小説 | ナノ


▽ 始まりと終わりの言葉 〈2017年〉


「七代目火影はいらっしゃいますか?」
火影補佐シカマル曰く、事の発端はこの一言だった。

秋が深まるこの頃。木の葉の里はある人物の誕生日のためお祭り騒ぎになる。というのも彼の人は世界の英雄であり、里の代表であり、またその里のために尽力していることから老若男女問わず民衆から絶大な支持を受けている。感謝の気持ちを伝えたくても本人の意思からお礼の品は受け取ってもらえない。それが唯一 解禁されるのがその人の誕生日なのだ。
また列国の信頼も厚いことから同盟国の重鎮を招いて盛大なパーティも執り行われる。故に外交が盛んになる頃であり、木の葉の経済が回ると数ある商店が血眼になる頃でもある。
かつて誰にもお祝いの言葉をもらえなかった少年の誕生日は、こうして誰よりも賑やかな誕生日を迎えることとなった。

「通常業務は終わってるよね?なら、どうしてこちらに火影がいらっしゃらないのかな?」
妙に凄味をきかせてくる発言者は、豊かな黒髪をたくわえた妙齢の美しい女性である。黒曜石のように澄んだ瞳に射抜かれると、後ろめたいことがなくとも何故かうっと呼吸することを忘れてしまう。
「あいつは今日の式典の準備で…」
「主人は体調が悪いのでその式典を欠席いたします」
火影補佐のシカマルは己が把握するスケジュールを口にするが、言い終わるより前に女性の口から分かりきった嘘が出た。
「オイ、権兵衛…。あいつは立派な火影なんだぞ…?」
「それは夫のことですもの。仕事のことなんて重々承知の上ですわよ?」
参った、と言わんばかりに頭をボリボリと掻きながらシカマルがぼやく。
火影の妻、権兵衛は茶化すように普段とは口調を変え、貼り付けたような笑顔で宣う。
「家族と仕事を天秤にかけろとは申しませんわ。けれど、こんな日は家族でお祝いをするくらい許して欲しいものですわ…」
相も変わらず口調を変え、やれ困りましたと言いたげに頬に手を当てため息を吐く。シカマルは知っている。この芝居がかった権兵衛には何を言っても聞きはしない。
同盟国の重鎮や、里の要人を集めた火影誕生式典よりも、家族のパーティの方が大切だと言うのだ。十分に天秤にかけてるだろ、と心の中で毒吐きながら頭を抱えているとタイミングが良いのか悪いのか、かつての同期であり、現上司である火影が執務室に帰ってきた。
「ナルト、迎えに来たよ」
先に発言したのは権兵衛だった。後ろには恨めしそうにナルトを睨むシカマルが控えている。ナルトは『すまん!』と暗に秘めた苦笑を作ってシカマルに詫びると、権兵衛の説得を試みる。
「あー、権兵衛…。分かってると思うけどオレってば今日は大事な用があるんだってばよ…?」
「もちろんだよ。だから迎えに来たんじゃないか!ほらさっさと影分身だして。帰るよ」
笑顔にもかかわらず権兵衛の有無を言わさぬ物言いに一瞬たじろぐ。が、家長として、里長としてナルトは強い気持ちを持って反論する。
「各国のみんながお祝いに来てくれるって言うのにオレ自身がいないのはまずいってばよ…」
言いながらに権兵衛の笑顔が段々とプレッシャーを増していく。そのためにナルトの語尾は尻窄みになってしまった。
「つまりナルト自身は家族とじゃなくて、お国のお偉さん方とよろしくやりたいってわけだね?」
言われてナルトはしまった!と背中に嫌な汗をかいた。確かに、先の発言だと家族をないがしろにしたように聞こえる。事実、ナルト自身 我慢してもらうのは家族の方だと思っていた節がある。それは里長として当然のことだと思うが、どうやら自分の妻は違うらしい。見るに見かねたシカマルが発言しようとした時。
「ナルトに変化した私の影分身と、自分の影分身、どちらかを選んで」
火影就任挨拶の時のようにはなりたくないでしょう?と、錯覚なのか濃い影が指して見える笑顔がずずいとナルトの顔に近付いてくる。その威圧感と距離に圧倒されナルトは
「じ、自分で影分身だすってばよ…」
天下の火影が肩を縮こまらせて言ったそうな。
その光景を目の当たりにし、シカマルは発言しなくて良かったと内心 胸をなで下ろした。



ナルトが影分身を出すと権兵衛は影分身の方のナルトの肩をポンと叩いた。
「気休めだけど多少の衝撃でも術が解除されないように私のチャクラで強化しておくよ」
火影になる前に比べれば影分身の耐久力は格段に上がっているが、そこに権兵衛のチャクラが加われば百人力だろう。
権兵衛のチャクラは例えると純水に近い。融和性が高く、誰のチャクラにもすぐ適応し、術の強化まで容易に行える。戦争時代であったなら喉から手が出るほどの逸材だ。結婚した当時、家事に専念させようと戦闘職を離れさせたのは紛れもなくナルト本人なのだが、里の連中に後ろ指を指されたのは記憶に新しい。
斯くして首根っこをつままれた狐よろしく。七代目火影は自身の奥方に連れ去られたのである。
「ぁ、そうそう」
ナルトを掴んで離そうとしない奥方が振り返りながらに言う。
「今日の式典会場付近に怪しい人影があったからとっ捕まえると良いーー」
ーーバタァーンッ!!
言い終わるが早いか、音が早いか、先ほど七代目火影が帰ってきた扉が勢いよく開き、意識を飛ばした男が2名ドサリ、ドサリと投げ捨てられ折り重なる。
「よ、って言おうと思ったんだけど、私の影分身が捕まえたみたい」
そう言われて扉の向こうから姿を現したのは発言者、権兵衛とまったく同じ出で立ちの女性2名だった。内、1名がボンッと音を立てて消える。途端にもう1人の影分身とオリジナルの権兵衛に、消えた影分身の経験が蓄積されたようで。
「詳しいことは1人影分身を置いていくから、そこの私に聞いてくれ。それと机の上のナルトの書類、所々 不備があったから直しておいたよ」
そう言い残して七代目火影を掴んだまま権兵衛は窓の向こうへ消えて行った。



残った影分身から粗方 事情を聞き終えると、残った影分身も音を立てて消えた。
「あの…シカマルさん」
頭が切れると言うことで火影執務室勤めになった若い青年が言う。
「今の方…、誰だったんですか…?」
「同い年なんだけどなぁ…。オレ達の先輩。で、七代目火影の奥方だ」
奥方、と言うところを強調し、頭を掻きながら渋々とシカマルが答える。
「はぁ…、恐ろしく優秀な方ですね…」
青年は2人が消えた窓を見つめながらに言う。
「ああ。だから一緒に働けば良いだろうってナルトにも権兵衛にも薦めたんだけどな」
チロリ、とシカマルが青年を見ると気付いたかのように青年もまた視線を返す。
「ナルトはぜってぇヤダと駄々を捏ねて、権兵衛は…」
『旦那が里を護るなら、私は家族を護るよ』
「それは…」
青年は噛み締めるように目を瞑り
「恐ろしくいーい、奥さんですねぇ…」
七代目火影の誕生日は、当人の目を思わせるほどの青空から茜さす夕空へと姿を変えていた。



「権兵衛!権兵衛!!そう腕引っ張んなくても逃げねぇってばよっ!!」
権兵衛の身長に引っ張られると自然と前屈みになって歩きにくい。それを逃れるための苦言だったのだが…、腕を更に引っ張られ権兵衛の体の方へと引き寄せられる。途端に権兵衛は体を反転させ。
「ナルト、誕生日おめでとう!!」
言いながらぎゅうっと抱き締められた。ナルトは今度 胸が掴まれた様にぎゅうっとなった。
権兵衛本人にその自覚があるのかナルトは未だに分からないが、2人きりになると権兵衛はデレる。というか、甘えたがりのくっつきたがりになるのだ。普段のしっかりとした印象から豹変するので、ナルトはこの甘えたがりの権兵衛がたまらなく愛しい。知り合いの前でも子供の前でもあまり見せないので最近では中々お目にかかれない貴重な奥さんだ。これだけでも無理に連れ戻された甲斐があるというものだ。和気藹々と手を繋ぎながら、若かりし頃のデートを思い起こしながら歩く。道行く人に何故ここに火影が?と問われるが、妻が調子良く『本体は式典に取られちゃったので影分身をもらってきた』などと冗談めいて返す。その実は式典行きが影分身で、ここにいるのが紛うことなきオリジナルなのだが…、そんな事も可愛らしい嘘に思えるほど今のナルトは浮かれていた。

今日ナルト本人を連れ帰ると子供たちと約束したこと。
家に帰ったらご馳走を用意していること。
子供たちの元にはオリジナルがいて、影分身がナルトを迎えに来ていると子供たちは思い込んでること。その実は反対であること。

権兵衛は帰路に就きながら、楽しそうに教えてくれた。
「別に迎えに来るのは影分身でも良かったってばよ?」
素直に疑問に思ったことを訊いたら
「ナルトを独り占めに出来るのは今、この時間だけなんだよ。影分身なんかじゃ勿体無いよ…」
と言ってまた抱き着かれた。傍から見たらバカップルだと言うのは分かってる…。年甲斐もなく、子供までいて恥じらいはないのかとも思われるかも知れない。けれど今は、今 目の前にいる奥さんがたまらなく愛おしいのだ…。ナルトはたまらず背中に手を回す権兵衛を抱き締め返した。あぁ、たまならく…。
『幸せだってばよ』
胸をほっこりと温めて、頬を朱に染めて、また手を取り合って子供たちの待つ家へと歩いた。子供たちには悪いが、少しばかり歩調が遅くなるのも仕方のないことだと罪悪感に駆られる自分を納得させて、ゆるゆると2人。肩を並べて茜指す帰路を歩く。



「ただいまだってばよ!」
扉を開いて声高らかに帰宅を宣言すると奥の部屋から賑やかな声が聞こえてくる。
「お父さん帰ってきたよ!玄関まで競走ーっ!」
「ぁ、待って!おかあさーん!!」
奥から聞こえてくる権兵衛の声は子供と一緒にいた影分身のものだろう。続くどこか頼りなさげな声は兄妹の妹のものだ。
隣にいた権兵衛は名残惜しそうに手を離すと靴を脱ぎ、ナルトと相対するように立った。そして振り返りながら子供が来るのを待つ。するとすぐに子供たちは息を荒らげながら走ってきた。
「母ちゃん、瞬身の術はずるいってばさ!」
「母さんが1番でしたー」
走ってきた息子が毒吐くと、権兵衛はポスンと受け止めながら勝ち誇った声をかける。実際のところは影分身が瞬身の術を演じて術を解除し、オリジナルがさも今 現れましたと言わんばかりに子供たちが駆けてくるのを待つ。我が妻ながらにさすが忍、相手の虚を突くのが上手い。
「お父さん!おかえりなさい!!」
靴を脱いで家に上がると、遅れてきた妹がギュッと抱きしめようとするので、しゃがんで受け止めてやる。
「ただいま」
娘を抱き上げながら権兵衛の時とはまた違う感情で幸せを噛み締める。家に帰ってくるのは何度繰り返しても充足感を得る。妻である権兵衛が明るく、温かく家族を護ってくれているおかげなのだろう。
父のお出迎えを終えて家族みんなで食卓に行くと、賑やかな飾り付けをされた部屋がまず目に入る。これ!私とお兄ちゃんで作ったのよ!と妹の方が元気よく飾り付けの一部一部を指さして行く。兄の方はと言うと権兵衛に隠れてナルトをじっと睨めつけるように視線を送るが、ナルトが視線を合わせると勢いよく顔を逸らす。ナルトは頭に?マークを浮かべ、権兵衛は対称的にポンポンと息子の頭を撫でている。その表情は慈愛に満ちていた。息子から視線をあげて権兵衛のそんな表情を見るとーー。
『良いなぁ…』
ナルトは嬉しいような寂しいような、くすぐったい感情を胸にただ妻が愛おしくなる。
『母ちゃんてーー』
息子や娘ももちろん愛しい。表情がコロコロ変わって見るもの全てに大袈裟な反応を示してーー。触って、感じて。そういった成長を目の当たりにしているために、妻の、母親としての顔も見てきた。自分には長く母親もいない。だからかもしれない。たまに権兵衛に母親を求めてしまうのはーー。
「ほら、お父さんにお祝い、言うんだろう?」
しゃがんで息子と視線を合わせて権兵衛が言う。意を決してナルトに向き直り顔を真っ赤にしてーー。
「父ちゃん!誕生日おめでとう!!」
目をうるうると見上げてくる大きな瞳はまるで食べ物をねだる小動物のようで…。やはり自分の子供は可愛いものだと、破顔する。
「ありがとな」
クシャリと頭を撫でてやると、やはり顔を真っ赤にしたまま息子も破顔した。脇の下に手を伸ばし肩を抱いて持ち上げる。最近、息子は抱っこされるのを嫌がるもので、息子を抱えるのは久しぶりだ。
「重くなったなぁーー」
感慨深くそうこぼすと息子にいきなり首を締められた。冗談抜きの腕を使った本気締めだ。それでも子供の力、すぐにその拘束を解くと、笑い声が聞こえてきた。声の元を見ると権兵衛が口に手を当ててクスクスと笑っていた。
「どういうことだってばよ?」
事の発端は妻だろうと疑いをかけて訊ねると。
「何も指図はしてないよ。影分身じゃないかって疑ってるんだよ」
抱えたままの息子を見やると目をランランと輝かせて、戦闘意欲満々といった感じだ…。
「あのなぁ…。父ちゃんは本物で…」
言っても納得しないらしく、近距離から拳が飛んでくる。
「ダァーッ!!分かったって!今日は寝るまでずっと傍にいるから!だから信じるってばよ!!」
なっ?と表情に含ませて納得させる。すると息子は本当に嬉しそうに目を輝かせた。
そこからは他愛のない団欒をしながら家族みんなで食事をとった。愛妻は一楽まで足を伸ばしてスープを調達したらしく、大好物のラーメンに合うおかずをふんだんにテーブルに並べてのご馳走だった。
その後、子供たちだけで作ったというホットケーキを重ねて生クリームを塗った誕生日ケーキで楽しい食事の時間を終え、子供たちと一緒に風呂に入り、寝付くまで一緒にいた。こんな日でもないとゆっくりと話も出来ず、寂しい思いをさせていたのかもしれない。とまで考えて「おやすみ」と声をかけて子供部屋をあとにした。



「お疲れ様、お父さん」
リビングに戻ると、お風呂からあがったばかりの妻が出迎えてくれた。髪も既に乾かしてはいたがホカホカとお風呂のあと特有の色気が残っている。
「子供たち、寂しがってたのか?」
「口には出さないけどね。大好きなお父さんが自分たちだけのものじゃないから焼きもちは焼いてたかもね…」
調子よく返してくる妻の隣に座って抱き締める。
「だから、今日はちょうど良かったんじゃない?」
やりきれない気持ちを察したのかポンポンと抱き締め返され背中を撫でられる。彼女は甘やかすのが上手で…、調和を保つのも上手いものだから家族のことは自分が甘え過ぎていたところがあった、と今回は思い知らされた。
「ごめんってばよ…」
「仕事を頑張ってるから良いんだよ」
でもこういう機会にはちゃんと家族サービスをすること、と言外に含みながら今度は頭を撫でられた。また胸がぎゅうっとなった。甘やかされている。と分かっているのに、罪悪感が引いていくあたり、自分は単純で、やっぱり彼女は甘やかすのが上手いのだろう。距離をとって彼女の表情を見ると慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。ひどく愛しくて、その唇にキスをした。一つ、二つと繰り返し、徐々に深くしていく。また彼女の顔を見ると今度は頬を赤らめて女の顔をしていた。それもまたひどく愛しくて、深い深い口付けを一つすると、彼女を抱き抱え、2人の寝室へと向かった。



ベッドに権兵衛を下ろすと窓から射し込む月の光が権兵衛を照らした。子供を産んだ人妻の色気は並々ならぬものだ。母性だったり清純さだったり、表層に見えるその奥には確かに女がいるのだ。それが己の妻であることがなんたる幸福か…。権兵衛を組み敷いて、その上に四つん這いになると普段、切れ長の美しい面立ちが、上目遣いにくりりとする。それだけで…。
「あー!もうヤバいってばよ…」
彼女の肩に顔を埋める。
「ナルト…?」
「オレ火影やってなかったらあと2,3人は子供できてたと思う…」
何を言わんとしているのか分からず、権兵衛は目をぱちくりとさせる。…が、どうやら見当がついたようで…。
「ナルトの子なら何人でも欲しいよ」
そう言って背中に手を回される。
「だぁーっ!もうっ!!」
ガバッと妻を抱き締め返す。
「権兵衛…、大好きだってばよっ!!」
腕に確かに伝わる熱を噛み締めながら…。
「私も…、ナルトが大好きだよ…」
そう耳元に囁かれた。途端に。
ーーピピピッ!ピピピッ!
と0時を伝えるアラームが小さく鳴る。
ナルトと権兵衛は顔を見合わせると、同時に破顔して、唇を重ねた。



「ナルト、誕生日おめでとう」
昨夜は帰りが遅くなり、寝室に入った時には既に日付が変わっていた。権兵衛は寝ずに夫の帰りを待ち、この日 一番に祝福してくれた。

「私も…、ナルトが大好きだよ…」
ギュッと抱き締めてこの日 最後に愛を囁いてくれた。

その事実に思い至ったナルトは今年の誕生日を思い返して…。
「最っ高の誕生日だったってばよっ!」
「それは良かった」
権兵衛に首に手を回され、2人の影は重なり、夜の闇に覆い隠された。



ナルトお誕生日記念

始まりと終わりの言葉





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