サニー号の食卓は、弱肉強食、早い者勝ちの競争の場だ。

「おいルフィ!! おれの分取っただろ!?」

「モグモグ……とっへなひ」

「うそつけェ!!」

 ウソップとルフィの会話を聞いて、クロエはルフィに取られないよう、皿を守りながら料理を口に入れる。隣にいたロビンが、こちらを見て微笑んだのがわかった。
 前に座るブルックが、相変わらず騒がしいですねーと陽気に笑う。彼の口に食べかすが付いているのを見て、クロエは呆れながらハンカチを差し出した。紳士を名乗るわりに、食べ方が汚い。

「ブルック、これで口拭いて」

「あ、ありがとうございます、クロエさん。ついでに、パンツ見せてもらってもよろしいでしょうか?」

 ブルックがハンカチを受け取りながら、堂々とセクハラ発言をした時、ゴンと彼のアフロ頭にサンジの足が乗った。

「おいクソ骨。何クロエちゃんのハンカチ汚そうとしてやがる」

 ほらよ、とブルックに布巾が渡される。ブルックは礼を言って受け取り、口をゴシゴシ拭いた。
 そういえば。クロエはサンジを見て思った。彼は食べずにずっと皆に給仕している。

「……サンジは食べないの?」

 気になって聞いてみると、サンジは笑って答えた。

「おれも落ち着いたら食べるよ」

 クロエちゃん、心配してくれるのかい?とデレっとした顔になる。どう反応していいかわからず、クロエは目を泳がせた。こういうサンジは少し苦手だ。

「ねえサンジくん、お茶のおかわりもらえるかしら?」

「はい、ナミさあああん!!」

 ナミのところへ飛んで行ったサンジに、クロエはほっと息をつく。ロビンが紅茶を一口飲み、口を開いた。

「……サンジはね」

「?」

「みんなが食べ終わった後に、自分の分を食べるのよ」

「えっ」

「そうだぞ、クロエ!」

 反対側で食べていたチョッパーが、モグモグしながら言う。

「サンジはな、いつも一人で食おうとするんだ。だからおれたち、サンジが食べ終わるまでなるべくここにいるんだ!」

「……そうなんだ」

「今日はクロエが付き合ってあげたら、サンジも喜ぶんじゃないかしら」

 ロビンの言葉に、クロエはえっ、と声を上げる。彼女は楽しそうに微笑んでいた。困っていると、チョッパーが嬉しそうに笑った。

「そうだな、サンジ女好きだもんな!」

 その笑顔を見て断ることなどできず、クロエはこくんと頷いた。サンジが嫌いな訳ではない。ただ、デレデレされるのが少し苦手なだけだ。
 しばらくして皆が食べ終わり、思い思いの場所へ出て行く。

「ごちそうさん、サンジ!!」

「おう」

「今日もおいしかったわ」

「光栄です、ロビンちゅぁん!!」

 ロビンはこちらに意味深な笑みを残し、チョッパーと一緒に去って行った。サンジはお皿を片付けようとしている。クロエも自分のお皿と周りのお皿を重ね、シンクへ持って行った。

「お、クロエちゃんありがとう」

ううん、と首を振り、大きなたらいの中へお皿を浸す。側にあった台布巾を手にし、大きなテーブルを拭こうとすると、サンジに止められた。

「おれがやるからいいよ。クロエちゃんは座ってて」

「ううん、私がやるよ。サンジは自分の分よそってていいよ」

 サンジは少し驚いたような顔をしたが、すぐに目がハートになった。

「なんって優しいんだ、クロエちゃんはーーっ!!」

 うう、とクロエは思わず後ずさりする。どうにも、ちやほやされることに慣れてない。
 サンジは気にしなかったようで、クロエが言った通りにシステムキッチンの向こう側で、自分の食事をよそい始めた。拭き終わったクロエは、テーブルに座る。料理の乗ったお盆を持って、サンジはこちらに近づいてきた。

「ここ、いいかい?」

 サンジが指したのは、クロエの正面の席だった。うん、と頷くと、サンジは椅子を引いて座った。

「クロエちゃん、ナミさんたちのところに行かないのかい?」

「うん、サンジの食事に付き合おうと思って」

 サンジは再び驚いた顔をした。今度は目がハートにならなかった。

「サンジ、いつもみんなが食べた後に自分の分食べてるんだね」

 一人じゃ寂しいでしょ?と言えば、サンジは一、二度瞬きをし、そしてふっと笑った。見たことのない表情で、少しドキッとしてしまう。

「やっぱりクロエちゃんは、クソ優しいね」

 何か飲むかい?と席を立とうとするサンジに、大丈夫と慌てて返す。そうか?とサンジは浮かせた腰を下ろした。
 サンジが料理に手をつける。フォークとナイフをうまく使って食べる様子を見て、クロエはさすがだなと思った。一味に入る前は、どこにいたのだろう。気になって尋ねて見た。

「サンジは、どこのコックだったの?」

 サンジは食べているものを飲み込んでから答えた。

「バラティエっていうイーストブルーの海上レストランさ。そこで10年くれェコックやってた」

「へえ、10年も……」

 野郎ばっかで、むさ苦しいとこだよとサンジは言うが、その笑顔からは嫌な感情は読み取れない。サンジにとって、とても大切な場所なのだろう。

「クロエちゃんは、サウスブルー出身だろ?」

 うん、と頷く。あんまり自分のことを聞かれるのが嫌で、クロエは話題を変えた。

「……料理がおいしくできるコツって何?」

 この船に乗るまで自炊してきたが、なかなかここまでの味は出せなかった。初めてサンジの料理を食べた時は、ひそかに感動したものだ。
 サンジはスープを一口飲むと、にっと笑った。

「それは愛がこめることだな」

「愛?」

 サンジらしいとも言える答えに、クロエは首を傾げた。

「みんながおれの料理を食って、うめェと思えるように、愛を込めるのさ。それこそ林檎の皮むきから盛り付けまで。そうすりゃクソうめェ料理ができる」

「愛、か……」

 誰かに食べさせるために、料理を作ったことはなかった。クロエにとって食事とは、生きるためのもの。一味の仲間になって、"楽しむ"食事があることを学んだ。

「サンジ……」

「ん?」

「私に、料理を教えてくれない、かな?」

 自分の口から出た言葉に、クロエは驚く。おそるおそるサンジを見れば、彼はあらぬ方向を向いてデュフフと鼻の下を伸ばしていた。

「クロエちゃんがそう言うなら、手取り足取り……」

「サ、サンジ?」

 正気に戻って欲しくて声をかけると、サンジはハッとこちらを向いた。そして空になった皿に、ナイフとフォークを置きながら言う。

「クロエちゃんになら、喜んで教えるが……一つ条件がある」

「条件?」

 そう、とサンジは頷いて、にっと笑った。

「クロエちゃんのこと、毎日一つずつ教えてくれ」

「!」

 勘付かれていたみたいだ。わかりやすかっただろうかと思案するクロエに、サンジは笑みを深める。

「どうする? クロエちゃん」

 手玉に取られているようで悔しいが、しょうがない。クロエはふう、と息をつき、笑って答えた。

「……いいよ、私のこと教えてあげる」

 真剣に聞いてね、と念を押せば、もちろん、と返ってくる。とても穏やかな口調だった。
 ――こんなに優しい味を作れるなんて、サンジはどんな人なのだろう。
 初めて彼の料理を食べた時に、ふとよぎった疑問を思い出す。彼を知るには、まず自分のことを話さないと。覚悟を決めたクロエは、自分の故郷のことをとつとつと話し始めた。


20180329


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