親代りとの突然の別れを受け入れられないのだろうが、生きていれば望まぬ別れなど幾度も訪れるもの。一先ず存分に休ませ、目を覚ましたところで何とか言って聞かせよう。 しかし六百年と生きた儂とて、臍を曲げた小僧に説教をするなど初めてのこと。どうしたものかと思案していると、ふと、目の前を柔らかな光が通り過ぎていった。 蛍だった。しかしぽうと光る中に虫の姿は見えず、光は意思を持つように八の字を描くと、また点滅しながら山のほうへ向かっていく。 何やら用事があるようだ。つむじに龍臣を託し、季節外れの淡い光を追っていくことにした。 光は時折ついてきているか確認するように止まりながら、延々と山を登っていった。儂の足で半刻ほどかけて山を越え、裏にある小さな集落が見えてくると、光は一気に速さを増した。 その行き先には、最後に会った時より、幾分か小さくなった乳母の姿があった。 肉の落ちた頬に病の気こそ感じさせるものの、白髪一本に至るまで、ひとつも乱れのない身構えがこの人間の生き様を感じさせる。 乳母は儂の姿を見とめると、いつものように深々と腰を折った。 ゆっくりと体を起こすのを待ち、声をかける。 「何用だ」 「お呼び立てするような真似を、どうかお許しくださいませ。よく気付いて下さいました」 「よい。龍臣を気遣ってのことであろう。……彼奴はお前に捨てられたと、ひどく嘆いておったぞ」 「左様で、ございますか……坊ちゃんには、無用な心配をかけぬように、と、思っていたのですが、結局、可哀想なことをしてしまいました」 いつか引いて歩いた、その小さな手の感触を思い出しているのだろう。 節くれ立った両手に視線を落とし、トミはゆっくりと白い息を吐いた。 「……この地を離れずとも、龍臣に見守られて逝けばよかろうに」 「いいえ……いいえ、それは。わたくしの、心が弱いばかりに……。もし、坊ちゃんに最期を看取って頂けるようなことになれば、わたくしは、幸福で、愛おしくて、あの手を離せなくなってしまいましょう。そうしてこの世に残ることが、恐ろしいのですよ」 確かに、この世に未練があるまま死んだ人間は、浮遊霊や地縛霊となり、最終的には人に害をなす悪霊と化す場合がある。 此奴も“見える”者だからこそ、そのような悲惨な姿を、龍臣に見せたくはないのだろう。 (28/43) 前へ* 最初へ *次へ栞を挟む |