帽子屋 第三話 まだ別れは早すぎる。
――急げ
苦しくなんかない
まだ走れる
急げ
あの岬の教会まで……――!
〜帽子屋〜 ―第三話―
「アイリーン!」
血相を変えて飛び込んだ先は、二人で通った岬の教会。
草花の咲き誇る美しい土地に建つ、その中は地獄だった。
「スタンベリー! ここへは来るなと言ったのに!」
教会の扉を突き破ってきた俺を見て、祭壇の上で祭司様が青ざめる。
祭壇を囲んでいた村人たちが、俺を見つけて鬼のような形相で駆け寄ってきた。
「そいつを中に入れるな! 取り押さえるんだ!!」
怒号をあげるなり奴らは俺に飛びかかり、頑なに教会の中へ入れまいと数人がかりで押さえつけた。
俺は必死にもがき、恋人のもとへ駆け寄ろうとする。
しかし、病に侵され痩せた体では、農夫たちの腕力にはとても敵わなかった。腕を捻じ切る気かというほど、腕をきつく背中に押しつけられる。
「アイリーンを返せ! アイリーン……!」
誰もが数秒前まで仰ぎ祈っていた黄金の十字架に向かって、死に物狂いで叫んだ。
冷や汗と、そして後悔に流す涙が、俺の頬を伝う。
アイリーンを呼ぶ声が擦れてくる。そんな俺の前に、ついに見かねた祭司様が歩み寄ってきた。
その表情は掟を破った俺に腹を立てているようではなく、ただ静かに、哀れみ、色を失ったような憂いの目。
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