個人面談と私

 1年生もあと数ヶ月で終わるある日のこと。担任の佐藤に呼ばれ、私は生徒指導室にやって来た。
 佐藤はあの、最初に授業を乗っ取った佐藤だ。教師の中では扱いやすい方で、それなりに重宝している。その代わり呼び出しに素直に応じたり、雑用を手伝ってやったりしているので、お互い利益はあるはずだ。――ま、頼りないアホ教師だが、多少は信用してやらんこともない。


「……で、要件は?」

「相変わらず冷たい……」

 くすんと泣き真似をする佐藤に私はチョップをかました。


「いったーい!」

「そういうのいいから早く」

「わかったよ……」

 佐藤は頭を抑えつつ、机の上に紙を広げた。その紙には、今までの私の成績が記録されている。



「一条さん。あなたは入試もだったけど、ずっとトップクラスの成績取っている。この通りね」

「どんなもんよ」

 私が胸を張ると、佐藤はぱちぱちと拍手を送った。うむ、悪い気分ではない。


「もちろん、素晴らしいよ。5教科以外の副教科も、ほぼ完璧。道徳は……」

「道徳は成績つかないから良いの!」

 牙を向く私に、佐藤は苦笑いをした。道徳が苦手だと誤解されるかもしれないが、別に人の心がわからなかったり、倫理観が欠けていたりするわけではない。断じて。――ただ、少々熱くなりすぎるため、授業を荒れさせてしまう。最近は心を無にして参加しないか、最悪道徳だけ欠席するようにしている。幸い成績が出る教科ではないため、担任も黙認している。……そこら辺はちょーっとだけ感謝している。
 大人にはなりたくないが、自分の感情をコントロールできないのは、人として話にならない。何とかしないと――。


「そ、そうだね。あとこうやって教師には粗暴な態度を取ってるけど実は同級生には優しかったり……」

「だから何が言いたいの……?」

 何か伝えたいことがあるくせになかなか本題に入らない佐藤に、私はイライラして頬を伸ばした。おーおー、よく伸びること。



「い、いひゃいいひゃい……! はなひて……!」

「ふん」

 私はそっぽを向いて、佐藤の頬から手を離した。佐藤は自分の頬をさすり、涙目になっている。


「んもう……。ほっぺ伸びちゃう」

 しばらく泣きべそをかいていた佐藤だが、気を取り直したようで、真剣な表情でこちらを見つめた。



「……単刀直入に言うね。上から貴女をA組にって打診が来てるの」

「い・や。A組なんてE組をとことん見下す象徴みたいなものじゃない。絶対行かないから」

 佐藤がそう言うや否や、私は即座に拒否した。そんな私の様子に、佐藤はがっくりと肩を落とす。


「……って、言うと思った。一条さんそうやって、生徒会も断ったものね」

「最初は入って変えてやろうって思ったけどやめたの。この学校のシステムはあまりにも強すぎる。……私には太刀打ちできないよ」

「……そっか」

 佐藤は少し寂しそうにこくりと頷いた。――こいつには関係ないんだから、そんな顔もしなくていいのに。これだから、教師のくせにイマイチ憎めない。ちょっとめんどくさい奴。


「……いつも通り断っといてね。よろしく」

「そんなこと言って、私も結構大変なんだよ?」

「普段役立たないんだからそれくらいやれよ」

「ひ、ひどいー!」

 佐藤は私のことをぽかぽかと殴った。うわー暴力はんたーい。――全く痛くないのが余計にムカつく。
私は佐藤のおでこをパチンと叩き、立ち上がった。


「うえっ」

「行動がうっさいの。……じゃあ行くね。次呼びつける時はジュース付きじゃないと行かないから」

「はいはい、気をつけて帰るんだよ」

「うん」

 私は生徒指導室を後にし、昇降口へ向かった。今日はみんな帰っちゃったから、1人で帰らないと。



「どうしても来ない気かい?」

「うわっ」

 すると突然背後から話しかけられ、すっ転びそうになる。何とか持ちこたえ後ろを振り返ると、そこにいたのは――。


「……浅野くん」

「やあ、蘭」

 そこには理事長の息子、浅野学秀がいた。ボンボンの息子なのはもちろんのこと、文武両道・容姿端麗で、生徒から絶大な人気を得ている。しかし性格が悪いので、同じイケメンなら悠馬くんに軍配が上がる。


「あなたに呼び捨てされるのはい・や」

 私がふんと顔を逸らすと、浅野くんはみるみるうちにしょげ込み、こちらをじーっと見つめた。


「……駄目かい?」

「ああちくしょういいよ!」

 私は浅野くんの頭を撫で回した。こいつは私が美少年に弱いのを良いことに、こうやっていつもズルい手を使ってくる。性格が極悪だとも、計算だと分かっていても、やはり美少年には敵わない。もちろん、美少女にも。


「くっ……そうやっていつも上手くいくと思ったら間違いだからね! この前の期末、私に負けてたくせに!」

「蘭とはライバルだからね。負けるのは悔しいけど、それもバネになる」

 浅野くんは私が撫で回していた手をそっと外し、控えめに握った。その彼の様子に、思わず眉をひそめる。


「……私の前だと、みんなとちょっと違うのは何で?」

「……わからないのかい?」

 私の質問に、浅野くんは怪訝そうな目でこちらを見つめた。


「いくら賢い蘭ちゃんでも、わからないことはあるよ。……でも私は、そっちの浅野くんの方が好き」

「僕は、君のそういうとこが嫌」

 浅野くんはふいっと、私から目を逸らした。見つめたり逸らしたり、忙しいヤツ。


「もう、相変わらずしっつれいだな」

「……生徒会のときもそうだけど、何故僕と一緒にいるのを嫌がるんだ?」

「別に浅野くんのことは嫌いじゃないってば。みんなの前の浅野くんはちょっとクサイから嫌だけど」

「クサイって……」

 浅野くんは苦笑いで腕組みをした。


「だって何か大人っぽいんだもん」

「……まあ、それはおいとこう。じゃあ何で、蘭はA組を断ったんだ?」

「この学校の方針が嫌いだから。私はE組を差別するなんてごめんだし、理事長さんの言いなりになるのはもっとごめんなの」

 正直、あと2年もこの学校にいなければならないのは苦痛だ。この1年で、嫌というほどE組への酷い扱いを見てきた。集会でのいじめ、各行事での差別、他にもたくさん……。でも、さっきも言ったように私一人の力ではどうしようと出来ない。だから彼と一緒なら……と、思ったこともあったが――。


「理事長の言いなりが嫌なのは同意だ。……こう言うのは悔しいが、E組はかなり効率的な制度だと思うけど」

 その彼は、私とは意見が180度違う。説得が出来ないのは、彼の性格の強情さか、私の実力不足か、はたまた――。普通に話す分には良いが、一緒に肩を組もうという気には、どうしてもなれない。……相手に敵意が無くても、だ。


「効率的なのと人道的なのは話がべーつ。それが分からない浅野くんは、やっぱり下の名前では呼べない」

 私はべっと浅野くんに舌を出した。私も彼を嫌いになれないからこそ、この意見の違いは悔しい。だからちょっとくらい、いじわるしても構わない……よね。


「……ダメ?」

「学……」

 美少年に潤む瞳で見つめられ、自然と口が開く。……あれ? 今私は何を――。そこで意識がはっきりした私は、慌てて自分の口を押さえた。


「あ、危ない! もうだから嫌なの! 騙されないからね!」

「いてっ」

 私はぺちりと、浅野くんの頬に手を当てた。やっぱり彼には少しいじわるなくらいが丁度良いようだ。



「違うクラスでもこうやって話せればいいでしょ! じゃ、またね!」


 ――いつか、絶対説得してやるんだから。覚悟しとくように!






「……それじゃ足りないってことが分かんないのか、あの馬鹿。対等に話せる奴なんて……彼女しかいないのに」








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