凛ちゃんと私

 中間テスト一週間前のある日のこと。私と悠馬くんは図書室に向かおうとしていた。


「有希ちゃんも来られればよかったのに」

「塾で対策してもらった方がいいよ、きっと」

 唇を尖らせる私を宥めるように、悠馬くんは言った。
 有希ちゃんはお父さんの言いつけ通り、真面目に塾へ通っているらしい。
 私の両親は成績にうるさい割に、塾には絶対通わせない。ケチっているんだか何だか知らないが、これで私が勉強出来なかったらどうするつもりだったのだろう。まあ、生半可な塾に行ったところで、講師に殺意を抱くだけろうが。それなら自分でやった方が効率的である。
 有希ちゃんは私のように講師に反抗するようなことは無さそうなので、塾は正解だろう。同じことを繰り返すと、より身につくからね。


「そう言えば、悠馬くんも塾行ってないよね?」

「俺は……」

 悠馬くんは私の問いに少し詰まったが、いつもの笑顔でこう答えた。


「行かなくても大丈夫だよ。蘭と一緒に勉強する方が楽しいし」

「私も!」

 悠馬くんとの勉強は、1人でやるより捗る。家でやる勉強は……少しだけ寂しい。両親がああじゃなければ、もう少し変わったかもしれないが。


「そうだ。今度、俺の家でも勉強しない?」

「いいの!?」

 友達の家なんて、今まで行ったことがない。しかも悠馬くんの家なんて、絶対パラダイスだ。だって……!


「蘭、小さい子好きだろ? 勉強の息抜きがてら、弟たちと遊んでやってくれよ」

「わあっ……!」

 ――そう。悠馬くんには、幼い弟さんと妹さんがいるのだ。幼児ほど可愛いものなんて、この世にいない。乳児はまた別格である。くうっ……! ほんっとうに、楽しみだ……!


「絶対行くね!」


「うおっ! 普段の倍輝いてる笑顔だ……。眩しい……!」

 私は悠馬の手をぶんぶんと振り回し、力強く宣言した。一方悠馬くんは、何故か目を細めてこちらを見ていた。私の背後に眩しいものでもあるのか――?


「ん? あれは……」

 振り向いた先にいたのは、同じクラスの速水凛香さんと、その他大勢だった。――いや、違うの。違うんだよ。確かに中学生は可愛い。でも、私にも選ぶ権利くらいあるだろう? 無条件に可愛がれるのは小学2年生まで。以上。
 幼児ならともかく、勉強できない、性格よくない、大して可愛くもない、目立った特技もない、ナイナイ尽くしのクラスメイトを覚えられるほど、私も暇じゃない。……あー、でも学級委員になっちゃったからな。そろそろ覚えないと駄目か。悠馬くんに教えてもらおう。苦笑いされそうだが。

 そのイマイチなクラスメイトと速水さんが、何やら話をしているようだ。
 速水さんは、綺麗なウェーブがかかった茶髪の、クール系美少女だ。今まで事務的な用事以外は話したことがない。そもそも、他の人と話している様子も見かけたことがない。一体どうしたのだろう。


「速水さん、これ職員室に運んでもらえない? 私たちこれから塾があってぇ」

 クラスメイト……誰だ、山田だっけ? が指をさした方向には、結構な数の提出書類があった。



「……これ、全部?」

「そう、よろしく。速水さんくらいしか頼める人いないの。じゃーね」

「あ、ちょっと……」

そう言うやいなや、山田(仮)たちは足早に教室を出て行った。逃げ足が早いこと。


「はあ……」

 速水さんはため息をつきながら書類をちらりと見た。この量は明らかに1人で運びきれる量ではない。と、なると、何回も往復せざるを得ない。
 テスト前の貴重な時間に、自分のやるべきことは放棄し、塾に行く――か。ある意味正しいかもしれない。自分の学力を上げる、その一点においては。しかし、あの山田たちは本当に塾あるのか? あの成績で? 要検証だな。
 それはともかく、今は速水さんだ。


「どうした?」

 ずっと後ろを見たままの私に、悠馬くんは首を傾げて訊いた。どうやら悠馬くんは先ほどの一連の流れを見てなかったらしい。惜しいな、多分悠馬くんが見ていてたら一発で解決しただろうに。


『こら、山田、みんな。そうやって自分のやるべきことを人に押し付けちゃダメだろ? 俺も手伝うから、とっととやっちゃおうぜ』

『きゃあっ、磯貝くん! やるやる!』

『あ、速水さんは帰っていいよ。じゃあね』

『はあ……』


 ――と、いったところだろうか。しかしこれだと根本的なことは何も解決しない。……ふむ。


「……悠馬くん、先に図書室行ってて。ちょっとやることがあった。すぐ終わるから」

「おお、わかった。焦らなくていいからな?」

 悠馬くんはにこりと笑い、私の頭の上にぽんと手を乗せた。くっ……イケメンだ……。
 悠馬くんが教室を出るのを見届けた後、私は書類の前で立ち尽くしている彼女に声をかけた。


「速水さん、お困りのようだね?」

「……一条、さん?」

「さん付けいらないし、何なら蘭でいいよ。山田達ったらひどいね。後でちゃんと言っとくよ」

「あの、山田じゃなくて……山本」

「あ、そうだっけ? まあどっちでもいいよそんなこと。さ、運ぼうか」

 私は課題の束を持ち上げ、速水さんを促した。


「……いい。迷惑でしょ。私1人で運ぶから」

 速水さんは困ったような様子で、首を横に振った。――全くこの子は。真面目なのは良いけど、他人に気を配りすぎだ。そんな速水さんに、私は苦笑いでこう続けた。


「迷惑じゃないよ。そう思ったらやらない。困っているクラスメイト、しかも美少女ときたら手を差し延べるのが人間というものでしょ?」

 あ、美少女じゃなくてもちゃんと手伝うよと笑いながら付け加えた。


「ま、それに私学級委員だし? これくらいはしないと。ほら、早くやっちゃおう」

「……うん」

 速水さんが小さく頷いたのを確認して、私たちは課題を職員室に運んだ。2人で分担したため2往復ほどで済んだが、これが1人だったら往復する時間も含め、かなりの時間を催しただろう。いやあ、たまたまいて良かった。


「よし、全部終わった! お疲れ様!」

「ありがとう。助かった……」

「いえいえ。速水さん、これからも困ったことがあったら何でも言ってね。いつでも飛んでくるから」

「……速水さんじゃなくて、名前でいいよ」


 私が笑いかけると、少し間が空いた後、速水さんは小さく口を開いた。


「……蘭」

 そう言って赤い顔を背けた速水さんは、 破壊力抜群だった。あ、あ、危ない――落ちかけてた。悠馬くん然り彼女然り、私って案外惚れっぽいのか? いや、彼女が可愛すぎるのがいけないんだ。私は悪くない! ……はず。 


「あ、ありがと。じゃあ、凛ちゃんでいい?」

 気を取り直した私は速水さんもとい凛ちゃんにそう問いかけた。


「……そんな呼ばれ方されたことない」

「ダメだった?」

「……別に、いいけど」

 凛ちゃんはそっぽを向きながら、そう答えた。これはあれだ――ツンデレ、ってやつだな。


「それじゃ、凛ちゃん。塾とか他に用事ある?」

「いや、ないよ」

「それなら、私と一緒に図書館で勉強しない?」

「いいの?」

「うん。……あ、悠馬くんもいるけど、良かったら」

「気にしない、行く」

 普通の女子なら悠馬くんがいるとテンション爆上がりのはずだが、凛ちゃんはそうでもないらしい。そういうところもクールで沁みる。


 さて、悠馬くんと凛ちゃんで楽しく勉強をすることが出来た私だったが、まだやることがあったので2人には先に帰ってもらった。
 学校の最寄り駅から3駅ほど。とあるファミレスに入店していく。


「いらっしゃいませ。お客様は……」

「連れが先に来ているので、お構いなく」

「は、はいっ……!」

 店員さんに営業スマイルで応対すると、すぐに退けていった。本当ならこういうことはしたくないんだけど。まさに汚い大人って感じで――。ただ、このように効果テキメンなので、時々使ってしまう。やはり笑顔は全ての資本だ。
 周りを見渡すと、すぐにうちの制服の生徒を見つけることが出来た。
背後からゆっくりと近づき、声をかける。


「やーまーだーさん」

「はあ? 山田じゃなくて山本……って、」

 山田たちは怪訝そうにこちらを向くと、わなわなと手を震わせ、こちらを指さした。


『一条蘭!?』

「な、何でここに……!?」

 動揺しながらそう訊く山田に、私はヒラヒラと一枚の紙を見せた。


「それは……?」

「君たちの住所。担任脅したらすぐくれた。あの学校、情報管理ガバガバ過ぎだね」

 テーブルの上にすっと紙を置くと、山田たちの顔はみるみるうちに青ざめた。


「君たちが塾なんて行かないことは、様子を見てすぐに分かった。さすがに遊びに行くのはないだろうから、どこかで勉強会(笑)でもするつもりだったんでしょ?」

「あっ……」

 私は山田が飲んでいたオレンジジュースを奪い、一気に飲み干した。小走りで来たから喉が渇いていたのだ。


「ぷはっ、うま……」

「それ、私の……」

「ドリンクバーなんだから良いじゃん。……でも今はテスト週間だから、学校近くのファミレスはまずいないよね。先生に見つかったりでもしたら大変だから」

 今度は山盛りポテトを一口摘む。うーん、美味しい。


「ポテト……」

「走ったからお腹空いたの。……で、君たちの住所を調べたところ、みんな近所に住んでいた。もしかしたら小学校も一緒だったかな。って、なると……」

 私は口角を上げ、テーブルを指でとんとんと叩いた。


「この辺でファミレスって、ここしかないんだよね……。速水さんに押し付けてファミレスで勉強会(笑)している皆さん?」

「ぐっ……」

 山田たちは歯を食いしばり、こちらを睨んだ。おー怖い怖い。しかし勉強会(笑)とは言っても、一応本当に勉強はしているらしい。数学の問題集が、テーブルに広がっていた。


「ふむ。そこの答え間違えてるよ。引っ掛け問題に面白いくらいに引っ掛かってる」

「うそ!?」

「う・そ」

 慌てる山田の目の前に、私は人差し指を立ててウィンクをした。うう……と項垂れる山田の頭にぽんと手を載せる。


「なーんてね。そこは公式に当てはめてもう1回考えてごらん。落ち着いてやれば解けるはず」

「………」

 山田は私が開いたページと問題を見比べ、無言で解いた。最初は眉をひそめていたが、段々と表情が真剣なものに変わっていく。


「……あ、できた」

 山田はほっと息をついた。どうやら無事に問題を解くことができたようだ。あれだけのヒントで解けるなら、基礎学力はついてるみたいだね。


「……テスト前で大変なのはみんな一緒。だからこそ、人に仕事を押し付けるなんてこと、しちゃ駄目だよ」

 私の言葉に、山田たちは気まずそうに下を向く。


「勉強なら私が教えてあげるし、仕事も手伝う。だからこれからは気をつけてね、山田さんたち」

「や、山本だけどね……?」

 山田は苦笑いでそう言った。そのまま軽く息をつくと、私の手を握った。


「……でも、ありがとう。一条さん。速水さんには明日謝るよ」


「ふふ、いいこいいこ」

 私は山田さんの頭を優しく撫でた。これだから中学生は放っておけない。微妙な年齢とは言ってもまだまだ子ども。伝えれば必ず分かってくれる。


「じゃ、私そろそろ行くね! 早く帰るんだよ、山田さんたち!」

「だから山本だっつってんだろ!?」


 帰り際山田が何か叫んでいたが、よく聞き取れなかった。ま、いいか。新しく友達も出来たし、今日は良い一日だった。明日もまた、良い日になりますように。






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