短編 | ナノ


自分は何のために、こんなことをしているのか。

何のために、人の命を奪ってまで生きているのか。

戦の敗けが目に見えている今、そう思ったことのある奴は山ほどいるはずだ。否、敗けなど決まっていなくとも、この戦が長引くにつれて、そう思う奴も増えているはずだ。
憎しみから喜びが生まれることなんてないのに。憎しみからは、憎しみしか生まれないのに。



それなのに、俺達は何故…





I Have a Dream that...








紅い。

男の銀色のくせっ毛の髪も、白い上着も、手に持つ刀も。足や、顔にさえも、紅い染みが点々と付いている。何が付いているのだ、などと問う者はいまい。この戦場で、そんな色をしたものはたった一つ。

血。

もちろん、と言うべきか、そのほとんどは男のものではない。斬り倒した敵のものである。


この男が戦場で初めて知ったことの中に“天人の血も紅い”というものがある。
そう、紅いのだ。あんな奇妙奇天烈な姿をした天人の血も、人間と同じ紅い色をしているのだ。せめて、もっと人離れした色をしていれば、斬った後の空虚感も薄れたかもしれないのに。
そんなことを考えて、男は自嘲気味に口を歪める。
幾ら考えても意味などない。分かっている。分かっていても、考えてしまう。
自分のやっていることは人殺し。どれだけ理屈を並べようと、その事実だけは変えようがないのに。



「おーい、金時!何をぼけっとしちょるんじゃ、戻るぜよー」
坂本の間延びした声が聞こえてきた。
「銀時だっつってんだろーが。いい加減覚えろ馬鹿!」
金時と呼ばれた男、坂田銀時は、そう叫んでゆっくりと仲間の方へ向かう。

「アッハッハ!いやぁ、すまん、すまん。何か似とるもんでなぁ」
銀時が坂本の下へ着くと、彼は悪びれもせずに笑った。
「いやいや、お前、これ間違えんの何回目?絶対わざとだろ?覚える気無いだろ?」
「そんなことより、早く戻るぜよ。遅くなるとヅラがうるさい」
「てめえ、人の名前をそんなこと呼ばわりかよ」
最悪だコイツ、と、駐屯地に戻る道中、ぶつくさと文句を言う銀時。

そんな銀時を横目に見ながら、銀時はきっと何か悩んでいる、と坂本は思った。最近の銀時は、何かというと考え込んでいたり、ぼうっとしていたりする。
が、何かあったか、と訊ねたところで、この男が素直に答えるわけがない。それが性分なのか何なのか、銀時は中々他人に心の内を明かさない。本当に信頼していても、それでも心の内は見せない。ある一線より先に踏み込ませない。そういう奴なのだ。

さて、この意地っ張りな男から、どうやって聞き出そうか。

坂本は少し前を歩く銀時を見やった。





寺の門の前に、桂は居た。

「まったく…。銀時と坂本は一体何をしているのだ。もう日も落ちているというのに…」

そう、彼が坂本のいう“ヅラ”である。
桂は先程からそわそわと門の辺りをうろついている。まさか、あの二人が死ぬ訳はないだろうとは思うが、何が起こるか分からないのが戦場というもの。帰りが遅いと心配になるのも当然。

「…さっきからそわそわ、そわそわ。鬱陶しいんだよ、ヅラ。ちょっとは落ち着け」

イライラとした声が門の向こう側から届く。正面からだと見えないが、門の後ろには高杉がいた。本人は決して認めようとはしないだろうが、彼も二人を心配しているのだ。

「ヅラじゃない、桂だ。この状況で、どう落ち着けというのだ」
「あいつらの帰りが遅いのは今に始まったことじゃねぇだろう。どうせ、もうすぐ、呑気な面して帰って来やがる」
「しかし…「おー!ヅラぁ!!待っとってくれたんか!遅ぅなってすまんかったぁ!」

声のした方へ顔を向けると、門へ続く石段の下に、笑いながら手を振る坂本が。その隣には、鬱陶しそうな顔をした銀時もいる。
ほら見ろ、とでも言いたげな視線を桂に送ってくる高杉。だが、その眉間に先程まであった皺が消えていることに桂は気付いていた。
ゆっくりと若干疲れた様子で石段を上がってくる二人。

「ヅラじゃない!桂だ!!
ったく。貴様らは!日が暮れる前に帰ってこいとあれ程……」
二人が石段を上りきると同時に、桂がくどくどと説教を始めた。それはまるで、手のかかる息子と母親のよう。

虚しい。

二人の身体中に付いている血が、高杉にそんな思いを呼び起こした。いつまでこんなことが続くのか。後、何人仲間を失わなければならないのか。
高杉とて、こんなことをしても松陽先生が喜ぶはずがないことなど分かっていた。それでも戦という道を選んだのは、このどうしようもない怒りをぶつける場所を求めたからだろうか。
だが、今となっては戦を始めた動機など何の意味もない。ただ、日々を生きる為に斬る。
汚い。高杉自身そう思ったが、もう、それで良かった。汚いのは俺達だけではない。天人共に媚びへつらう幕臣共。あいつらだって、十二分に汚れているのだから。



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