私は真面目に仕事しているのに、サンジはまるでふざけている。
「なんって素敵な人なんだーーーっ!!」
お客に水を出しながら、またかと思う。後ろを見ずともわかる。綺麗な女性が来店して目をハートにさせているのだろう。ウエイターが皆逃げ出すからと言って、サンジにウエイターをやらせるのはどうかと思う。綺麗でかわいい女性と出会うためにやっているのかもしれないが。
「ありがとうございましたー」
最後に出て行った客のレジ打ちをして、出たレシートをポケットに入れる。今日一日でポケットがパンパンになるほどの量だ。
「サンジ!」
「ん?」
テーブルを拭いていたサンジに、そのレシートの束を取り出して言う。
「この分、サンジの給料から抜いてもらうからね!」
サンジが勝手に無料にしたデザートやらなんやらの分だ。ペンでその全てに丸をつけてある。
「……あァ」
「あァ、じゃないでしょ。もう何回言ったらわかるの? 勝手に女の人の料理無料にしたりして……せっかくの料理に値をつけないなんてやめなよ!」
「別にいいだろ。その分おれの給料から引かれるし、おれが作ってるんだから」
私はむむっとサンジに近づいた。
「だからでしょ! サンジが作った料理が無料なんて……私が耐えられないの!」
サンジは一瞬驚いたように目を見開いて、それから笑った。
「……なんだ、クロエ。そんなにおれの料理を高く見てくれてたのか」
ありがとな、と言われて私は自分の発言を気恥ずかしく思ったものの、後には引けず開き直った。
「そうよ。私はサンジの料理を美味しいと思うし、お金をとるべきだと思ってる」
サンジは布巾を畳み直しながら言った。
「そう思ってくれるのは嬉しいが……料理は腹が減った奴のためのものだとおれは思うし、金銭関係なく平等に食が与えられる方がいいとも思う」
「…………」
それはそれで筋が通っていて、私は何も言えなくなる。サンジが女性以外にも、お腹が減って、でもお金のない海賊なんかにこっそり無料で料理を出しているのは知っていたから、それがサンジのポリシーなのだと思う。
「……それは、その通りでもあるけど……でも、女性への料理を無料にするのはなんとなく嫌……」
「……ははっ、それは嫉妬か?」
「違う!」と否定したところでオーナーが厨房から出てきた。
「お前ら、何しゃべってやがる!! 早く掃除終わらせろ!!」
「はーい」
それから二人で掃除を終わらせ、まかないを食べに二階へ上った。話していて遅くなったからか、まかないを食べているコックの数は少なく、なんとなくサンジとともに座る。
「……サンジはさ」
カレーをスプーンで掬いながら話す。
「ん?」
「なんでウエイターたまにやってくれるの?」
「なんでって言われてもなァ……レディと会えるからってのがデカいか?」
やはりそうか。私は眉をひそめた。
「サンジって昔から女好きだよね。私にはメロリンしないくせに」
「なんだ、クロエにもメロリンしてほしいのか?」
サンジはニヤニヤしている。私は「嫌!」と言ってカレーを口に入れた。今日の当番はパティだ。彼の得意な魚介を使ったカレーだった。魚などはダメになるのが早いから、ふんだんに使われている。
「……今日がパティなら明日はカルネで明後日はサンジか」
「そうだな」
サンジは水を飲みながら頷く。
「何作るの?」
「まだ決めてねェ。そろそろ悪くなる食材は把握してるが」
「ふーん……私も料理できたらいいのになあ」
サンジと私はゼフに育てられたと言っていい。私は子供の頃から料理を教えて欲しいとゼフに言っているのだけれど、女は蹴れないからダメだと謎の紳士的な一面を彼は見せて、結局ウエイトレスとして働いている。
「……おれが教えてやろうか?」
「え?」
思いがけない言葉にスプーンを止めた。サンジは食べていたものを飲み込んでから言った。
「ジジイよりは未熟だと思うが、クロエが覚えてェなら教えてやるぜ」
「いいの!?」
「あァ」
「ありがとう!!」
「……あァ」
お礼を言えば、サンジは照れたように笑った。
私は形から入るタイプなので、翌日買い出し船に乗せてもらい島へエプロンを買いに行った。包丁などはサンジのものを特別に使っていいとのことだったので、用意するものはそれだけだった。ちょうどお休みを取っていた私は、時間の許す限り雑貨屋さんを回ることができた。
エプロンなどすぐ汚れそうなので別に何でもいいような気もするが、やはり気に入ったものを付けたい。初めて付けるのだし。悩んだ末に、付けるとふんわりスカートのようになる、赤地に白のワンポイントがついたかわいいエプロンにした。
上機嫌で港へ帰ると、船はもう出港準備をしていた。重しを上げていたパティが叫ぶ。
「クロエ遅かったな、もう出航するぞ!」
「はーい」
船に飛び乗る。帆を張るのを手伝って、船はバラティエへ出航した。早くこのエプロンを付けて料理がしたい。サンジもきっと可愛いと言ってくれるはず。
――ん? どうして私はサンジの反応を気にしているのだろう。疑問に思ったけれど、深くは考えなかった。
店休日が今月あったので、その日に教えてもらうことになった。他のコックたちに二時間くらい厨房を借りると前もって話すと、皆私が料理するのかと驚いていた。サンジに教えてもらうことを言えば、なぜか皆ニヤついて「そいつァいい」とか「手取り足取り教えてもらえ」とかセクハラまがいなことを言った。私はなぜこんなに囃されるのかわからなかったが、とりあえず厨房を借りることには皆賛成なのだと考え、だとしたら皆の分を作ってその美味しさにあっと言わせようと思った。それをサンジに話せば、「まァ最初は少なめに作った方がいい気もするが、クロエのしたいようにすればいい」と許可をもらった。私はレシピを見たり材料を買ったりして準備をし、指折りその日を待った。
そして当日、仕事の時と同様髪を束ね、エプロンを付けて厨房へ向かった。サンジはすでに厨房にいて、道具を用意していた。
「おはよう、サンジ」
「おはよう、クロエ……そのエプロン、わざわざ買ったのか?」
「うん、似合う?」
やはりサンジは目ざとい。くるりと回ってみせると、サンジは頷いた。
「……まァ、似合うっちゃ似合うんじゃねェか?」
「ほんと!? ありがとう」
嬉しくて笑うと、サンジはすっとレシピの方へ目を逸らした。その反応は何だろうと思う間もなく、彼は言った。
「……じゃあ、始めるか」
「はい!」
サンジにアドバイスをもらいながら、私は愛情を込めてなるべく丁寧に料理を作った。皆に世話になっている感謝の気持ちも込めて。サンジ曰く愛情を込めると全て美味しくなるのだそうだ。だから私も盛りつけを含めて丁寧に作った。時間はかかったものの、最終的にはとびきり美味しいものができた。サンジからもお墨付きをもらった。
「うん、いいんじゃねェか? 初めてにしては上出来だ」
「よかった……みんな驚いてくれるかな?」
「驚くだろ、盛り付けも綺麗だし味もしっかりしてる。これで驚かなかったらそいつはプロ失格さ」
「ふふ、そうだといいけど……」
結果として、私の作ったエビと白身魚のパイ包み焼きは好評だった。
「ほんとにこれ、クロエが作ったのか?」
「初めて作ったとは思えねェ出来だな……」
「器用なんだな、クロエは」
特に一番食べてもらいたかったゼフは、彼にしては最大の褒め言葉を言ってくれた。
「……まだまだ改善の余地があるがうめェな」
これには喜びが爆発して思わずサンジの手を握った。
「すごい、みんな褒めてくれる! サンジのおかげだよ、ありがとう!!」
「……いや、おれはただアドバイスしただけだからな」
「また料理教えてくれる?」
「あァ、何度でも」
翌日からは仕事で、サンジもまたウエイターをしていた。相変わらず美女には目がなく愛を叫んでいる。私はそれを見ていつになく心がもやもやした。昨日は一緒に過ごしていたのに、今のサンジは私の知らないサンジだ。私にはそんな態度取ってくれない。
そう思い、はたと気づいた。私、女性客に嫉妬してる? そんな馬鹿なと思う反面、納得している自分がいた。待て待て勘違いかもしれないと思い、様子を見るも、やはりサンジが女性客にメロメロになる度に黒いもやが心に立ちこめる。これは誰かに相談してみた方がよさそうだ。
「……ねえパティ、ちょっといい?」
「あ?」
まかないを食べ終わり、皆でトランプしているパティに声をかける。
「今はダメだ、運命の選択を迫られてるからな」
「……私も運命の選択を迫られてるんだけど」
パティはこちらを見てくれた。
「なんだ、そんな切羽詰まってんのか? なら良いぜ……ちょっとタイムだ」
手札を裏返しにテーブルに置いて、パティは立ち上がった。サンジと鉢合わせないように一階の客間へ下りる。
「で、なんだ話って?」
「あの、驚くかもしれないけど……私、サンジが好きかもしれない」
思い切って言えば、パティはまったく驚かずに「お前やっと気づいたか!」と呆れたように笑った。
「え?」
「お前の態度見てりゃ誰だってわかる……サンジもようやく実ったか」
「え? どういうこと? 私そんなにわかりやすかった?」
「あァ、気づいてねェのはお前だけだ」
がくっと力が抜ける。なんだ、皆わかっていたのか。私だけが鈍感で自分の気持ちに気づけなかったのか。でもそれって――。
「……サンジも気づいてるってこと?」
「あァ、気づいてる。早くサンジんとこ行って告白してこい、ずっと我慢してたからなあいつ」
「大丈夫かな、振られないかな……?」
「大丈夫だ!」
半信半疑だったものの、私は当たって砕けるなら早い方がいいと思い、サンジの部屋の前までやってきた。
「……サンジ、いる?」
ノックすると「クロエか?」と声がして、扉が開く。
「どうした?」
「……ちょっと話があるの」
サンジは中に入れてくれた。子供の頃以来入ったことのなかった部屋は整然としていて、ほんのりサンジの香水の匂いが漂っていた。ソファに二人で座る。
「なんだ、話って?」
「あのね……」
なんて言ったらいいのだろう。私、サンジが好き。そうずばっと言えばいいのだろうか。私は言おうとしたけれど、口は違うことを言っていた。
「……今日も天気良かったね」
「……そうだったな」
「うん……」
私は何を言っているのだろう。
「……それを言いに来たのか?」
「ち、違うけど……」
このまま恥ずかしがっていても仕方がない。
「あのさ……こんなこと言っても迷惑かもしれないけど、私、サンジが好き」
緊張しながら言った言葉に、サンジはなぜか力が抜けたようにくたっと上半身を屈めた。
「あーーーーー……やっとか」
「え?」
「ずっとクロエが自覚するのを待ってたんだ……おれは2年くらい前からお前を好きだった」
「え、ちょっと待って、そんな前から私を好いてくれてたの?」
「あァ」
私はサンジをいつから好きになったのかわからないけれど、サンジの方は違うらしい。
「え、じゃあ両想い? ってことは、どうしたらいいの? 付き合う?」
「落ち着け。おれからちゃんと言うから」
サンジは体を起こして背筋を伸ばした。それから私の手を握って、真剣な顔で言う。
「……おれの悪いところとかクロエは全部知ってると思うが、それでも好きになってくれてありがとう。おれと、付き合ってください」
「……はい」
頷けば、ぎゅっと抱きしめられた。
「ははっ、なんかクソ幸せ……」
「私も」
きっとサンジの女好きは治らないだろうし一生悩むことになるだろうけれど、でも今この瞬間は通じ合った幸せに浸りたかった。私の人生の中でこの恋が実る瞬間は、何にも勝る素晴らしい瞬間だった。
サンジの顔がゆっくりと近づいてくる。幼なじみだった今までとは違う、恋人同士の距離。サンジの目には熱が籠もっている。今まで見たことがない表情。これからきっと私だけが知れるサンジと出会うことができる。そう確信して、私はそっと目を閉じた。
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「なんって素敵な人なんだーーーっ!!」
お客に水を出しながら、またかと思う。後ろを見ずともわかる。綺麗な女性が来店して目をハートにさせているのだろう。ウエイターが皆逃げ出すからと言って、サンジにウエイターをやらせるのはどうかと思う。綺麗でかわいい女性と出会うためにやっているのかもしれないが。
「ありがとうございましたー」
最後に出て行った客のレジ打ちをして、出たレシートをポケットに入れる。今日一日でポケットがパンパンになるほどの量だ。
「サンジ!」
「ん?」
テーブルを拭いていたサンジに、そのレシートの束を取り出して言う。
「この分、サンジの給料から抜いてもらうからね!」
サンジが勝手に無料にしたデザートやらなんやらの分だ。ペンでその全てに丸をつけてある。
「……あァ」
「あァ、じゃないでしょ。もう何回言ったらわかるの? 勝手に女の人の料理無料にしたりして……せっかくの料理に値をつけないなんてやめなよ!」
「別にいいだろ。その分おれの給料から引かれるし、おれが作ってるんだから」
私はむむっとサンジに近づいた。
「だからでしょ! サンジが作った料理が無料なんて……私が耐えられないの!」
サンジは一瞬驚いたように目を見開いて、それから笑った。
「……なんだ、クロエ。そんなにおれの料理を高く見てくれてたのか」
ありがとな、と言われて私は自分の発言を気恥ずかしく思ったものの、後には引けず開き直った。
「そうよ。私はサンジの料理を美味しいと思うし、お金をとるべきだと思ってる」
サンジは布巾を畳み直しながら言った。
「そう思ってくれるのは嬉しいが……料理は腹が減った奴のためのものだとおれは思うし、金銭関係なく平等に食が与えられる方がいいとも思う」
「…………」
それはそれで筋が通っていて、私は何も言えなくなる。サンジが女性以外にも、お腹が減って、でもお金のない海賊なんかにこっそり無料で料理を出しているのは知っていたから、それがサンジのポリシーなのだと思う。
「……それは、その通りでもあるけど……でも、女性への料理を無料にするのはなんとなく嫌……」
「……ははっ、それは嫉妬か?」
「違う!」と否定したところでオーナーが厨房から出てきた。
「お前ら、何しゃべってやがる!! 早く掃除終わらせろ!!」
「はーい」
それから二人で掃除を終わらせ、まかないを食べに二階へ上った。話していて遅くなったからか、まかないを食べているコックの数は少なく、なんとなくサンジとともに座る。
「……サンジはさ」
カレーをスプーンで掬いながら話す。
「ん?」
「なんでウエイターたまにやってくれるの?」
「なんでって言われてもなァ……レディと会えるからってのがデカいか?」
やはりそうか。私は眉をひそめた。
「サンジって昔から女好きだよね。私にはメロリンしないくせに」
「なんだ、クロエにもメロリンしてほしいのか?」
サンジはニヤニヤしている。私は「嫌!」と言ってカレーを口に入れた。今日の当番はパティだ。彼の得意な魚介を使ったカレーだった。魚などはダメになるのが早いから、ふんだんに使われている。
「……今日がパティなら明日はカルネで明後日はサンジか」
「そうだな」
サンジは水を飲みながら頷く。
「何作るの?」
「まだ決めてねェ。そろそろ悪くなる食材は把握してるが」
「ふーん……私も料理できたらいいのになあ」
サンジと私はゼフに育てられたと言っていい。私は子供の頃から料理を教えて欲しいとゼフに言っているのだけれど、女は蹴れないからダメだと謎の紳士的な一面を彼は見せて、結局ウエイトレスとして働いている。
「……おれが教えてやろうか?」
「え?」
思いがけない言葉にスプーンを止めた。サンジは食べていたものを飲み込んでから言った。
「ジジイよりは未熟だと思うが、クロエが覚えてェなら教えてやるぜ」
「いいの!?」
「あァ」
「ありがとう!!」
「……あァ」
お礼を言えば、サンジは照れたように笑った。
私は形から入るタイプなので、翌日買い出し船に乗せてもらい島へエプロンを買いに行った。包丁などはサンジのものを特別に使っていいとのことだったので、用意するものはそれだけだった。ちょうどお休みを取っていた私は、時間の許す限り雑貨屋さんを回ることができた。
エプロンなどすぐ汚れそうなので別に何でもいいような気もするが、やはり気に入ったものを付けたい。初めて付けるのだし。悩んだ末に、付けるとふんわりスカートのようになる、赤地に白のワンポイントがついたかわいいエプロンにした。
上機嫌で港へ帰ると、船はもう出港準備をしていた。重しを上げていたパティが叫ぶ。
「クロエ遅かったな、もう出航するぞ!」
「はーい」
船に飛び乗る。帆を張るのを手伝って、船はバラティエへ出航した。早くこのエプロンを付けて料理がしたい。サンジもきっと可愛いと言ってくれるはず。
――ん? どうして私はサンジの反応を気にしているのだろう。疑問に思ったけれど、深くは考えなかった。
店休日が今月あったので、その日に教えてもらうことになった。他のコックたちに二時間くらい厨房を借りると前もって話すと、皆私が料理するのかと驚いていた。サンジに教えてもらうことを言えば、なぜか皆ニヤついて「そいつァいい」とか「手取り足取り教えてもらえ」とかセクハラまがいなことを言った。私はなぜこんなに囃されるのかわからなかったが、とりあえず厨房を借りることには皆賛成なのだと考え、だとしたら皆の分を作ってその美味しさにあっと言わせようと思った。それをサンジに話せば、「まァ最初は少なめに作った方がいい気もするが、クロエのしたいようにすればいい」と許可をもらった。私はレシピを見たり材料を買ったりして準備をし、指折りその日を待った。
そして当日、仕事の時と同様髪を束ね、エプロンを付けて厨房へ向かった。サンジはすでに厨房にいて、道具を用意していた。
「おはよう、サンジ」
「おはよう、クロエ……そのエプロン、わざわざ買ったのか?」
「うん、似合う?」
やはりサンジは目ざとい。くるりと回ってみせると、サンジは頷いた。
「……まァ、似合うっちゃ似合うんじゃねェか?」
「ほんと!? ありがとう」
嬉しくて笑うと、サンジはすっとレシピの方へ目を逸らした。その反応は何だろうと思う間もなく、彼は言った。
「……じゃあ、始めるか」
「はい!」
サンジにアドバイスをもらいながら、私は愛情を込めてなるべく丁寧に料理を作った。皆に世話になっている感謝の気持ちも込めて。サンジ曰く愛情を込めると全て美味しくなるのだそうだ。だから私も盛りつけを含めて丁寧に作った。時間はかかったものの、最終的にはとびきり美味しいものができた。サンジからもお墨付きをもらった。
「うん、いいんじゃねェか? 初めてにしては上出来だ」
「よかった……みんな驚いてくれるかな?」
「驚くだろ、盛り付けも綺麗だし味もしっかりしてる。これで驚かなかったらそいつはプロ失格さ」
「ふふ、そうだといいけど……」
結果として、私の作ったエビと白身魚のパイ包み焼きは好評だった。
「ほんとにこれ、クロエが作ったのか?」
「初めて作ったとは思えねェ出来だな……」
「器用なんだな、クロエは」
特に一番食べてもらいたかったゼフは、彼にしては最大の褒め言葉を言ってくれた。
「……まだまだ改善の余地があるがうめェな」
これには喜びが爆発して思わずサンジの手を握った。
「すごい、みんな褒めてくれる! サンジのおかげだよ、ありがとう!!」
「……いや、おれはただアドバイスしただけだからな」
「また料理教えてくれる?」
「あァ、何度でも」
翌日からは仕事で、サンジもまたウエイターをしていた。相変わらず美女には目がなく愛を叫んでいる。私はそれを見ていつになく心がもやもやした。昨日は一緒に過ごしていたのに、今のサンジは私の知らないサンジだ。私にはそんな態度取ってくれない。
そう思い、はたと気づいた。私、女性客に嫉妬してる? そんな馬鹿なと思う反面、納得している自分がいた。待て待て勘違いかもしれないと思い、様子を見るも、やはりサンジが女性客にメロメロになる度に黒いもやが心に立ちこめる。これは誰かに相談してみた方がよさそうだ。
「……ねえパティ、ちょっといい?」
「あ?」
まかないを食べ終わり、皆でトランプしているパティに声をかける。
「今はダメだ、運命の選択を迫られてるからな」
「……私も運命の選択を迫られてるんだけど」
パティはこちらを見てくれた。
「なんだ、そんな切羽詰まってんのか? なら良いぜ……ちょっとタイムだ」
手札を裏返しにテーブルに置いて、パティは立ち上がった。サンジと鉢合わせないように一階の客間へ下りる。
「で、なんだ話って?」
「あの、驚くかもしれないけど……私、サンジが好きかもしれない」
思い切って言えば、パティはまったく驚かずに「お前やっと気づいたか!」と呆れたように笑った。
「え?」
「お前の態度見てりゃ誰だってわかる……サンジもようやく実ったか」
「え? どういうこと? 私そんなにわかりやすかった?」
「あァ、気づいてねェのはお前だけだ」
がくっと力が抜ける。なんだ、皆わかっていたのか。私だけが鈍感で自分の気持ちに気づけなかったのか。でもそれって――。
「……サンジも気づいてるってこと?」
「あァ、気づいてる。早くサンジんとこ行って告白してこい、ずっと我慢してたからなあいつ」
「大丈夫かな、振られないかな……?」
「大丈夫だ!」
半信半疑だったものの、私は当たって砕けるなら早い方がいいと思い、サンジの部屋の前までやってきた。
「……サンジ、いる?」
ノックすると「クロエか?」と声がして、扉が開く。
「どうした?」
「……ちょっと話があるの」
サンジは中に入れてくれた。子供の頃以来入ったことのなかった部屋は整然としていて、ほんのりサンジの香水の匂いが漂っていた。ソファに二人で座る。
「なんだ、話って?」
「あのね……」
なんて言ったらいいのだろう。私、サンジが好き。そうずばっと言えばいいのだろうか。私は言おうとしたけれど、口は違うことを言っていた。
「……今日も天気良かったね」
「……そうだったな」
「うん……」
私は何を言っているのだろう。
「……それを言いに来たのか?」
「ち、違うけど……」
このまま恥ずかしがっていても仕方がない。
「あのさ……こんなこと言っても迷惑かもしれないけど、私、サンジが好き」
緊張しながら言った言葉に、サンジはなぜか力が抜けたようにくたっと上半身を屈めた。
「あーーーーー……やっとか」
「え?」
「ずっとクロエが自覚するのを待ってたんだ……おれは2年くらい前からお前を好きだった」
「え、ちょっと待って、そんな前から私を好いてくれてたの?」
「あァ」
私はサンジをいつから好きになったのかわからないけれど、サンジの方は違うらしい。
「え、じゃあ両想い? ってことは、どうしたらいいの? 付き合う?」
「落ち着け。おれからちゃんと言うから」
サンジは体を起こして背筋を伸ばした。それから私の手を握って、真剣な顔で言う。
「……おれの悪いところとかクロエは全部知ってると思うが、それでも好きになってくれてありがとう。おれと、付き合ってください」
「……はい」
頷けば、ぎゅっと抱きしめられた。
「ははっ、なんかクソ幸せ……」
「私も」
きっとサンジの女好きは治らないだろうし一生悩むことになるだろうけれど、でも今この瞬間は通じ合った幸せに浸りたかった。私の人生の中でこの恋が実る瞬間は、何にも勝る素晴らしい瞬間だった。
サンジの顔がゆっくりと近づいてくる。幼なじみだった今までとは違う、恋人同士の距離。サンジの目には熱が籠もっている。今まで見たことがない表情。これからきっと私だけが知れるサンジと出会うことができる。そう確信して、私はそっと目を閉じた。
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