01


 雨が降っている。雨が蕭々と降っている。
 ある有名な詩人が、作品の中でそううたったように、その日は朝から物寂しいようすであった。うすら明るい鉛色の雲がどんよりと空を覆い、雨が、蕭々と降っている。降り続けている。街がしっとりと濡れている。
 彼はその日、朝から出掛けねばならなかった。気だるそうに無色透明な安物のビニール傘を広げ、コンクリートで舗装された歩道の上を歩いた。頑丈なその道は、鴉の濡れ羽根のように、黒々としている。
 彼の頭上で、いっぱいいっぱいに広がる透明のビニールに、雨粒がとんと当たって、すーっと滑り、静かに落ちる。不規則的に起こる音は、まるで彼の肩を叩くように。立ち止まって、振り返ってとでも乞うように。街はしんと息を潜めているというのに。彼の開く傘の中に、声が閉じ込められている。
 雨が降っている。未だ止む気配はない。雨は蕭々と、行き場を求めるように、降り落ちる。
 彼は順調にスケジュールをこなしていく。それは自分が作ったものであり、管理してくれるマネージャーはいない。一人きりで、手作りのスケジュールをこなしていく彼を、雨が追い続ける。とんとん、とんとん。彼はこたえない。それどころか、時折煩わしげに柄を回すのだ。そうするとまとわりついた雨は無造作に振り払われる。雨は痕跡さえ残せないが、またすぐに彼の傘へ落ちる。とんとんと、彼を呼ぶ。
 うすら明るい鉛色の向こうでは、いつもどおり太陽が、東から西へと空を横断している。分厚い雲の壁がそれを隠すから、彼はいつのまにか夕方へと迷い込んでしまう。次第に辺りが薄暗くなり始め、彼はようやく歩みを止めて空を仰ぐ。続いて腕時計を確認し、彼は時刻を知る。雨は蕭々と、はらはらと流れる。
 全てを終えた彼が、玄関先で傘を閉じ、雨水を滴らせその場に小さな水溜まりを作り、家の中へ入ってしまっても、雨は未だに、はらはらと流れていた。
 雨が降っている。蕭々と降っている。はらはらと、降り続いている。


9/12 音谷

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