Izaya:13



迫ってきたその拳を避けられないわけじゃなかった。
学生時代から静雄との攻防によって培われてきた身体能力は、人並み程のスピードしかない拳にしっかり反応できていた。が、臨也は避けなかった。


「ぐっ……」

「臨也!!?」


もんどりうって床に着く臨也を慌てて心優は支える。
その片頬には赤色が走っていた。

殴った本人の新羅は肩で息をしながらゆっくりと体勢を起こす。
心優と臨也がやり直すことを決めたその足でまずやってきたのは新羅宅。お世話になったお礼と心配をかけたお詫び、そしてこれからのことに対しての報告をした途端の暴挙だった。

けれど暴挙に走った新羅の気持ちはわかるのか心優は責める視線を送ることはなく、臨也も何一つ文句を吐かない。


「……本当は、もう心優を君に預ける気はなかったんだけどね……」

「はは、新羅って昔から心優に対して過保護だよねぇ。
 ……まあ、安心しなよ。もう二度と心優を傷付けることはしないから。これ以上殴られたくはないしね」

「……次はないからね、臨也」

「肝に銘じておくよ」


男二人の会話を耳にする心優に、同じく静観していたセルティが近付く。
それに気が付くと同時、恐る恐るPDAが向けられた。


[心優は本当にこれでいいのか?]

「……うん、いいの。別に臨也に強要されたわけでもないし、悩んで決めた私の意思だから」

[そうか。ならいいが……]


当然かもしれないが、心優本人が大丈夫だと言っても不安は不安らしい。
心配そうに影が揺れている。

僅かに苦笑しつつ、不安を和らげるために言葉を紡いだ。


「心配してくれてありがとう。迷惑かけちゃってごめんね」

[迷惑なんかじゃないぞ!私は心優に頼ってもらえて嬉しかったんだ!!]

「……あとね、また何かあったら話を聞いてもらってもいいかな?」


上目遣いで窺う心優に大きく頷きながら、PDAで文字でもその旨を伝える。


[もちろんだ!いつでも来てくれ!!]


途端に花が咲くような屈託ない笑顔を見せた心優に、もう不安要素などどこにもなかった。







空に響く温かな旋律
(よかった。これで元通りだな)
(臨也はまだ少し許せないけど……心優が笑ってるからよしとするかな)