漆.

 常緑樹を残し、森の木々が葉を落とした晩秋。トミが、東風家を出たとの知らせがあった。
 以前より、どうやらよくない病を患っているようだと案じてはいた。しかしたとえ幾ら懸念したとて、鬼がどうこう手出し出来る問題ではない。
 それでも、理由をつけてつむじにいくらか薬草を持たせてもみたが、それも大した効果をもたらす事はなかったのだろう。
 龍臣には、病のことを伏せ、高齢により仕事を満足に勤める事ができなくなったため、暇をもらうと告げたようだった。
 その時の龍臣の嘆きようは、見ていて辛いものがあった。「トミは僕を捨てた」「僕がいらなくなったんだ」と、思ってもいないことを泣き喚き、やがて夜の帳が降りても、トミの居ない家になど帰らぬとの一点張りで、森の側で狼狽えている使用人を見ようともしない。
 世話になっているという意識からか、龍臣は家の者への礼儀だけは重んじていた。それがここまで取り乱すほど、トミの存在は龍臣にとって大きいものだったのだろう。
 散々な罵詈雑言を吐き散らす傍らで、事情を知るつむじはじれったそうに龍臣の背をさすっていた。
 真実を話すなと命じているため、「違うんでやんす」「坊ちゃん、そうじゃないんでやんすよ」と、声をかけはするものの、言いつけを守り、余計なことを言わぬよう気を使っている。
 ゆうに半日は泣き通し、泣き疲れた龍臣が眠りに落ちると、ようやく森に静寂が訪れた。
 龍臣のことを心配し、様子を見に来た馴染みの霊や妖怪たちも居た。何とかしてやろうと言ってくれる者も居たが、これは龍臣自身が乗り越えなければならぬものだと、詫びを入れて断った。いつかは来るとわかっていた別れだ。
 龍臣を連れ帰れと命じられたのであろう使用人たちも、日暮れと共に気配を消した。それ以降誰も屋敷から下りてくる様子がないということは、どうやら此奴の叔父叔母も手がつけられないと判断したらしい。
 今までなら、このような場合迎えに来るのは乳母であるトミの役目であった。しかしいくら泣こうが駄々を捏ねようが、もう手を引いて帰ってくれるその人はいない。
 龍臣が深い眠りに落ちると、火のある場所へ移動させた。暦の上では、もういつ雪が落ちてきても不思議はない。風邪をひかせぬよう、寝ぐらにしている洞窟に龍臣を運び、魑魅どもが手出し出来ぬよう結界を張る。
 鳥の巣のように重ねた着物の上で、赤子のように丸まって眠る龍臣は、眠っても尚すすり泣いていた。

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