頂き物 | ナノ


 幾度かライカと来たことのある、洒落たイタリアンレストランに着いた。
自転車をとめて、店の窓ガラスに映った自分を見て少し落胆した。そういや、俺この格好のまま来たんだっけ。風呂上がりでまだ湿っぽい髪、部屋着にしていた黒いスウェット。レストランに入るのに相応しい格好とは言えないが、この際仕方がない。ライカの緊急事態なんだから。

 あーあ、俺は君に振り回されてばかりだな。情けないけど、魅力的過ぎる君が悪いんだ。
面と向かって言える筈もないそんなことを心の中で呟きながら、明るい店内へと入った。

 店内をキョロキョロと見回すと、1人でコーヒーを飲んでいるライカを発見。近づいて声をかける。
「ライカ」

「本当に来たの?」

 彼女の向かいに腰掛けると、髪、ちょっと濡れてる、と言われた。
風呂上がりだから。そう答える暇もなく、問答無用で頭をゴシゴシとやられる。
女の子に髪を拭かれる気恥ずかしさを隠すように、「なんでタオル持ってんの?」と訊くと、案の定「なんとなく」と返ってきた。

 彼女の手からタオルをひったくり、隣に置く。少し良い香りがしたことは黙っておくことにした。

……最近の俺、ヘタレ過ぎる。
今日のライカは、普段着けている黒いカラコンをしていない。代わりに、薄いグリーンのフレームの眼鏡をかけている。すっきりとしたフォルムが彼女によく似合う。

一方俺は、いつにも増して地味だね、という彼女の言葉を無視して言った。「俺のことはどうでもいいんだよ。……ライカ、大学やめるって本気か?」

「……うん、本気」
正直言って、ショックだった。心のどこかで、悪い冗談だと思っている俺がいたから。

「……な、んで」

「私が時々、バイトで読者モデルをしてるのは知ってるよね?」

「あ、あぁ。前に聞いたよ」

「モデルを、本格的にやることにした。スカウトされたの」
スタイルが良くて個性的な美人のライカは、たしかにモデルに向いているかもしれない。
「なっ……、で、でも大学をやめることないだろ」

「中途半端なことはしたくない。それに、大学での生活に特に魅力を感じないから、行っても無駄でしょ? ……退は大学卒業したらどうするつもり?」

「俺? 俺は……警官になりたい。尊敬する先輩が働いてるから」

今まで警官になりたいと思ったことは無かったのに、そんな言葉がすらすらと出てきて自分でも驚いた。
警官か……悪くないかもしれない。

「どんな人?」

「……お人好しのストーカーと、瞳孔開き気味のマヨラーだけどさ」

「素敵な人たちね」
今の俺の紹介のどこに素敵要素があったのかは謎だが、彼女は微笑んでそう言った。

 彼女の顔を見ていると急に、懐かしさとか理不尽な怒りとか寂しさとかが、全部一緒くたになって込み上げてきた。

「でも、……もうライカに会えないとなると寂しいモンだな」

「うん、残念。私、退のこと好きだったのに」
驚いて彼女を見つめると、予想外に真剣な瞳が、そこにはあった。

そんな風にさらりと言われては、俺の立つ瀬が無い。それとも友達としての“好き”なのか? 数秒間で色んなことを考え過ぎて頭が爆発しそうになった時だ。

 テーブルの上に無造作に置かれた彼女の白い手が、白魚のような指が、小刻みに震えていることに気づいた。



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