帽子屋 第三話「アイリーンは……!」
俺は縋るような思いで祭司様を見上げ、喘ぎながら問いかけた。
頬に汗が伝う。――お願いだ、まだ行っていない。そう、一言だけ言ってくれ。
しかし、祭司様はまぶたを伏せ、首を横に振った。
「もう遅い……スタン。純潔の乙女の儀式は、終わったよ」
静かに、でも確かに告げられたその言葉に、全身の血の気が引くのを感じた。
春先の、とても、とても暖かい――あの日の笑顔が、消えた。
「う……嘘だ……」
嘘だ。
「アイリーン……!」
俺の中で、何かがはじけた。
全身に力が入らなく、ただ下へ下へとうなだれると、祭司様が村人たちへ解放してやれと呟いた。
きつく締めあげられていた腕が、ゆっくりと離れていく。俺は倒れ込むように足を踏み出し、祭壇に向かって歩き出した。
足がもつれ、乾いた目が閉じられない。嘘だと言ってくれ。誰か、誰か、嘘だと……
嘘だろ、アイリーン……お前、昨日はあんなに、あんなに嬉しそうに、俺のところへ……――
俺は駆け出した。金の十字架の下で横たわる、俺の恋人のもとへ。
純白のドレスに身を包み、天使に捧げられたその身体は、
もう――すでに微笑みを失い、変わり果ててしまっていた。
「う――うわぁぁぁっ!!」
俺はアイリーンの胸に突き立った忌々しいナイフを抜き、力いっぱい投げ捨てた。
摘みたての薔薇のような赤が、アイリーンの純白のドレスを染めていく。
俺は傷口に手を当て、必死にアイリーンを抱きしめた。
体が冷たくなっていく。昨日はあんなに、あんなにも温かかったアイリーンの体が、変わっていく。
俺の後ろで、ひそひそと俺を非難している声が聞こえる。俺は、唇を噛みしめて泣いた。
お前らに何がわかる。恋人を、唯一愛した人を、たった今失った俺の、この、苦しみが、悲しみが――。
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