俺の視線の先に気づいたのか、彼女は胸ポケットから取り出したサングラスをスチャッと装着すると、小走りで図書館から出て行く。 「ちょ、ライカさんっ」 図書館にいる人々の好奇の視線を背中に感じながら、俺は彼女を追いかけた。 建物の外に出ると、彼女は地べたに座り込んでいた。 「ハァ、何で急に走り出すんですか、」 「……分かるでしょ」 分からないから訊いてるんだと言いかけて、止めた。 彼女の肩が震えているのに気づいたから。彼女がサングラスの下で泣いているのが分かったから。 頬をつたって、草の上にポタポタと雫が落ちる。初めて見る彼女の涙に、少なからず狼狽えた。 「……俺、何かしましたっけ?」 「見たんでしょ? 私の目」 あぁそのこと、と相槌を打つ。「綺麗な色ですね。一瞬吸い込まれるかと思った」 変なことを言ったつもりは微塵もないが、変人ライカの名を欲しいままにしている彼女が変なモノでも見るかのように俺を見ているのが、サングラス越しでも分かった。 「あ、そうだ。俺、山崎退。サークル一緒ですよね?」 ぺたりと座り込んだままの彼女に、いつの間にかクシャクシャになったあの紙を渡した。 「……退くん。私、この目を綺麗って言ってもらえたの初めて」 彼女はきっとこの目の色のことで、今まで俺には想像できないような苦労をしてきたんだと思う。 「……そう。俺も目が綺麗だって言われたことは生まれてこの方無いですけど」 ライカさんが笑って少しサングラスをずらして俺を見た。すぐにかけ直してしまったけれど。 ……やっぱり綺麗な色だ。隠すのが勿体無いくらいに。太陽に透かしたガラス玉のような色。きらきらしていて、ゆらゆらしていて、火影みたいだ。 「退くん、バドミントンって楽しい?」 彼女はそう言ってゆっくり立ち上がった。 「もちろん!」 「ふふ、いつも楽しそうだもんね」 「えっ」 驚く俺を後目に、ライカさんはお尻に付いた草を軽く手で払った。 「ライカって呼んでくれて構わないよ? それにさっきから敬語だけど、君のポリシーかなんか?」 「いや、別に。じゃあ俺も退でいいよ」 「じゃ、私これから帰るから。バイバイ退」 「えぇ!? ……バ、バイバイ、ライカ」 ……ライカってやっぱり変わってるよな。少し近づけたかと思ったのに。 ちょっとがっかりして溜め息を吐いた時、シャツの胸ポケットから白い紙が覗いていることに気づいた。何だろう?二つ折りにされたそれを取り出して開くと、誰かのメールアドレスと電話番号らしき数列が書いてある。 驚きつつも、もしかしたらライカのだろうかという淡い期待を抱いてよく見てみると、紙の端っこに小さく「ライカ」と書いてあるのに気づいた。 それにしても、いつこんな所に入れたんだろう。全く気づかなかった。 普通に渡してくれればいいのにわざわざこんなことをするなんて、直接言うのが恥ずかしかったんだろうか。いきなり帰ってしまったのも、彼女なりの照れ隠しだったのかもしれない。意外とかわいい所あるんだ。 誰も知らない彼女のアドレスと番号を手に入れて、俺は少し舞い上がった気分で午後の授業へと向かったのだった。 (→) |