欠けたナイフを投げ捨て、替えの獲物を腰から引き抜く。
スーロの力を借りた今、瞬きをする間もなかっただろう。一気に間合いを詰めた俺に、東の剣士が目を見開いた。
喉笛を狙う。しかし、敵は素早く体を捻り、最初の攻撃を避けた。
目で見てから動いたのなら、避けられなかったはずだ。本能的に、無意識に体が動いたのだろう。
東には、まだこういう剣士がいるんだな。古い文化に固執する東の意地は理解し難いが、こういった点は羨ましい。
次の瞬間、突然体がいうことをきかなくなった。
まるで見えない縄に引っ張られるように、ガクンと全身が重くなる。
相手のウタヨミの仕業だろう。こちらを見据え、一心に歌う姿が向こう側にあった。相手の動きを封じる能力だ。
東の剣士が態勢を整え、こちらに振り向く気配がする。圧倒的に不利な状況。だが、こっちにだってまだ歌がある。
スーロ!
心の中で相棒に呼びかけた。すぐに力強い歌が背中を押し、燃え立つような力がわいてくる。
見えない縄を焼き切るかのように、スーロの歌は俺を自由にした。
振り返りざまにナイフを凪ぐ。間一髪、振り下ろされた刃と打ち合った。
剣士が歯を食いしばる。残念だったな。お前らの力じゃ、この俺に勝てっこねぇよ。
両手で振り下ろされた刀を片手で跳ね除け、一気に喉笛を切り裂いた。
暖かい鮮血が吹き出し、髪に降りかかる。赤く染まった頭を振り、最期の足掻きを見せる剣士にとどめを刺した。
相手のウタヨミが悲鳴をあげ、駆てこようとする。しかし仲間がそれを制し、代わりに長銃がこちらに向いた。
遅い、何もかもが遅い。全てが俺の目には止まって見えるほどだ。素早く駆け寄り、銃筒を蹴り上げ、肩口に短剣を突き刺した。
「ユニ、踏み込み過ぎるな!」
仲間の声が聞こえた。あいつも拳銃なんて手応えのないもん使ってないで、この感覚を味わえばいいのに。皮を、肉を、筋や血管を切り裂く、この快感を!
次も、次も、次も、俺の前に立ち塞がるやつは皆血を吹いて倒れていく。軍人もウタヨミも関係ねぇ。
スーロ、歌え。もっと速く。もっと、もっとだ!
しかし次の瞬間、目前がぐらりと揺らいだかと思うと、全身から力が抜けた。
今度は敵のウタヨミの力じゃなかった。ずっと聞こえていたスーロの歌が、消えた。
戦場の上を旋回していたスーロの鷹が、甲高い鳴き声をあげる。
振り返り、この時、軍人になって初めて、己の目の良さを呪った。
血を吐いたスーロが目を見開くと同時に、仕留めたと思っていた東の剣士が、下から上へ、地面から駆け上がる稲妻のように、スーロを斬った。
腹を裂き、胸を横切り、喉から恐怖に歪む左目に向け、一気に刀を振り上げる。
スーロは避けることも、逃げることもできなかった。直前まで、俺のために歌い続けていたから。
「スーロ!」
声にならない悲鳴をあげ、駆け寄ろうとした。しかし歌の力を失った俺はいとも簡単に敵に捕まってしまい、間一髪で仲間に助け出してもらい、ようやく駆けつけることができた。
おびただしい量の血を流し、地面に横たわる相棒の姿は、激しい戦闘を続ける誰の目にも写っていないようだった。
やっとの思いで流れ弾を避けられる位置までスーロを移動させ、血に染まった顔を叩く。
呼びかけると、微かだが反応があった。奇跡だ。この重傷を負って、まだ生きている。
誰か助けてくれ! 辺りを振り仰いだが、誰一人として、こちらを気にかける者は居なかった。
何かが、何かが間違っている。とっさに思った。まるで俺らだけ、価値観の違う異世界に飛ばされたように感じた。
俺の相棒が死んじまう。なのに、なんでお前ら、見向きもせずに戦ってんだ。
西が勝とうが、東が勝とうが関係ねぇ。誰か――誰か俺の相棒を、助けてくれよ!
その時、ユニ、と小さく声が聞こえた。
血にまみれたスーロの手が、力なく俺の頬に触れる。スーロはひゅうひゅうと弱った鳥のような息を漏らし、虚ろな目で俺を見上げていた。
「おれの……歌は、おまえを……鬼にしちゃうんだなぁ……」
力なく口元を歪め、掠れた声でスーロが言う。
その声はまるで、嵐に吹かれひび割れたガラスみたいだった。
いつもいつも励ましてくれた、
いつも明るく笑わせてくれた、
ほんの数時間前、いつものように笑い合った、
あの声が、消えてしまった。