全てを溶かしそうな熟れた熱気が、舗装された地面からねっとりとまとわりつく。
「あぢーー」
「あっついねえ」
隣を歩くチョッパーは暑さに舌を出している。人間でさえ汗が浮きでてくるというのに、毛皮を着ているチョッパーはもっと暑いだろう。
夏島らしく、この島の人々は慣れているようで、平然と歩いている。露出している人が多く、男性の中には上半身裸の者もいた。ついつい目が吸い寄せられるが、今はチョッパーと一緒。男といる時はナンパしない、がモットーのクロエは、我慢しながら歩いていた。
「おっ、サンジだ」
「ん?」
割れた腹筋から目を逸らしたとき、チョッパーが立ち止まった。彼の視線の先に、確かにサンジがいた。野菜を抱えた彼は、暑さのためか眉間に皺を寄せ歩いていた。綺麗な女性がすれ違うたび、ぴくりと肩を震わせる。が、いつものナンパはしなかった。
一目で見て、クロエにはわかった。彼はナンパしたいのを我慢している。サンジは最近デレデレしなくなった。我々に賛辞の言葉をこれでもかと投げかけていたというのに、今はそれもなく大人しくしている。自分たちに飽きたのかと思えば、今日の様子を見るに、女性そのものを我慢しているらしい。何のためかは知らないが。
「なんか震えてんなァ。おーい、サンジー!」
チョッパーが呼びかけ、彼はこちらを振り向く。おお、と目を細め、やってきた。
「サンジ、今なんか震えてなかったか?」
純粋なチョッパーが尋ねると、サンジは苦笑いを浮かべた。
「ああ、いや、大丈夫だ。クロエちゃんたちは買い物?」
「うん、デートしてる」
「えっ、おれ全然そんなつもりなかったよ!?」
「またまたー」
クロエは人間で、おれはトナカイだぞ!とチョッパーは慌てたように言う。なんてかわいいのだろう。
「男女の仲に種別は関係ないんだよ」
「おっ」
諭すように言うと、サンジが反応した。
「それ、おれも同じ考え」
「ほんと?」
「……前々から思ってたけど、サンジとクロエって気が合いそうだよなァ」
チョッパーが呟くように言った。サンジと目くばせし、チョッパーを見る。
「そうかな?」
「でも、あんまり二人で話してるとこ見たことないなァ……そうだ、サンジとクロエでお茶でもしたらいいんじゃねェか!」
「おれ一旦船に戻って荷物置くから、二人で話したらいいよ!」となぜか目を輝かせて言うチョッパーの勢いに呑まれ、断る理由もなくなんとなく頷いてしまった。サンジも同じだったようで、「お、おう」と頷く。
「じゃあなー!」
嬉しそうに去っていくチョッパーを見送り、サンジを見る。彼は少し戸惑ったような、少し嬉しそうな、複雑な顔をしていた。女性への興味を失ったわけではないらしい。
「……チョッパーに甘えて、お茶しようか」
「そだね」
サンジに特別な感情を抱いてはないが、確かに話はあまりしたことがない。これを機に話してみるのもいいかもしれない。そう思い、一緒に喫茶店へ入ったのだが。
「彼氏は基本的に作らない主義! 作るとしても、私の浮気を許してくれる人じゃないとダメ。束縛なんて以ての外よ」
「はは、おれも同じ。レディは平等に愛すべき存在だから、特定の女性だけってのはおれのポリシーに反する」
「だよねー!! 私もその考え!」
こんなにウマが合うとは思っていなかった。主に自分のポリシーについて語り合い、夢中で話していたからか、ふと窓の外を見ると日が傾きはじめていた。
「あ、もうこんな時間!」
「ついつい話し込んじまったな」
タバコに火をつけ、煙を燻らせながらサンジが呟く。夕焼けの朱が彼の横顔を照らし、彫りの深い顔に影が落ちる。彼はやはり、美形の部類に入るのだろう。視線に気づいてか、窓を見ていた彼がこちらを向く。目が合った瞬間、彼を男として見ていた自分に気づいた。困惑を隠すため、クロエは口を開く。
「……こんなに気が合う人が近くにいたなんて、ホントびっくり。私みたいな人ってなかなかいないから」
「それはこっちのセリフさ。クロエちゃんはおれの女版て感じだな」
「ふふ、今日サンジと話せてよかった。チョッパーに感謝だね」
男とこんなに腹を割って話せたのは初めてだ。微笑むと、サンジは左目を見開き、それから口元を手でおさえ、窓の方へ視線を反らした。今までにない反応に、もしかして、と考える。もしかして、照れている?
確証を得ようと彼をまじまじと見る前に、サンジは何事も無かったかのように立ち上がった。伝票を持ち、こちらに余裕の笑みを向ける。
「こっちこそ、ありがとう。女性とこんなに話せたのは初めてだ……そろそろ戻ろうか」
先程の表情とはまるで違う顔だ。照れているように見えたのは、見間違いだったのだろうか。ただ、男の反応を数多く見てきたクロエにとって、あれは見間違いではないような気がした。それとも。見間違いではないと、思い込もうとしているのか。
クロエはため息をついた。
――軟派な男はタイプじゃなかったのになあ……。
「クロエちゃん?」
「……今行く」
スーツのスラリとした着こなし。鈍く輝く金髪。こちらに注がれる優しげな眼差し。鼻につかない香水の匂い。
降参だ。
認めよう。サンジに恋をしてしまったことを。
20210519
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「あぢーー」
「あっついねえ」
隣を歩くチョッパーは暑さに舌を出している。人間でさえ汗が浮きでてくるというのに、毛皮を着ているチョッパーはもっと暑いだろう。
夏島らしく、この島の人々は慣れているようで、平然と歩いている。露出している人が多く、男性の中には上半身裸の者もいた。ついつい目が吸い寄せられるが、今はチョッパーと一緒。男といる時はナンパしない、がモットーのクロエは、我慢しながら歩いていた。
「おっ、サンジだ」
「ん?」
割れた腹筋から目を逸らしたとき、チョッパーが立ち止まった。彼の視線の先に、確かにサンジがいた。野菜を抱えた彼は、暑さのためか眉間に皺を寄せ歩いていた。綺麗な女性がすれ違うたび、ぴくりと肩を震わせる。が、いつものナンパはしなかった。
一目で見て、クロエにはわかった。彼はナンパしたいのを我慢している。サンジは最近デレデレしなくなった。我々に賛辞の言葉をこれでもかと投げかけていたというのに、今はそれもなく大人しくしている。自分たちに飽きたのかと思えば、今日の様子を見るに、女性そのものを我慢しているらしい。何のためかは知らないが。
「なんか震えてんなァ。おーい、サンジー!」
チョッパーが呼びかけ、彼はこちらを振り向く。おお、と目を細め、やってきた。
「サンジ、今なんか震えてなかったか?」
純粋なチョッパーが尋ねると、サンジは苦笑いを浮かべた。
「ああ、いや、大丈夫だ。クロエちゃんたちは買い物?」
「うん、デートしてる」
「えっ、おれ全然そんなつもりなかったよ!?」
「またまたー」
クロエは人間で、おれはトナカイだぞ!とチョッパーは慌てたように言う。なんてかわいいのだろう。
「男女の仲に種別は関係ないんだよ」
「おっ」
諭すように言うと、サンジが反応した。
「それ、おれも同じ考え」
「ほんと?」
「……前々から思ってたけど、サンジとクロエって気が合いそうだよなァ」
チョッパーが呟くように言った。サンジと目くばせし、チョッパーを見る。
「そうかな?」
「でも、あんまり二人で話してるとこ見たことないなァ……そうだ、サンジとクロエでお茶でもしたらいいんじゃねェか!」
「おれ一旦船に戻って荷物置くから、二人で話したらいいよ!」となぜか目を輝かせて言うチョッパーの勢いに呑まれ、断る理由もなくなんとなく頷いてしまった。サンジも同じだったようで、「お、おう」と頷く。
「じゃあなー!」
嬉しそうに去っていくチョッパーを見送り、サンジを見る。彼は少し戸惑ったような、少し嬉しそうな、複雑な顔をしていた。女性への興味を失ったわけではないらしい。
「……チョッパーに甘えて、お茶しようか」
「そだね」
サンジに特別な感情を抱いてはないが、確かに話はあまりしたことがない。これを機に話してみるのもいいかもしれない。そう思い、一緒に喫茶店へ入ったのだが。
「彼氏は基本的に作らない主義! 作るとしても、私の浮気を許してくれる人じゃないとダメ。束縛なんて以ての外よ」
「はは、おれも同じ。レディは平等に愛すべき存在だから、特定の女性だけってのはおれのポリシーに反する」
「だよねー!! 私もその考え!」
こんなにウマが合うとは思っていなかった。主に自分のポリシーについて語り合い、夢中で話していたからか、ふと窓の外を見ると日が傾きはじめていた。
「あ、もうこんな時間!」
「ついつい話し込んじまったな」
タバコに火をつけ、煙を燻らせながらサンジが呟く。夕焼けの朱が彼の横顔を照らし、彫りの深い顔に影が落ちる。彼はやはり、美形の部類に入るのだろう。視線に気づいてか、窓を見ていた彼がこちらを向く。目が合った瞬間、彼を男として見ていた自分に気づいた。困惑を隠すため、クロエは口を開く。
「……こんなに気が合う人が近くにいたなんて、ホントびっくり。私みたいな人ってなかなかいないから」
「それはこっちのセリフさ。クロエちゃんはおれの女版て感じだな」
「ふふ、今日サンジと話せてよかった。チョッパーに感謝だね」
男とこんなに腹を割って話せたのは初めてだ。微笑むと、サンジは左目を見開き、それから口元を手でおさえ、窓の方へ視線を反らした。今までにない反応に、もしかして、と考える。もしかして、照れている?
確証を得ようと彼をまじまじと見る前に、サンジは何事も無かったかのように立ち上がった。伝票を持ち、こちらに余裕の笑みを向ける。
「こっちこそ、ありがとう。女性とこんなに話せたのは初めてだ……そろそろ戻ろうか」
先程の表情とはまるで違う顔だ。照れているように見えたのは、見間違いだったのだろうか。ただ、男の反応を数多く見てきたクロエにとって、あれは見間違いではないような気がした。それとも。見間違いではないと、思い込もうとしているのか。
クロエはため息をついた。
――軟派な男はタイプじゃなかったのになあ……。
「クロエちゃん?」
「……今行く」
スーツのスラリとした着こなし。鈍く輝く金髪。こちらに注がれる優しげな眼差し。鼻につかない香水の匂い。
降参だ。
認めよう。サンジに恋をしてしまったことを。
20210519
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