クラス替えと私

 私たちは2年生に進級した。2年生といえば、もちろんクラス替えである。クラス替えとはつまり、友との別れである。ようするに――。


 前のクラスと友達全員と違うクラスになってしまった……。一体どんな確率だよ。佐藤の野郎、許さん。自分はちゃっかりB組の担任してるしよォ!
 今回の担任は、大野というらしい。――ああいうタイプの教師は、1番嫌いだ。私に態度が良いのは成績優秀だからって丸わかり。その上成績が悪い生徒は適当にあしらっていて、何のための教師なのだろう。しかもオッサンということで、マイナス500ポイント。失格。
 こんなことなら佐藤の方が幾分かマシだった。あーもう、あと一年更に最悪になりそうだ。


「はあ……」

「だ、大丈夫……?」

 ため息をついて項垂れていると、隣から声をかけられた。ゆっくりと顔を上げ、声の主に返事をする。


「だいじょ……」

 私の視線の先には、水色の髪を一本にまとめている可愛い顔立ちをした――男の子がいた。
 お、男の子……だよね? 一応下を確認すると、ズボンを履いている、
随分中性的な雰囲気だ。プラス1万ポイント。


「……可愛い」

「ぼ、僕男だよ!?」

 思わずこぼれ出た言葉に、隣の席の子は慌てて否定した。


「それもまた、良きかな」

「ええ……」

 私が頷いてそう言うと、彼は苦笑いをしていた。その表情も可愛い。


「君、名前は?」

「僕は潮田渚。渚でいいよ。みんなそう呼んでる」

 どうやら彼は渚くんと言うらしい。名前も可愛い。


「渚くんね、よろしく。私は……」

「一条蘭さん、だよね?」

 渚くんに続けて自己紹介をしようとすると、彼に遮られた。


「知ってるの?」

「知ってるも何もこの学校で知らない人はいないよ……。いつも成績が浅野くんと並んでトップだし、運動もそれ以外も何でもできるし」

 渚くんは指を折り、次々と私の情報をあげていった。学年中ならともかく、学校中に知れ渡っているのは知らなかった。私はそんなに目立っているのだろうか――? もう少し行動に気をつけよう。


「そんなにべた褒めだと、照れちゃうよ」

「あ、あと……」

「ん?」

 何かを言い出そうとした渚くんに問いかけると、彼は少し照れくさそうにこう言った。



「……とても可愛いって有名、だよね」

「そうなの?」

 渚くんは小さく頷いた。髪型が――ってことか? 最近の中学生が考えることはよく分からない。もっと研究しないといけないだろうか。しかしそれなら、幼児の生態の研究の方が楽しそうだ。


「渚くんもとっても可愛いけど、噂にはなってないね」

「そりゃそうだよ!? 一条さんより可愛かったら、もう僕男やめる……」

「やめちゃダメだよ。そのギャップが良いんだから」

「う、うん……?」

 渚くんは不思議そうに、小さく頷いた。
 この中性的な容姿は大体の場合、成長と共に薄れていく。渚くんはあまり気に入っていないようだが、これは必ず武器になるものだ。――ただ、日常生活で役立つことは少ないだろう。もし私が彼だったら、喜んで使ったんだけどな。


「あと、私も蘭でいいよ。渚くんともっと仲良くなりたいから!」

 私は笑顔で、渚くんに手を差し出した。美少年か美少女か曖昧なところだが、美しいことに変わりはない。あと、少し話しただけだが、優しい性格をしていることがわかった。是非とも、これから仲良くしていきたい。



「……やっぱり可愛い」

「え?」

「ううん、何でも。よろしくね、蘭」

「うん!」

 私たちは満面の笑みで握手を交わした。これからよろしくね、渚くん。


「僕、知り合いが1人しかいなくて、困ってたところなんだ。ため息ついてたところを見ると、蘭も多分、そうなんだよね?」

「そうそう。同じクラスだった子はちらほらいるけど、話せるような子がいなくて……。だから渚くんは、このクラスで初めての友達だよ」

「じゃあ俺は、2番目ってところかなー?」

「おわっ」

 突然背後から肩を叩かれ、思わず体勢を崩す。後ろを振り返ると、そこには赤髪の美少年がいた。だ、誰だ……?


「渚くん、今年もクラス一緒だね。よろしく」

「カルマくん!」

 渚くんは赤髪の彼を見て、目を見開いた。カルマ――って、もしかして……。


「こちらこそよろしく。ちゃんと学校来てたんだ」

「まあ初日くらいはね」

 どうやら渚くんの知り合いというのは、彼のことらしい。何だか意外な組み合わせだ。


「赤羽業……くん、だよね。いつも成績良いから覚えてるよ」

 私は控えめにそう声をかけた。本当は成績だけではなく、素行の方でも何かと噂を聞く人だ。しかし嫌な予感がしたので、そこには触れないでおいた。浅野くんとはまた違う恐ろしさだ。


「俺も覚えてるよ。成績良いことも、たまに屋上でうたた寝してることも」


 ま、まさか見られていたとは――。たらりと冷や汗が出る。最近の道徳の時間は教室にいるのも何なので、私は屋上で時間を潰していた。しかし屋上は陽当たりが良く、たまに居眠りをしていたのだ。
慌てて弁明しようとしたが、彼に付け刃が通用しないことは分かっている。私は一息おいて、こう言った。


「……でもそれを知ってるってことは、赤羽くんもサボってるんじゃない?」

 授業中に屋上に行く奴なんて、この学校だと私くらいしかいないと思っていた。赤羽くんは、要注意人物だ。色々な意味で。


「俺、悪い子だからねー」

 そんな私の発言に億劫することなく、赤羽くんはあっけらかんとした様子で肩をすくめた。


「悪い子なのに頭良いんだ……」

「まーね。すごいでしょ?」

「ふふっ、だけど私も負けてないもん!」

 私はぐっと意気込んで、赤羽くんにそう宣言した。


「ふーん……」

 すると赤羽くんは私を見つめ、頭をぽんぽんと2回叩いた。続けて頬を軽く伸ばし、腕を上げ下げさせられる。……初対面の相手に、一体何をしているのだろうか。さすがの私も、驚きと不信感が隠せない。



「な、なに……?」

「いーや、何でも」

 私が後ずさりをすると、赤羽くんはにやりと笑った。あ、やっぱり嫌な予感。


「これからよろしくね、蘭ちゃん……?」

「よ、よろしくしたくない場合は……?」

 怪しい笑顔で手を伸ばしてくる赤羽くんに、私は恐る恐るそう訊いた。しかし――。


「ん?」

「よろしくお願いしまーす!」

 ――その一言は、私を動かすには十分だった。素早く手を握り、元気に挨拶をする。体が勝手に……な、な、何なんだよこいつ……!?


「蘭ちゃん、ターゲットにされちゃったね……」

「ええ……」

 ご愁傷様と言わんばかりの渚くんの表情に、私は肩を落とした。これから一体、どんなことさせられるんだ――!?






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