腹を抱えて笑い転げるに決まっとる」
間抜けすぎて、と続いた言葉にかちんと来て、おれはカクの方へ足を一歩踏み込んだ。
それに気付いたカクも体をこちらに向けて、お互いに正面から相手を睨み付ける。
「おいおい、おっぱじめるんならおれのいないところでやれ」
おれの責任になるだろうが、と保身が一番らしいスパンダイン長官が言葉を零して、とんとんと机をたたく。
注意を引こうとするそれに、とりあえずカクへは舌打ちだけを放ってから、おれは長官の方へ視線を戻した。
「……それで、他には誰が一緒に?」
「ああ? 保護者役はいねェ。表向きにはCP5の任務だからな」
顔を向けたおれへスパンダイン長官がそう言って、寄越されたその言葉の意味にぱちりと目を瞬かせる。
「あれ……今回は、他の人はいかないんだ」
いつもなら、おれやカクの任務には他のCP9が同行しているのだ。
何せおれ達はまだ他のCP9に比べれば新人の分類で、まともに六式全てを操れるようになったのだってつい最近だった。
場数をこなせとあちこちに連れて行かれることも多いからてっきりそれだと思ったのに、と続けると、いい加減慣れただろお前らも、とスパンダイン長官が言葉を紡いだ。
「ルッチ達にゃァ別の仕事があるんだよ。今回の任務じゃァカリファを行かせるだけ無駄だしな」
男の真似ができりゃあ良かったが女らしくなっちまったしなァ、とセクハラこの上ない言葉を放つスパンダイン長官の向かいで、もう一度瞬きをした。
CP5の主官がどこで待っているのかは知らないが、おれ達の仕事の成果を全部受けとって持ち帰るだけだろうと考えれば、今回の任務の実働はおれとカクの二人だけだ。
ルッチもジャブラ達もいないんなら、遊び相手をカクにとられる不愉快もない。
二人きり、の言葉がなんとなく頭の中を回ったおれの横で、カクが大きくため息を零す。
「なんじゃ……わしが一人でナマエの面倒をみなくてはならんのか……」
大げさな嘆きが耳に入ったが、どうしてかあまりイラつかなかった。
その代わり、そっか、と呟いてから手元を見下ろす。
相変わらず寝たふりをしている子電伝虫をポケットに入れて、ルッチがよくやるように両手もポケットへ収めた。
「駄目なら、いいや」
命令だから仕方ないし、と紡いだおれに、どうしてかスパンダイン長官が怪訝そうな目を向ける。
おれがあっさりと口答えをやめたのが不思議なんだろうか。
おれだって子供じゃないんだから、そんなどうしようもないことに文句をつけ続けるはずがないのに。
「……ナマエ?」
すぐ横からカクがおれの名前を呼んできたが、それは無視しておれは長官へ向けて口を動かした。
「長官、土産、なにがいい? あまいの?」
「お、おう、そうだな……」
おれの問いに慌てて頷き、長官が口にしてきたのはその島の銘菓らしい商品名だった。
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