鬼ごっこ
 千竜愛之助国継は身近な人に呪われやすい。

 「おやまあこれは、腰の物が見えないねぇ」
 石段登って鳥居をくぐり、賽銭入れてガランガラン。愛之助が二礼したかと思えば声かかる。気にせず二拍手一礼続けてみるも、ムカデの視線がチラついて、どうにもなおざりなお参りになった気がしてならないが下げた頭のお相手も、そのムカデなのだからお相子だ。
 「開口一番言うことぁそれか。まだ仕上がっちゃぁいないのさ」
 「月代赤く、腰に業物武将の如く、そんな姿を期待してはいたのだけど」
 「期待に応えず悪いたぁ思わねぇが、腰の物は先刻通り誂え中。月代に至っちゃよんどころ無い理由ってのがあるんでね」
 よんどころ無い?と、ムカデが問えば、色々あってな、と愛之助がニヤリと返す。
 「いつか理由を聞きたいものだね、元服話と一緒にだったらもっと良い」
 礼儀作法はどうでもいいから本当のトコをじっくりと、と、くるりと首を回しては、目玉掘り出すばかりに見られちゃ堪らない。へいへいお察しの通りでと、背を指差し振り返れば、おやまぁまた増えてる百鬼夜行。
 「コレと同じ部類だな。嫌がらせって言うヤツさ。どうにも俺の元服が嫌らしい。月代剃るに留めて渋々。髪を抜くのは許せぬと」
 「それはまた」
 おかげで青い月代よ、と、頭を撫でるもムカデと言えばしたり顔。
 「人の子も七つまでは神の子」
 「七つは随分前に過ぎたがなぁ」
 「大人にならなきゃ神のモノ」
 そりゃぁ都合良すぎやしないかと、抗議するのもおっくうで、徒然なるまま話すは、愛之助元服の話。
 服を着替えて忙しなく、あっちやこっちや動く人々目に留めて、自身ときたら何て事なく言われるがまま。ズズッと落ちる前髪と、同じく剃られる月代に、祝福、怨念どちらを見るか。
 涼しくなった頭と共に、もらった名前は、
 『愛之助』
 「愛之助?どういう事だい?」
 「なぁに簡単。元服取止め幾度とあれば、仮名も真名も出番待ち。ちぃっと屋敷を探ってみれば、仮名くらいは出るもんさ」
 「なるほど苦労の塊だ」
 「あと数日の幼名で付けるケジメはイマイチ決まらん。ならばとな、元服待たず仮名でケジメ付けてみた、粋だろう?」
 「となると僕は、まだ見ぬキミと誓いを立てたと言う事かい」
 「礼儀作法は要らぬと言ったろう」
 「これは一本取られた、確かに言った、その意気込みしかと受けとろう」
 クククと笑うムカデの背後、ゴソリと動く影一つ。何だと覗く愛之助。珍しいね、と、言うムカデ。
 「あ、あ、あの、その、すみません!時間が無くて、すみません!初めは後ろに並んでいたけれど、ちっとも進まず困ってしまって。失礼承知で伺いました、すみません!」
 ヘコヘコ頭を下げるのは、年端か行かぬ童だが、その出で立ち普通でない。白練り色の狩衣の上下、手には鈴を一房持ってオドオドオロオロこちらを見ると、あぁ、と瞳に涙をいっぱいに、モゴモゴつぶやく事少し。
 「えぇっと、千竜愛之助国継さん、こちらに依頼がありまして、できれば早めに死んでください!」
 手に持つ鈴がシャリンっと言えば、もありと湧き立つ土煙。ムカデが跳んで、愛之助が駆け下がる。残るはガツリと削った地面のみ。
 「すみません、時間が無いので避けないで!」
 「そりゃ断る!」
 あちこち削れる地面に社、涙いっぱい鈴降る童。右へ左へ逃げる愛之助。ムカデと言えば社の棟で高見の見物。
 「おいこりゃどういう了見だ!」
 「僕も聞きたいぐらいだよ、社に境内無茶苦茶だ」
 キミの場合はまた大方、怨み辛みを寄越されたのだと思うのだけど、と、ムカデが笑う。
 「ほら頑張れもうじきだ。なにもずっとは続かない。思い出せるだろ、童が初めに言った事」
 ジジっと何かの虫が鳴き、鳥居の影が直線に。ガガリと最後に音残し、童が鈴を抱え込む。
 「あぁ、すみません、もう殺せません。時間です」
 お天道様を指で指し、童がペコリと頭を下げる。
 「千竜愛之助国継さん、この度は命頂戴出来ず申し訳ございません。まさか先客が、ここまで多いと思わずに。次回は無いと思えども、あれば善処致します」
 起した面は破顔して、悪びれなんて無いのもだから、呆気にとられる愛之助。一方ムカデはにんまり口元したり顔。
 「随分嬉しそうだけど、愛之助はもう用済みかい?」
 「えへへへ、日が昇りきる前までは死んでもらわなければ都合が悪く、日が沈みにかかったならば、死ぬのは愛之助さんではございません。呪いの依頼は正午まで。叶わなければお返しするのが理です」
 それには期限が無いもので、と、童はムカデに伝えると、くるりと向かうは社裏。
 「せっかくだから鳥居を使ってくれないかい?次もできれば鳥居からが望ましいね、あるならば」
 「それは有り難きお言葉です。境内荒らしてすみません、場所をお借りしたお礼は後日改めます」 タタタと走り鳥居の手前深々一礼、それから一歩踏み出したなら、そこに現る大牡鹿。プルルと首を振ったなら、こちらを見つめてまた一礼。軽い足取り地面を蹴れば、あっという間にいなくなる。
 「なんとまぁこりゃ驚いた、アレは何処の神使だい?余程の大社じゃない限りあんな神使見た事無い。それからキミはいつまで惚けているのかな?」
 「ちぃと待て、こっちは一寸前まで命賭けの鬼ごっこ、息が上がってたまりゃしねぇ!」
 息も絶え絶え愛之助、ムカデが笑って茶化すには
 「百鬼夜行も役に立つ、命を一つ拾ったね。神使が並んだ行列は、まず間違いなく百鬼夜行。時間が長けりゃ逃げ切りゃしないね、あの鬼ごっこ。それにしたってあの神使、律儀過ぎて向いてない。普段は呪術は専門外ってところかな?そんな神に呪わせるとは、キミは本当に怨まれてるねぇ」
 怨みが過ぎて愛さえ覚えてしまいそう、そう言うムカデに、辞めろや照れるぜ、と返す愛之助。
 「ところで愛之助、不可抗力と言えば都合が良いが、僕はキミの真名を知ってしまったわけだけど、それは忘れた方が良いのかな?」
 その気になれば、神隠しくらいできるのだけど、と、続けるムカデに、愛之助、
 「神隠し、するのは良いが利益があるとは思えねぇ。それより俺は真名でケジメを付けたいね」
 「律儀が此処にもいたもんだ!でもまぁ、一寸待ってみよう。人を呪わば穴二つ。失敗すれば全部自分に返ってくるのさ。その背中の百鬼夜行、あの神使の呪者と一緒なら、近いうちには消えて無くなってるだろうよ」
 呪術というのはそういうモノさ、キミと会う口実が無くなってしまって悲しいけれど、と口元緩めてムカデが言うが、言われた本人、そりゃねぇな、と、へっと笑う。
 「なんだい、たいした自信だね、量も大概、そんなに多く怨みを買う方かい?」
 「簡単さ。俺とて呪いの大元見当くらいは付いている。思うに相手方は女と見る。だがさっきの童は軍神様の神使だろう。ムカデの神域だからこそ、鬼から逃げれた鬼ごっこ。大方女の命にて武人の一人、代わりに呪いを掛けたのさ。さもなくば、呪いの順番待ちなどと、滑稽な事あるものか」
「成る程ね」
 どこかで虫がジジジと鳴く。どうやら縁は続くようで、愛之助の百鬼夜行はまだ続く。そして今回もう一度、

 「話を戻そう、ケジメを付けるぜ金打だ!」
 「ねえ、それってもしかして、刀が出来てもやるのかい?」



***2018/8/21


『鬼ごっこ』終わり


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