帽子屋 第四話
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 それなのに、この功労に報いろうともせず、私が王座から降りたとたん、持ってくるものは苦情ばかり。
 宝はどうした、私への、感謝の意はどうした!
 強欲な王、そう噂する者は、女であろうと子供であろうと処刑して来た。
 私が生かしてやっているのだ。その王を批判したのだから、当然の報いだろう。
「殺してやる、私が死ぬと同時に、この国は滅びるのだ!!」
 狂気じみた声をあげ、残された召使いたちに向かって身の回りにあるものを全て投げつけてやった。
 周りに居るちっぽけな召使い共は、顔を引きつらせ、目を見開いてなす術もなく立ち尽くしている。
 ちっぽけな下民共めが、私に文句を言おうなんざ、言語道断!
 私のこの指先で、捻り潰してくれようか!
 その時、役立たずな年老いた召使いが、足を引きずるようにしながら、恐る恐る部屋へ入ってきた。
「陛下、お医者様が、ここへ」
 怯えきり、弱々しい老人の声に、私はそいつを睨みつけてやった。
 背骨は曲がり、なんと醜い。その後ろには、毎度毎度同じことを繰り返す医者が突っ立っている。
 私を治す力も持たないくせに、何が国一番の名医だ。
 不細工な医者は、いつものように黙ったまま、私の体を品定めするように触診を始める。
 どうせ、いつものように、「もう少しです、きっと、大丈夫でしょう」なんて簡単に言い放ち、効きもしない薬を置いていくんだろう。
 しかし、顔を顰めた医者の口から出た言葉は、いつも通りの言葉ではなかった。
「これは……もう、なんとも……いいえ、だが、しかし……」
 医者は丸眼鏡を何度もかけなおし、眉間にしわを寄せ、額の汗を拭った。
 はっきりとしない、モゴモゴと意味のわからない言葉を吐く医者に、苛々と顔が痙攣してくる。
「はっきりと言わんか! なんと情けない」
 声を張り上げると、医者は顔を強張らせて背を伸ばし、恐る恐る口を開いた。
「陛下、では申し上げますが……そう、陛下のお命はもう、一日ともたないでしょう」
 医者の引きつった声に、私は顔を顰めた。
 それが、私がまだ良く理解していない表情と取ったのか、医者は額の汗を拭い、話を続ける。
「陛下のご心中を察し、告げることを自粛していましたが、これは大変なご病気です。私も見たことがない症状でして、体は異常なまでに悲鳴を上げております。今までの頭痛、腹痛は、陛下のお体を強力な病原菌が食い荒らし……」
「なんと――この私が、死ぬと!? 死ぬわけなどなかろう!!」
 医者の言葉を遮って怒鳴り声をあげると、医者はまた震え上がり、額の汗を拭った。
「陛下、これは人としてのさだめです。神は私たち人間に永遠を下さらなかった」
「何が神か!!」
 そう大声で叫んで、側机の溶けた蝋燭を熱い胴の器ごと投げつけてやった。
 医者は腕で顔を覆い、悲鳴をあげて召使いの列へ突っ込んでいった。
「出て行け!! さあ、そいつを捕まえろ! 王であるこの私に嘘の診断をした、犯罪者だ!」


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