ここはデジタルワールドにある森の中。私はカイザーに連れられて、探索をしていた。私の役目はカイザーの護衛。正直成長期である私はあまり役に立たないと思うのだが……直々の指名だったので仕方ない。カイザーはカイザーで考えがあるのだろう。
彼のパートナーであるワームモンが「僕も行くよ!」と言っていたが、スルーされていた。何故彼はワームモンに冷たいのだろう。ワームモンだけじゃない。他のデジモンにも、私のパートナーの飛鳥にも……。一体何が彼を変えてしまったのだろうか。今となっては分からない。
「さて、そろそろかな……」
カイザーはテレビの前に立つと、デジヴァイスをかざした。その途端画面が光を放ち、飛鳥がこちらの世界にやって来た。
「遅いぞ、10分遅刻だ」
「ごめん、夕食の準備しててさ」
飛鳥は申し訳なさそうに頭をかいたが、カイザーは鼻を鳴らすだけだった。
「そんなものどうでもいいだろう」
「いい訳ないだろ? どうせ今日も帰り遅くなるんだから……」
飛鳥はそう呟くと、息をついた。最近はずっとカイザーの言いなりになって、働かされている。疲れが溜まっているのだろうか。何とかこの状況を抜け出したいが――。すると飛鳥は顔をあげ、じっとカイザーを見据えた。
「……なあ、もうあんな事をするのはやめよう。デジモンたちを傷つけるなんて、やっちゃダメだよ。大輔くんたちだって俺たちの仲間なのに、あんなひどい事……」
「あいつらが仲間? 馬鹿を言うな!」
「でも……」
カイザーの叫びに、飛鳥は眉を潜ませた。
「そもそも僕は、君に指図される覚えはない」
「だけど、賢のやっている事は……!」
「ふん。今更どうこう言った所で、それに加担している君も同罪だ」
飛鳥の言葉を遮り、カイザーはそう言い放った。飛鳥が悔しそうに下を向く。カイザーは愉快そうに笑うと、胸元のポケットから紋章を取り出した。
「この紋章が黒く染まっている限り、君は僕から逃げられない。諦めた方が賢明だぞ」
カイザーが紋章を握り締めたその時、辺りに電子音が響いた。
「……おや?」
デジヴァイスを取り出し、カイザーは画面をじっと見つめた。するとそのまま歩き出したので、私たちも付いていく。
少し進んでいくと、大きな切り株の上に何かがあった。
「ふむ。やはりデジメンタルか……」
カイザーは面倒くさそうにそう呟いた。それは白いタマゴ型で、青色の角のようなものが生えていた。そしてその真ん中に青の模様が刻まれている。私は思わず息を呑んだ。これは、まさか――。
「この模様……湊海ちゃんの紋章だ……!」
「本当か!?」
私は飛鳥の問い掛けにこくこくと頷いた。間違いない。私はずっと近くでこの紋章を見て来たのだから。まさかこんな所にあるとは、想像もしていなかったけれど。
「じゃあ、早く知らせないと……! ロップモン!」
「うん!」
私は飛鳥にそう返事をし、駆け出した。しかし――。
「待て」
「うわっ!」
その目の前にカイザーが立ちはだかった。いきなりの事でぶつかりそうになったが、何とか直前で急ブレーキを掛ける。
「誰が教えていいと言った? 君はどちら側の人間だ?」
ほっと息をついていると、カイザーが飛鳥にそう告げた。その声は酷く冷徹だ。
「………」
飛鳥は無言でカイザーを睨みつけた。珍しく怒っているようで、鋭い目つきをしている。そんな飛鳥の様子に、カイザーは顔を顰めた。
「……何だ、その反抗的な目は。いいか? このデジメンタルを見つけたのは僕だ。つまりこのデジメンタルの運命は、僕の手に握られている訳だ。態度はよく考えた方がいい」
そのカイザーの言葉に、飛鳥はぐっと拳を握り、唇を噛み締めた。
「……ごめん」
「そうそう、それでいいんだよ」
飛鳥がそう呟くと、カイザーはにやりと笑い、肩を叩いた。
「物分かりのいい君にはご褒美をやろう。そうだな……ゲームでもしようか。とても簡単なゲームだ」
カイザーはデジメンタルの隣に腰掛け、足を組んだ。
「彼女がデジメンタルを持ち上げられたら、君たちの勝ち。持ち上げられないなら、僕の勝ち。どうだ、簡単だろ?」
そのカイザーの説明に、私と飛鳥は顔を見合わせた。……正直悪くない条件だが、もしもの時が気になる。私はおずおずと口を開いた。
「か、簡単かもしれないけど……。仮に、あなたが勝った場合は……どうなるの?」
「そりゃ壊すさ。例え仮の進化でも、されたら面倒くさい事には変わらない。種は早いうちに摘まないとね」
「そんな……」
私たちは思わず言葉を詰まらせた。湊海ちゃんの紋章が刻まれた、大切なデジメンタル――。湊海ちゃんが持ち上げられなかったら、壊されてしまうなんて……。何とか阻止したい所だが、成熟期に進化出来ない今、それも厳しいだろう。
飛鳥もそれは分かっているようで、デジヴァイスをじっと見つめていた。ごめんね、飛鳥――。
「まあ、僕は君たちが勝つとは思えないけど。僕なら負け試合はやらないなぁ……」
するとカイザーは怪しく笑い、デジメンタルの上に手を置いた。
「どうする? 君たちが嫌と言うなら、やめてもいいけど」
どうやら彼は湊海ちゃんがデジメンタルを持ち上げられるとは、さらさら思っていないらしい。正直、私だって分からない。タケルとヒカリの事も、全く予想していなかった。
私は胸にそっと手を当てた。今は無くなってしまったが、あの温もりを忘れる事は無いだろう。……湊海ちゃんの心は、とても暖かいんだ。
「……やめないよ」
私は顔をあげ、真っ直ぐカイザーを見据えた。
「湊海ちゃんなら大丈夫。私、信じてるもん」
「……ふん、後悔しても知らないからな」
私の発言に、カイザーは吐き捨てるようにそう返した。
「後悔なんてしないさ。絶対に」
飛鳥はそう言うと、ぽんと私の頭を撫でた。私は大きく頷き、デジメンタルを見つめた。――彼女は奇跡を何度も起こしてくれた。だから、今回も……私は彼女に、全てを託す。