頂き物 | ナノ


 「これ、ライカに渡しといてくれ。今度のサークルの知らせだから」
先輩はそう言って、チラシのような紙をこれ見よがしにヒラヒラと振ってくる。

「え? なんで俺が」

「しょうがねェだろ、アイツのアドレス誰も知らねーんだから」

「俺も知りませんよっ」

「……じゃ、頼んだ」
サークルのリーダーである三回生の先輩は、強引にその紙を俺に押し付けて去って行った。

 俺が所属しているのは、無論バドミントンのサークル。週に一回ミントンをするだけの至ってシンプルなサークルだ。

 ライカさんも同じサークルの子で、俺と同じ一回生なのだが、何故か彼女には誰も寄り付かないし、俺自身話したことはない。実際、彼女は近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。サークルには一応顔を出すのだが、一切ミントンはせず、俺達が競技しているのをじっと見つめるだけ。それも彼女を孤立させていた理由のひとつだと思われる。

 だが、何よりも彼女の神秘性を高めているのは、その容姿に違いない。背は高くすらっとしていて、モデルのような体型。
黒いサラサラのショートヘアに、いたずらっぽい印象を受ける、少しだけつり上がった目。肌は深窓の令嬢かと見まごうほど白くて、早い話、とにかく整った顔立ちをしているのだ。

 しかし、ライカさんがどんなに美しいかを友達に話しても、どいつもピンと来ない顔をしている所を見ると、どうやら彼女の美貌は万国共通という訳ではないようだ。というより、俺好みの顔立ちをしていると言った方が正しいのかもしれない。

 話しかけてみたいとは常々思っているのだが、そうこうしているうちに入学から半年が経ってしまった。これも良い機会かもしれない、今度こそ話しかけてみせる。俺はサークルの知らせを手に握り、強く決心した。



***


 決心したのは良いが、彼女が何処にいるのかが分からない。クラスや食堂、屋上など、思いつく所をあたってみたが、いずれもハズレ。それとも、今日は来ていないのか。

 そもそも、広大な大学の敷地内でたった1人を捜し出すなんて無理な話だったんだ。諦めて帰ろうとした時、図書館から借りていた本の返却日が今日であることを思い出した。そういえば、図書館は捜していない。

 図書館棟は大学の敷地の隅にあるが、あまり利用者がいないせいかかなり寂れている。蔵書数も大学にしては少ないし、蔓の巻きついた古ぼけた建物はどこか淋しそうな雰囲気を纏っている。幽霊が出るらしいという噂までまことしやかに囁かれているという、なんとも気の毒な建物だが、俺は割と気に入っている。蔵書数は少なくても、ラインナップはなかなか気がきいているし、近くに鬱蒼とした林があるおかげで夏でも涼しい。
 そんな図書館棟に足を踏み入れると、古本屋独特の匂いに似たものが漂っている。

 早速カウンターで本を返し、ライカさんのことはすっかり忘れ、気になった本を物色していた時。

「ストーップ!!」
どうやら俺にかけられた言葉らしいというのを認識するのに、優に5秒はかかった。

「は?」
俺が驚いて振り返ろうとすると、パリッという不吉な音が足元から聞こえた。今俺は何かを踏んだらしい。

奇声を発した人物の方を見ると、俯いて明らかに落胆している。
「あの、どうしたんですか」

「私のコンタクト……」

「え」

慌てて足を上げると、そこには予想通り、粉砕したコンタクトレンズのようなモノがあった。
「わっ! す、すいません。 弁償します」
「良いよ、私が落としたのがいけないんだから。あー、何にも見えない」
俺の謝罪に、彼女は俯いたまま答える。

 女の子なのに俺と同じくらい背が高くて、スラリとした体型。黒いTシャツに、丈が短めの白っぽいファーコートを羽織り、スキニーを穿いている。そしてショートの黒髪と、陶器のように真っ白い肌。

「ライカ、さん!?」
思わず叫んだ。

「何で知ってるの」
驚いた彼女が、パッと顔を上げる。やっぱりライカさんだ。

 いつもと違うのは、コンタクトの外れた彼女の右目が、揺らめく赤茶色をしていることだけだった。



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