今にも泣きだしそうな重苦しい雲が立ち込めた灰色の空。
やわらかな彩りを添えてくれる桜もまだ疎らに咲いているだけで、どちらかというと花よりも木についている蕾が目立つ。

そんな今日、俺達の卒業式は執り行われた。



「シズちゃん。」

「あ?」

「君はこれから…大学、じゃなくて就職だよね。しかも接客の。」

卒業式が終わり時間が経ち、他に誰もいない教室に二人で残って椅子がわりの机に腰掛けながら、夕方から夜になるにつれて段々と暗くなっていく空を見上げる。

「ああ。手前は外国にある大学だったよな。」

「うーん、そうなんだよね。準備とか本当にめんどくさくって困るよ。」

外国嫌いの俺がわざわざ望んで日本を脱出することにしたのには色々と細かい理由があるのだけれど、ここではとりあえず割愛させていただく。
大人の事情というやつだ。

「そうか。まぁ、頑張れよ。」

しんみりした雰囲気が残る中で話していたからか、死ね、殺す、うぜぇ、が口癖なシズちゃんの口からそんな言葉が飛び出した。
今日が最後だから?
どんなときだって聞いたことがなかったのに…優しい言葉なんて。

卒業後、学歴はどんな職業に就くとしても一応は必要になるだろうという考えから、俺は進学の道を選んだ。
それに対してシズちゃんは優等生よろしく真面目に授業を受けていた癖に、家に帰ってからの勉強量が圧倒的に足りていなかったようで年間に約5回行われる定期テストでは毎回赤点のオンパレードだったらしい。
しかもあれだけ毎日問題を起こしていれば(本当は"起こされていた"が正しいのだけれど)どこの大学も受け入れたくなくなるというものだ。
よって、ほぼ自動的に就職という道を選ばざるをえなくなった。

不器用なシズちゃんらしい、と音を立てずに笑いながら俺自身の体温でぬるく熱を持つようになった机から下りる。
連られるように隣に座っていたシズちゃんも下りて、床に落としたままにしていたバッグを引っつかんだ。
俺は、ずっと手に握っていた卒業証書という名の紙が入った筒を鞄にしまう。
…こんな物を貰うために3年間も費やしたなんて、なんとも馬鹿らしい。

教室を出るためにゆっくりドアを滑らすと、長年使われていたせいで削れてしまったレールが嫌な音を立てる。
この音も、もう聞くことはないだろう。
普段なら騒がしい廊下も、今日は俺達の歩く微かな音以外は今さっき降り出したばかりの雨音しか聞こえてこないのがなんとも不思議だった。

「すごく、静かだね。」

「そうだな。たぶん生徒は俺達以外、誰も居ないだろ。」

「…うん。」

昇降口に着いてから、そういえば傘を持っていないことに気がついた俺達だったが、どうせ今着ている制服も今日が最後だ、とそのまま雨の中へ歩き出す。
見た目より粒の大きい雨はあっという間に制服を濡らしていった。
桜の蕾だけでなく、きっと咲いたばかりであろう花もその形のまま落ちてしまっているのが言いようもなく虚しい。

見えてきた校門をくぐれば、シズちゃんとの別れ。

あと一歩。
そこで俺は口を開いた。

「シズちゃんってさぁ、本当に鈍感だよね。」

「ああ?」

脚を止めてこっちを振り向いたシズちゃんの唇に自分のそれを、触れ合わせた。
目が大きく見開かれ、反射的に離れようとしたのに気付いたけれど無理矢理首に腕を回してしがみつく。

唇を離した時に思わず、涙が零れ落ちた。
できれば雨だと思ってくれればいい。

「ごめん、シズちゃん。…さようなら。」

まだ状況を理解できていないシズちゃんをそのままに、急いで校門をくぐる。

ずっと好きだった。

俺が最後に呟いた言葉が届いたかはわからない。
でも、それでよかったような気がした。



キス









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