狂乱百合の睦言



※『もしも』ではなく、『パラレルワールドの一つの世界の出来事』と考えてください
※死、暴力要素有




「うーん……」


手のひらの中の指輪を弄びながら、白蘭は困ったように唸っていた。

徐に指輪を指先で掴み、填めようとするもバチッと弾かれて床に転がる。
それを拾い上げて溜め息が漏れた。

使う人を選ぶという雪のボンゴレリング。
全ての波動を持っているわけでもないし、使えなくても問題はないのだが――こうも拒絶されるのも如何なものか。
しかも7³をコンプリートしたにもかかわらず、思うように力を発揮していないこの状況では重要なことに思えてならなかった。


「やっぱり、希明チャンじゃなきゃダメってことなのかなぁ。他の世界でも希明チャン以外に扱えた人はいないみたいだし……ねぇ、どう思う?希明チャン♪」

「知る、か……ッ」


にこりと白蘭が笑みを向けた先で、鎖で繋がれていた希明は声を絞り出しながら血を吐く。

いくら強いといっても人間である以上は限度があるわけで。
最後まで抵抗していた希明もミルフィオーレ側に多大な被害を出させたが、ついには囚われてしまっていた。


「そんなつれないこと言わないでよ。僕は、君と仲良くしたいと思ってるんだからさ」

「は、……それほど説得りょ、っくのない言葉は、はじめて聞いたね……ッ」

「あはは、そうかもね。確かに君をそこまで痛めつけて監禁してる僕が言っても説得力はないか」


冷たい無機質な床に血が垂れる様子を眺めていた白蘭は、どうしたものかと考える。

雪の力を引き出せる唯一である希明を捕まえたはいいが、彼女はあまりにも非協力すぎた。
今までも――それこそ他のパラレルワールドでも、どんなに拷問しようと辱めようと態度が変わらないのだ。これ以上何をしたって意味がないのは目に見えている。

魂を壊してただの操り人形にしてしまえばとも考えたが、それはすでに他の世界の自分が実行済みだった。
そして結果は、ただ心が壊れた植物人間ができあがっただけで終わっている。


「そういえば、希明チャンって前世の記憶があるんだって?」


心を壊した際、偶々知り得た情報。
共有した知識の中からそれについて引っ張り出してみると「、だから?」と僅かに希明の反応が遅れる。


「高校生になったばかりで命を落としたらしいね。元の世界に未練とかあるんじゃない?たとえば、親友の――」

「私、は!」


さっきまでの無理に出したような声ではなく、言葉を張り上げた声に思わず白蘭が口を噤む。
希明は満身創痍が嘘のように白蘭を鋭く睨みつけていた。

何度見ても変化のない、強い意志の宿った青い瞳。
サファイアの如く瑕のない美しさに一瞬にして目を奪われる。

誰にも何にも屈しない生き方を表した凛とした光だった。


「何があっても私はアンタの思い通りにはならない。アンタのために動いたりなんかしない。私は、アンタを絶対に認めないから」

「……へぇ、そう。なら、」


カチリとセイフティが外れた黒光りする銃が身動きできない希明の額に当てられる。
引き金にかけられた指がゆっくり引かれているのを見ても顔色が変わることはなかった。

白蘭の感情の浮かんでいない冷たい目が瞬く――その瞬間、


「ばいばい、希明チャン」


銃声が狭い部屋に轟き、後に静まり返る。

俯いた顔を青い髪が隠し、ぐったりと脱力した体は鎖が巻きついたまま微動だにしない。
荒くも響いていた呼吸の音は、今は白蘭のものしか聞こえていなかった。


「……」


恐ろしいほどの静寂の中で生まれた、白蘭の胸の内で湧き上がる何か。
悔しさ、苛立ち、そしてそれを上回るほどに強い自分のものにしたいという“欲”。

恋慕にも似たそれが狂気に変わり、白蘭の瞳を爛々と輝かせていた。