「学校は慣れた?」
「まぁ、一応。ちょっと学校が広くて覚え切れてないけど」
「じゃあ、わからないことは俺に聞いてよ!クラスメイトなんだし!」
図書室に籠ってたという名前が遠慮するも押し通して隣りを歩くことになった成宮。
あくまで『ついで』だと主張することで受け入れてもらえたが、道すがら何を話せばいいのかありきたりな話しか振れない。
マウンドでもこんなに緊張しない成宮が手のひらの汗を悟られないよう必死に隠していると、不意に名前が「そういえば」と言い出した。
「稲実(ここ)って野球が強いんだっけ?」
「!まぁね」
ちらりと向けられた視線が上下の服に動くのを感じながら自慢気に頷く。
さすがに着替えて今は適当なスポーツウェア姿だが、声をかけた時はまだ練習着だった。
大体の人なら野球部だとわかるだろうし、名前が話を振ったのもその上でだろう。
「何?野球好きなの?」
「好きっていうか……前の学校の友人が野球部で。あんまり私に部活の話ししない奴なのに稲実(ここ)と練習試合したって興奮気味に語っててね。ピッチャーが特に凄かったってさ」
「ふ、ふーん」
「アンタでしょ?確かエースピッチャーって」
口元が緩みそうになりながらも肯定を返す。
自分の腕に自信もあるし当然のことだと思うけど、好きな子に褒められれば嬉しくなるのは仕方ない。
若干その友人という野球部が気になるが、口振り的に本当にただの友人に違いない。相手がどう思ってるかは別として。
「気になるなら今度見に来てよ!絶対勝つし!」
「……まぁ、機会があれば」
社交辞令のような素気無い響きでも気にしなかった。
多少なりとも関心があるなら今はいい。
きっかけさえあればあとは遠い距離を縮めていくだけなのだから。
そして今が好機。少しでも名前のことを知りたい、自分を知ってほしい。
いつもの調子を取り戻した成宮が積極的に言葉をかけていく。
相変わらず表情に変化は少ないし、返って来る言葉は淡白で。
それでもめげずに続けられたのは名前がいくら冷淡に見えても必ず反応を返していたから。
自惚れや惚れた欲目かもしれないけど、多分彼女は側から考えていたよりもずっと真面目で優しい人なのかもしれない。
「そういえば何でこんな時期に転校して来たの?」
「……諸事情で。何て言うか、面倒だったんだよね」
「?」
淡々と答えていた名前がほんの僅かに表情を崩す。
眉間を寄せてまるで遠くを睨む視線は鋭い。溜め息を零すような、苛立ちを隠すような声。
気になるけど、尋ねてしまいたいけど、これは“ダメ”だ。
勝負事の世界で生きてきた勘が疑問を口に出すのを躊躇わせた。
「……ここまででいい。もう近くだし大丈夫」
「あ……」
「ついでとはいえ、悪かったね。じゃ、また明日」
去り際は潔く。
僅かに生まれた沈黙を縫うように引き止める間もなく背を向けた。
見えない壁でできた境界線。
踏み入れることを許さないその線は予想していたよりも強固で手強そうで。
今日は仕方ない。焦ることはないと言い聞かせて建前のコンビニへ歩を進める……が、
「……!」
曲がり角、すれ違った黒いスーツの二人組。
普通に考えて仕事帰りのサラリーマンとしか思えないはずなのに。
なぜ、酷く嫌な予感がして堪らないのか。
「……、」
関わるべきではない、踏み入れていい世界じゃない。
そんなことは嫌でも感じさせるのに、巻き込まれる前に一刻でも早く立ち去るべき足は立ち止まったまま動かない。
振り返ればそこにはもう人の姿は見えなかった。
でも、二人組が向かった先にいるのは彼女ではないのか。
まだ彼女と関係あると決まったわけではないのに、成宮の体は焦りに突き動かされていた。
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