クロエはそれほど胸がない、ということがコンプレックスだった。良く言えばスレンダーとも言えるが、それはクロエにとっては慰めにならない。もちろん、大きくするためにいろんなことを試した。しかし結果は出ず、生まれつきなんだと今は諦めている。
 このコンプレックスのせいで、女性を見るときは顔よりまず胸を先に見るのが常だった。そしてその癖を繰り返すうち、一つの結論に行き着いた。それはーー

「どうしてこの世界は、美人イコール巨乳なの!?」

「は?」

「……どうしたの、クロエ?」

 話がある、と女部屋に呼び出したナミとロビンに、思いの丈をぶつければ、ナミは冷ややかに、ロビンは心配そうな目でこちらを見た。クロエは気にせず、よよよとハンカチで涙を拭う。

「私が見てきた結果、100人中100人の美人が抜群のスタイルをしてる! ナミもロビンも可愛くて巨乳だし……!! 私なんか、私なんか……!」

 ナミは大きくため息をついた。

「大事な話かと思えば……何、あんたそれだけのことで呼び出したの?」

 頷くと、バカじゃない?とぐさっとくる言葉をかけられる。うっと怯むクロエに、ロビンが声をかけた。

「……クロエ、そんなに卑下しないほうがいいわ。あなたは可愛いもの」

「でも……サンジくんの反応が二人と違う気がする……」

「どんな反応されるのよ?」

「あ、あんまりハートが飛んでないというか、メロリンにならないというか……」

「そうかしら?」

「というか、そっちの方がいいじゃない」

「うーん、でも……」

 言葉に詰まったクロエに、ロビンがふふ、と笑った。

「要するに、クロエはもっと女性らしく、可愛くなりたいのね」

「う、うん……!」

「ああそういうこと。なら私たちに任せなさいよ。ちょうどクロエに着てほしい服があったのよね」

 言いながら、ナミはクローゼットを開ける。
 顔は普通で、スタイルも普通。それでも、ちょっとだけでも可愛くなれるならと、クロエは二人に任せることにした。

 一時間後、鏡の前に座るクロエは、自分の姿を呆然と見つめた。普段は着ることのない、ふんわりとした可愛らしいワンピースに身を包み、髪型は、ロビンが咲かせた手によってゆるく編まれた三つ編み。ナミによって施された化粧はナチュラルだけれど、いつもはしないせいか別人のようで、こちらを見つめ返す”可愛い”女の子が、まだ自分だとは思えなかった。何も言えないクロエに、ロビンが微笑みながら声をかける。

「どうかしら? 私はすごく可愛らしいと思うけれど」

「ええ、私もそう思うわ!」

「……すごい、私じゃないみたい…」

 絞り出すように声を出したとき、外からサンジの声が聞こえてきた。

「んナミさーん、ロビンちゅわーん、クロエちゃーん、おやつだよーー」

 ハートがつきまくりのその声に、三人は顔を見合わせラウンジへ向かった。男子たちは甲板でおやつを食べているようで、こちらには気づかないようだった。
 ラウンジに入ると、キッチンに立つサンジが振り向く。自分と目が合い、彼は驚いたように目を見開いた。

「クロエちゃん!?」

 そのあと何か言われるかと思ったが、サンジは固まったように動かず、じっとこちらに視線を注ぐ。視線を向けられているクロエは少し気まずさを感じ、サンジから床へと目を落とした。
 お互い何も言わない状況に、ナミはしょうがないわねとサンジに声をかけた。

「サンジくん?」

「……………」

 サンジは反応せず未だに固まっている。ナミはため息をつくと、クロエに言った。

「あんたじゃないと、戻らないみたいよ」

「え?」

 ほらほら、と促され、クロエはサンジに近づく。呼びかけてみるがやはりダメで、迷った結果、スーツの袖をそっと引っ張ってみた。サンジはハッとしたように瞬きをした。

「クロエちゃん……!」

「サ、サンジくん……どうかな? ナミとロビンにやってもらったんだけど……」

 急に恥ずかしくなり、サンジの目を見られず、そわそわとクロエは視線を彷徨わせる。そんなクロエの頭に、ぽんと大きな手が乗った。見上げると、サンジが微笑んでこちらを見つめている。

「いつものクロエちゃんも可愛いけど、今のクロエちゃんもクソ可愛いよ」

「!!」

 ぼっと顔に熱が集まるのを感じる。ありがとう、と声を絞り出すと、サンジはこちらに屈んだ。

「……クロエちゃん、耳貸して」

 何だろうと思いながら、耳をそちらに向ける。サンジの吐息が耳元をくすぐった。

「おれ以外の野郎に、今の姿を見せちゃダメだよ」

「?」

 どうしてか聞こうとすると、ガチャっとラウンジのドアが開きルフィが顔を出した。

「サンジー、おやつおかわりー……って、うお!?」

「おいクソゴム、こっち入ってくんじゃねェ!」

 サンジが足を出し、ルフィはそれを避ける。えー何でだよー、と唇を尖らせるルフィを、サンジがとにかく入るな、おかわりはねェと追い出そうとする。そのうちウソップとチョッパーが加わり、ラウンジは騒々しくなるが、クロエの瞳は、ただ一人を映し出していた。






「……なんか、人が恋に落ちる瞬間を見ちゃったわ」

 ぽーっとサンジを見つめるクロエを見て、ナミが呟く。あら、と隣に立つロビンが笑って答えた。

「あの二人は、もっと前から始まってたわよ」



20180502

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