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「無自覚と無頓着=鈍感」 


「おはよ!」
そう言ってポンと肩をたたく。頭を撫でる。それは彼の癖なのだと、最近気付いた。
今日も配膳の最中、何気なく肩を叩かれてビクリとする。危うく四人分の皿を落としそうになって、慌ててテーブルに寄り掛かった。幸いお気に入りの皿は無事。ほっと息をつく。
「お…おはよう」
「うん、今日も早いね」
にっこりと笑って向かいの席につく。
窓から射す朝日に照らされて、屈託のない笑顔がきらきら輝いていた。
赤くなった顔を見られたくなくて、つい下を向く。藍色で縁取りされた取り皿にうっすらと顔が写り、こんなやり取りにいちいち反応する自分を見てなおさら恥ずかしくなった。
暢気に鼻歌を披露しながら、向かい側からテーブルに並ぶ朝食を眺めている。豆のスープに卵に牛乳を入れてふんわり仕上げたオムレツ、温野菜と固めに焼いたパン。どれもこれもが自分が「おいしい」と絶賛したものだということを、彼は覚えているのだろうか。
気を取り直して配膳を続ける。皿を並べてカトラリーの入ったかごを中央に。調味料入れは濃い味付けの好きな祖父の席の側に。料理は味より量だという無神経な兄の席には大盛りのパンとハーブを詰めた丸焼きの鳥を。
そして最後に花を飾る。これは自分のため。向かい側から心臓を止められた時、花を眺めると少しだけ気分が落ち着くのだ。
花の並びを確認していた時、ふと彼が顔を上げた。大輪のばらの影から、夏の葉のようなグリーンが自分を見上げる。
あ、あ。
「寝癖ついてるよ、ここ」
「あ、うそ」
思いがけない指摘に、はっと額を押さえる。
目がそらせなかった。真っ直ぐに自分を見つめるたった一つのグリーンの瞳。ふたつ並んだものよりずっと力を持った、宝石みたいな宝物。
とっさに脳裏をよぎった詩に、みるみるうちに顔が赤くなった。
お湯が沸騰するみたいに、たくさんの気泡を巻きあげて、あごから額までぼこぼこと沸き上がる。
―あらゆる宝を手に入れるために、私はたくさんの私財を投げうった。しかし君という宝石を手に入れる対価を、私は言葉意外に何も知らない―。
いつか読んだ物語。もはや内容すら覚えていないのに。
急に目の前によみがえった恋の詩。不思議そうに首をかしげる彼が、ふいに椅子を鳴らして立ち上がる。
「ほら、こっち」
額にのせた手を取られ、耳の近くにピタリと当てられる。
手首を掴んだ手は思っていたより力強く、とっさに振り払うことさえ出来なかった。
彼の指が頬に当たる。赤くなった頬に。
彼が私の名前を呼ぶ。
神様、一生のお願いです。だからほんの少しだけ、私をこの場から消し去って。
せめて私の正直な頬が、ばらより薄くなるまでは。






どんなに頬を染めたって、彼はけろりと笑うのだろう。
「無頓着」とは何か違うかも。
彼は天然のタラシだよね。男も女も同じように接する。よくわかっていないのかも。
こういう王道を突き進む報われない恋心。

twitterお題より、「恋する乙女に3のお題」…みたいなので出たお題の中のひとつより。
「Robin-ロビン-」に登場するエレンのお話でした。

***霞ひのゆ

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