暗い路地裏を少しだけ進むと、ある地点から、キラキラと宝石が光り出す。
それは宝石ではなくて、ガラスの欠片だったのかもしれない。
どちらにせよ、暗闇にキラキラと輝く宝石の道を行けば、そこには小さな花屋があった。
カウンターに置かれた小さな鉢植えに頭を近づけ目を閉じた青年を、私はじっと見つめていた。
「…少し、お水が多かったみたいですね」
ゆっくりと目を開いた青年の瞳は濃い緑色をしていた。
「ふーん…」
青年は、私の反応に、少し困ったように笑いながら『でも、ちゃんと毎日話しかけてくれて嬉しいそうですよ』と言った。
青年と初めて会ったのは、酷い嵐の日だった。
私は何を思ったのだろう。人気のない路地にいた。
雨が頬に当るのが痛くて、隠れるように裏路地に入った。
そこは元々薄暗いのに、この天気。
真っ暗で、建物の間を抜ける風の音が一際大きく聞こえた。
そんな暗闇の中、小さく光る何かを見つけた。
その光は進むにつれ、数を多くする。
キラキラと輝くソレを見て、私は宝石だと思った。
そしてその宝石が一面を覆い尽くして、一瞬何も見えなくなった。
すっと光が和らぐ。
そこはもう、裏路地ではない。
柔らかな日差しが注ぐのは、手入れが行き届いた庭と、玄関にスズランを模したベルがついた小さな家だった。
「…おや…これは…こんにちは」
家の中には青年がいた。
瞳がとても綺麗な濃い緑色で、綺麗すぎて少し怖かった。
びしょ濡れの私を見て、青年は慌ててタオルを用意してくれた。
花、花、木、蔓、花、花…私は、タオルを被りながら家の中を見まわした。
コレでもかと言うほど、植物だらけだった。
その日から私はこの家に通った。
正確には、家ではなく『花屋』らしい。
「お客さんいないね」と言ったら、花屋の青年は「でもお花は綺麗でしょ?」と言った。
「変なお花屋さん」
私が言うと、花屋の青年は、きょとんとした後「お花屋さんですか…」と照れたように笑った。
それからは私は青年の事を『お花屋さん』と呼ぶようになった。
本当は、青年の事を呼んだのではなく、この家のような花屋事態の事を言ったのだけど、あんまりにも青年が嬉しそうだったので、それは黙っておいた。