青年期

 サンジは言葉通り夜に街へ出るのをやめて、代わりに私と過ごしてくれた。お喋りしたり、触れ合いをしたり。サンジは私の知らないことを知っていて、それに私は嫉妬したりもしたけれど、仕方のないことだと今では思う。
 私たちが愛を育む傍ら、サンジと父さんの仲は史上最悪を更新するように悪くなっていった。原因は私ではなく、サンジが思春期ということで、父さんに反抗しだしたからだ。私は二人の仲を取り持とうとしたけれど、サンジが反発する限りどうしようもないようだった。結果的にあれからまた五年が経ち、十九歳を迎える今も二人の仲は変わらず悪いままだ。
「……サンジ」
「ん?」
 休みの日はサンジの部屋で過ごすことが多い。サンジに抱きしめられる形で一緒に本を読んでいる最中、私はふと彼を呼んだ。どうした、と顔をのぞき込まれる。
「サンジは、なんで父さんに反抗するの?」
 ため息が落ちてくる。
「……またその話か」
「だって、私たちもう十九だよ。思春期はとうに終わったよ? いい加減素直になりなよ」
「今更素直になったとこでなァ……」
「……このまま父さんと仲悪いままだったら、サンジ、きっと後悔するよ?」
「いつ?」
「それは……」
 サンジがここを出る時。
 サンジには夢がある。私はサンジが昔父さんに買ってもらった、オールブルーについて載っている本を、何度も読み返していることに気づいている。だってその本は、私が父さんに引き取られる前から読んでいた本と同じくらいボロボロだ。
 答えられない私に、唇が襲いかかる。頭に、頬に、首筋に。ほら、話をそらそうとする。けれど私はそれを口にすると、本当にサンジが出ていきそうで、だから何も言えなくなる。
「……いつ、後悔するんだ?」
 耳元でわざと低く言われる。サンジは私が言わんとしていることに気づいている。気づいていて、知らないふりをしている。
 するりと腰元を撫でられて、自分でも驚くほど甘い声が出る。そのままなし崩しにベッドに倒された。ボタンを外す彼を横目に、私はそっとため息をついた。

 その出来事が起きたのは、それから一週間が経った頃だった。
 ドカンという音とともに、衝撃が走る。上の階で何かあったのか。客を避難させ、私はみんなと一緒に二階へ駆け上がった。
「オーナー、大丈夫ですか!?」
 パティが父さんの扉を開けると、その部屋の天井に穴が空いていた。
「いいから早く店に戻れ!! 働け!!」
 父さんは大声で言う。頭から血を流していた。
「父さん!!」
 慌てて駆け寄るも、父さんは怒鳴った。
「サラ、お前も戻って働け!!」
「でも父さんが……」
 そう言いかけたとき、部屋のドアが開き、麦わらの男を連れてきたコックたちが入ってきた。
「連れて来ました、オーナー!! 犯人はコイツです!!」
「どうもすみませんでした!! ぎゃあーーっ、足がフッ飛んでるゥ!!!」
 騒ぎ出す麦わらの男に、父さんが元からだと言う。よかったーと胸を撫で下ろした男に、私は突っ込んだ。
「全然よくない! 頭から血が出てるじゃない!!」
「うおっ、ほんとだ!!」
「これぐらい平気だ。おいボケナスども、さっさと店に戻れ!!」
 コックたちは一階へ戻って行く。私も心配しながらも、持ち場へと戻った。
 なんだかんだで麦わらの青年――ルフィはレストランに穴を開けた損害を埋めるためにタダ働きをすることになったのだが、皿洗いで皿を割るし、注文は取れないしでめちゃくちゃだった。そしてしばらくすると、ルフィが連れてきたかのように、今までで一番強いと言っても過言ではない海賊――ドン・クリーク海賊団がやってきた。
 なんだかんだで戦闘になり、戦闘能力のない私は皆を見守るしかない。義足を折られた父さんは人質になってしまい、鉄壁のパールと名乗るよくわからない奴に、サンジは今やられようとしている。
「イブシギ〜〜ン!!」
 盾男が空中で頭を下にしサンジめがけて落ちてくる。
「プレゼント!!」
「よけろサンジ!!」
 サンジはよけなかった。
 大きな音とともにサンジの背中に盾男の頭が入る。
「サンジ……!!!」
 私はその場にへたりこんだ。
「ハァーッハッハッハッハ!! てっぺき!!」
「オーナーから取り上げたって何のことだ!! 何があったんだよサンジ!!」
 サンジは起き上がり、甲板に拳を打ち付けた。
「……てめェの足をてめェで食って、おれに食糧を残してくれたんだ……おれを生かしてくれた。レストランは渡さねェ!! クソジジイも殺させねェ……たかがガキ一匹生かすために、でけェ代償払いやがったクソ野郎だ。おれだって死ぬくらいのことしねェと、クソジジイに恩返しできねェんだよ!!」
「恩返しだと……!?」
 サンジの言葉にコックたちが騒然とする。それもそうだ。サンジの口から父さんへの恩返しなんて言葉、出ると思わなかっただろう。
「サンジ!! 余計なマネするな。チビナスにかばわれる程おれは落ちぶれちゃいねェ!!」
「余計なマネしやがったのはどっちだよ。その右足さえ失ってなきゃ、こんな奴らにナメられることはなかった!!」
 ゆっくりとサンジは立ち上がる。
「あの野郎フラフラじゃねェか……!!」
「オーナーのあの足はどうやらサンジのために失ったものらしいな」
「じゃああいつがずっとこの店にこだわってたのは」
「オーナーに恩返しするためだったのか……!」
 父さんとサンジの間の秘密を、思わぬ形で知ってしまった。父さんの足は戦闘でなくなったのではなく、サンジのために失ったのだ。けれど今はそんなことを考えている場合ではなかった。このままではサンジが死んでしまう。恐怖でどうにかなりそうだった。ルフィに向かって叫ぶ。
「ルフィくん、ちょっと何とかして!!」
 こちらを向いたルフィが、おれが? と自分を指差して問いかける。私は大きく頷いた。思いが届いたらしく、ルフィは空に向けて足を伸ばした。
「やめろ、手ェ出すな雑用!!」
「あの野郎、何する気だァ!?」
「ゴムゴムの、オノ!!」
 ドバンとヒレが店から切り離され、砕ける。
「ううわああああっ」
「ギン!! ゼフの頭をブチ抜け!!!」
 クリークの命令にギンは躊躇する。ルフィが言った。
「おい、おれはお前たちに手ェ出してねェぞ!! 『ヒレ』割っただけだ」
「てめェ雑用、何のつもりだ!!」
「この船沈める」
「……な!?」
 ふざけんなァーーっ!!! とコックと手下たちから怒号が上がる。
「てめェ正気かクソ野郎、おれが今まで何のためにこの店で働いてきたと思ってんだ!」
 サンジがルフィの首元に掴みかかる。
「だって船ぶっ壊せばあいつらの目的なくなるじゃん」
「てめェがおれの受けた恩のデカさと、この店の何を知ってるんだ!!」
「だからお前は店のために死ぬのかよ。バカじゃねェのか!?」
「何だと!?」
「死ぬことは恩返しじゃねえぞ!!」
 ルフィはサンジの手を払うと、彼の胸ぐらを掴んだ。
「そんなつもりで助けてくれたんじゃねェ!! 生かしてもらって死ぬなんて、弱ェ奴のやることだ!!」
「じゃあ他にケジメつける方法があんのか!!」
「まァケンカはよせよ、キミ達。キミらの不運はただこのクリーク海賊団を相手にしちまったことだ。どうせ何もできやしねェだろ!! あの人質がある限りな!!」
 ファイヤーパールで燃えて死ねェ!! と盾男が二人に襲いかかる。が、それはギンによって止められた。
「ギン!?」
「悪いなパール、ちょっとどいてろ」
「何で……!? ギンさん……!?」
 盾を壊された男は血を吐き倒れる。
「ギン、てめェ裏切るのか!!」
「申し訳ありません、ドン・クリーク。やはり我々の命の恩人だけは、おれの手でやらせてください」
「アァ!?」
「サンジさん、あんたには傷つくことなくこの船を降りてほしかったんだが、そうもいかねェようだな」
「あァ、いかねェな」
「だったらせめておれの手であんたを殺すことが……おれのケジメだ」
「……ハ……ありがとうよ、クソくらえ」
「あんたもだ、麦わらの人。さっき仲間と一緒にここを離れてりゃよかったのに」
「ん?」
 ルフィはあっけらかんと言う。
「別に! おれはお前らみてェな弱虫には敗けねェから!」
「!!」
 クリークの手下たちが一斉に拳を握る。
「コ……コイツら、我らが総隊長に向かってクソくらえだの弱虫だの好き勝手言いやがって!! おれ達ァイーストブルー最強のクリーク海賊団だぞォ!!」
「なァ小僧、てめェとおれとどっちが海賊王の器だと思う……」
「おれ」
「てめェ少しは退けよ!!」
 パティが突っ込むと、なんで、とルフィは不服そうな顔をした。クリークは怒ったらしく、大きな盾をこちらにかざした。
「その夢見がちな小僧に、『強さ』とはどういうモンかを教えてやる……!!」
「エ……”MH5”!!」
「そんな……待ってくださいドン・クリーク!!」
 手下たちが恐れるMH5とは何だろうか。
「お願いします、この男はおれの手で……」
「誰の手で殺そうとも同じことだ。勝ちゃあいいんだ、たとえこんな”毒ガス弾”を使ってもな!!」
「ど……毒ガスだと!?」
「一息吸えば全身の自由を奪う猛毒よ。これが『強さ』だ!!」
 ドンっと盾から弾が出される。
「!!」
「あんなもん海に叩き落としてやる」
 ルフィが言い、砲弾のほうへ走り出す。そして砲弾に追いつきたたいた瞬間、手裏剣が飛び散った。
「ぐ……痛ェ〜〜っ!!」
「炸裂手裏剣か!! ダマシ撃ちだ!!!」
 はっはっはとクリークは笑う。
「貴重な毒ガス弾だ。使う場所を選べば小せェ町の一つくらい毒に冒せる代物。たかだか2匹のゴミをやるのに使うまでもあるまい」
「なるほど、一本取られた!!」
 ルフィの言葉に、何で納得してんだあいつ、とカルネが呟く。
「戦闘ってのはこういうことさ、お前を殺す方法はいくらでもある。さァ言ってみろ、おれかお前かどっちが海賊王の器だ!!」
「おれ!! お前ムリ!!」
 即答したルフィにクリークは青筋を立てる。
「ギン!! そのコックはてめェが責任もって息の根止めろ!! この世間知らずの小僧はおれが殺る!!」
「わかりました、ドン・クリーク。悪いがサンジさん、あんたじゃおれには勝てねェよ……!!」
「……へへ……言ってろよ。上等だ、ザコ野郎」
 サンジとギンの戦いは、ギンが優勢だった。サンジは盾男の攻撃を受けていることもあり、もうフラフラだった。
「とどめをさす!! もう足掻くな……!!」
 金棒を回しながらギンがサンジに近づく。死ねサンジ!! と言いながら振りかぶった金棒を、サンジは簡単にかわした。
「なんだ……!? そりゃ同情かよ……!! フザけんな!!」
 どかっとギンを蹴り倒す。同時にサンジもがくりと膝をついた。
「サンジ!?」
「だ……だめだあの野郎!! もう自分の攻撃の衝撃にも耐えられねェんだ……!!」
 ギンが立ち上がり、倒れているサンジの首元をつかむ。サンジの死を覚悟した瞬間、ギンは大声で叫んだ。
「できません!! ドン・クリーク!!」
「!?」
「おれには……この人を殺せません……!!」
「なんだと!? もういっぺん言ってみろてめェ!!」
 ギンは泣きながら答える。
「……あんなに人にやさしくされたのは、おれは生まれて初めてだから……!! おれには……この人を殺せません!!」
 さすがサンジというべきか。ギンに料理を作ってあげたりしたのだろう。人の優しさは時に大きな力となる。
「フヌケが……!! 殺せねェだと? がっかりさせてくれるじゃねェかギン。海賊艦隊50隻の戦闘”総隊長”をハらせたのは、その腕っぷしも必勝を貫く卑劣さも、艦隊随一と見込んだからこそのことだ!!」
「わかってます、おれは別にあんたを裏切るつもりはねェ。今までやってきたことを間違ってるとも思わねェ。あんたの強さを尊敬してるし感謝もしてる…だけどこの人だけは殺せねェんだ!! ドン・クリーク、あわよくば…あわよくば!! この船を見逃すわけにはいかねェだろうか……!!」
「!!」
「艦隊一忠実なお前が命令に逆らうことに飽き足らず!! このおれに意見するとはどういうイカレようだ、ギン!!」
 クリークは再び盾をこちらに向ける。
「うわあっ、”MH5”だ!!」
 手下たちはマスクをつけ始めた。
「しかしドン……!! おれたちは全員この船に救われて……」
「ガスマスクを捨てろ、てめェはもうおれの一味じゃねェよ」
「ドン・クリーク……」
「マスクを捨てろ!!」
「毒ガスなんか撃たせるかァ!!」
 ルフィがクリークに向かって行く。邪魔だ!! とクリークは体から槍を放った。ルフィは柱にがっちりつかまり、よじよじとクリークの方へにじり寄る。
「カナヅチ小僧が……!! てめェは黙っててもおれが殺してやるよ」
 クリークが柱を殴り、折った。急いでこちらに戻ってきたルフィは、ギンに言う。
「ギン!! あんな弱虫の言うことなんて聞くことねェぞ、今おれがぶっとばしてやるから!!」
「貴様!! ドン・クリークを愚弄するな!! ドン・クリークは最強の男だ。お前なんかに勝てやしねェ」
 サンジがギンの肩をつかむ。
「てめェ……目ェ覚ませ!! あの男はお前を殺そうとしてたんだぞ!!」
「当然だ。妙な情に流されて一味の本義を全うできなかったふがいねェおれへの」
 ギンはマスクを海へ投げた。
「これが報いだ!!」
「猛毒ガス弾『MH5』!!」
 どんっと大きな音ともに砲弾が放たれる。
「オーナー、サラ、おれたちも店の裏へ!!」
「あれ、でもルフィくんが……!」
 マスクのないルフィの姿が心配だったが、強引に連れられてしまった。表に戻った時見たのは、ルフィとサンジの無事な姿とギンが血を吐く姿だった。
「サンジ!?」
「うおっ!! あの下っ端野郎毒ガス食らいやがったんだ!!」
 ギンを抱えたサンジがこちらに叫ぶ。
「サラ、解毒剤あったろ!!」
「うん!!」
 急いで持ってこようとするが、その前に父さんに止められた。
「バカ野郎、すぐそいつにマスクを当てろ。多少なり助剤を含んでるはずだ。2階へ運んで呼吸させるんだ。助かる見込みがあるとすりゃまずそれだけだ」
「ジジイ……早くしろよパティ!! カルネ!!」
「わ!! わかったよ! うるせェな!!」
「おれもかよ」
 二人はギンを運びだす。私は父さんとサンジとともに、ルフィとクリークの戦いを見守ることにした。ゴムゴムの実を食べたというルフィは、クリークの防御に臆せず立ち向かう。
「無茶苦茶だぜ、あの野郎」
「あいつをよく見とけ、サンジ……」
「……?」
「たまにいるんだ、標的を決めたら死ぬまで戦うことをやめねェバカが……」
「戦うことを……」
「ああいうのを敵に回すと厄介なモンだぜ……この勝負、勝つにせよ、負けるにせよ、おれはああいう奴が好きだがね……」
 戦いはルフィが勝った。信念が勝ったのだ。
「ゴムゴムのォ!!」
「あああああああ」
「大槌!!」
 ドゴンと大きな音とともにクリークはヒレにぶつかる。
「やったぜ雑用ォオ!!」
 コックたちが雄叫びを上げる。私もほっと胸をなでおろした。
「……クリークのかき集めた艦隊も武力、百の武器も毒も武力なら、あの小僧の”槍”も……同じ武力ってわけだ」
「槍……信念……」
「くだらねェ理由で……その槍をかみ殺してるバカをおれは知ってるがね……」
 サンジのことだ、と分かった。オールブルーを見るという夢があるのに、サンジはここを出ていかない。父さんに対する恩で、ずっとここにいるのだとしたら――。
「何してる、さっさと助けてやれ。あいつは浮いちゃこねェぞ。悪魔の実の能力者は海に嫌われカナヅチになるんだ」
「!! バ……バカ野郎それを早く言えよクソジジイ!!」
 ジャケットと靴を脱ぎ、サンジは海に飛び込む。しばらくしてルフィを連れて上がってきた。
「大丈夫?」
「たぶん大丈夫だろ……オイ、くたばるなよ」
 バンバンとルフィの顔をサンジが叩く。ルフィとサンジが甲板に上がるのを手伝うと、クリークの声が聞こえてきた。
「おれが最強じゃねェのかァ!! 誰もおれに逆らうな!!」
「やめて下さいドン!!」
「そんなに叫んだら体が……!!」
 傍にいる手下たちが言うが、クリークは止まらない。
「今日まで全ての戦闘に勝ってきた!! おれの武力にかなうものはありえねェ!! おれは勝ぢ……ガ……勝ぢ続ガ……ア!! おれは最強の男だ」
 ドムっと言う音とともにギンがクリークの腹に拳を入れた。
「ドン・クリーク……おれたちは敗けました。潔く退いてゼロからやり直しましょう。世話になったな、サンジさん……」
「おォ、おとといきやがれ」
「おい下っ端!! お前毒吸ってんだぞ猛毒っ!!」
「しかもてめェを殺そうとしたその男連れてどうしようってんだ!!」
 いつの間に下にいたのか、パティとカルネが叫んだ。二人を無視してギンは言う。
「サンジさん……その人が目ェ覚ましたら言っといてくれるかい。『グランドラインでまた会おう』ってよ」
「お前……まだ海賊を……?」
「よく考えてみたら、おれのやりてェことはそれしかねェんだ。いつの間にかドン・クリークの野望はおれの野望になってたらしい……」
 ガフっと突然ギンは血を吐いた。
「ギン!!」
「もしかしたら……おれはもうあと数時間の命かもしれねェな……時間がねェから覚悟が決まるってのも間抜けな話だが、いい薬だよ。今度はおれの意志でやってみようと思う、好きなように。そしたらもう逃げ場はねェだろう? 覚悟決めりゃあ、くだらねェこと考えなくて済むことを、その人に教えてもらったよ……!」
 サンジはじっとギンを見つめ、言った。
「パティ、カルネ! こいつらに買い出し用の船やれ」
「何ィ!? バカかてめェは!!」
「おれたちの買い出しはどうすんだよバカ野郎!」
「いいから出せ!!」
 怒鳴ったサンジに、二人は泣きながらも船の方に走っていった。
「打算っつーのかね……ためらいとか……」
 ギンがふと呟く。
「あ?」
「そういうのバカバカしく思えてくるぜ。その男見てると……!!」
 指差された当のルフィはすかーっと寝ている。確かに。パティたちが持ってきた船にギンは仲間たちを積み上げ、じゃあなとこちらに挨拶する。
「ありがたくもらってくよ。返さなくていいんだろ? この船」
「返しに来る勇気があったら来てみろよ。ザコ野郎」
 サンジの返事にギンは笑った。
「おっかねェレストランだな」
「おーよ、脳みそに打ち込んどけ。ここは戦う海上レストラン『バラティエ』だ!!」
 皆がうおーっと雄叫びをあげる中、私はギンに手を振る。彼もまた手を振り返してくれた。
「パティ、こいつを俺の部屋に運んでくれ」
 ギンの船が見えなくなると、サンジがルフィを指差しながら言った。パティはルフィを抱え、階段を上っていく。
「……サンジ、手当てするよ」
「……おれは大丈夫だ」
「手当てするよ、サンジ」
「…………」
 私は有無を言わさず部屋へ連れていった。私は怒っていた。自分の命を犠牲にしようとしたサンジに。
 シャツを脱いだサンジの腹には、痛々しい痣が多くあった。しゃがんでゆっくりと包帯を巻きながら言う。
「……サンジ、ルフィくんの言う通りだよ。死ぬことは恩返しじゃない。もっと自分を大切にしなきゃ」
「…………」
「今度あんなマネしたら、許さないからね。あと……私たちのことは気にしなくていいから」
「えっ?」
「サンジ、ルフィくんと一緒に行きたいんでしょ? 変に私たちに気遣わなくていいよ。サンジにはオールブルーを見るっていう夢があるんだから、それを追いかけた方がいい」
 本心だった。サンジと離れる寂しさはあるけれど、それ以上にサンジのやりたいことをして欲しいと思う。サンジは「おれは……」と言いかけて、また口を閉じた。サンジの気持ちもわかる。
「……離れたところで、私たちの縁がなくなる訳じゃない。だから行ってきて……ただ、夢が実現したらここに帰ってきて。それは約束」
 サンジの顔を見ずに包帯を留めながら言う。「サラ」と声をかけられたと思えば、抱きしめられた。何度も感じたあたたかい体温。
「……行ってくるよ、サラ。そして必ずここに戻る」
「うん……」
 このあたたかさを手離したくないと思ってしまう。けれどその気持ちを隠してサンジを見送らなければいけない。でないとサンジはここを出ていかない。夢が叶えられない。

 ざっとサンジがコック達の前に現れる。皆の視線が一斉にサンジを向いた。そのまま甲板を歩く彼の姿を、船の近くで見つめる。
 急にパティとカルネが武器を振りかぶり、サンジに襲いかかった。
「積年の恨みだ!!」
「覚悟しろ、サンジ!!」
 しかしサンジはそれを避け、流れるように二人の顔面に蹴りを入れた。倒れた彼らを振り返りもせず、スタスタとサンジはこちらへ歩いてくる。
「行こう」
 船に乗っているルフィに、サンジが声をかける。
「? いいのか、あいさつ」
「いいんだ」
 本当にいいのだろうか、と思ったその時。
「おい、サンジ」
 二階から見ていた父さんの声がした。
「カゼ、ひくなよ」
 サンジは抑えていた感情があふれだすように、目に涙を浮かべていた。
「オーナーゼフ!!」
 オーナーもゼフも、サンジの口から聞くのは初めてだった。サンジは泣きながらその場にひれ伏せた。
「……長い間!! くそお世話になりました!! この御恩は一生……!! 忘れません!!」
 私は絶対に泣かないと決めていたけれど、自然と涙が溢れ出した。寂しいぞォ!! かなしいぞォ!! と言うパティとカルネを泣きながら見つめた。
「また逢おうぜ!! クソ野郎ども!!」
 サンジの言葉に、うおーっと皆が泣きながら手を振る。
「いくぞ!! 出航!!」
「サラ!」
 感動していると、サンジに名前を呼ばれる。彼の方を見た瞬間、抱きしめられた。耳元で囁かれる。
「……またここに絶対ェ戻ってくるから、そん時に結婚しよう」
「えっ?」と顔を上げると、口付けが落とされる。そのままサンジは私を離して、船に乗り込んだ。船は甲板から離れ、バラティエから遠くなっていく。サンジは笑って手を振っている。ずるい。別れ際にプロポーズなんかされたら、サンジをもう忘れられないだろうし――忘れるつもりはないが――サンジの帰りを待ちわびることになるじゃないか。
 船が見えなくなって、皆余韻に浸る中、二階の父さんの部屋へ行く。父さんはまだ窓の外の海を眺めていた。
「……父さん」
「どうした?」
「私、プロポーズされた」
「あァ!?」
 父さんは怒ったように声を上げた。
「あのクソガキ、帰ってきたらタダじゃ置かねェ……!!」
「父さんは反対?」
 父さんの隣に凭れる。海風が涙の跡をすうっと冷やす。
「あァ、反対だ。大事な娘をあんな女好き野郎にくれてやるか」
「ははっ」
 帰ってきたら、思う存分喧嘩して欲しい。帰ってきたら、パティやカルネたちとも諍いを起こして欲しい。帰ってきたら、私の好きなハンバーグを作って欲しい。帰ってきたら、オールブルーのことを事細かに話して欲しい。
 サンジの部屋も席も、副料理長の座も空けておくから、だからサンジ、できるだけ早く、夢を叶えて無事に帰ってきて。

 20221212

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