柔らかい日差しが、大海原を泳ぐライオンの船首に薄く反射する。春の陽光を浴びる船には、元気な声が溢れていた。デッキではルフィ、ウソップ、チョッパーの3人が、どこからか手に入れたボールで遊んでいた。滲む汗を手の甲で拭いながら、楽しげに遊んでいる。
 そこから離れたテラスには、クロエ、ナミ、ロビンの女性陣がお喋りに興じていた。時折吹く青い風がクロエたちの髪を揺らす。話しているのは行く末にある島々のことや、歴史、そしてお洒落のこと。彼女たちは近くで遊ぶ男たちに特に注意を払っていなかった。それがいけなかったのかもしれない。
 アイスティーを飲みながら、クロエがナミに相槌を打ったその時。後頭部に激痛が走った。

「クロエ!!」

「大丈夫?」

 自分でも何が起きたのかわからず、頭部を擦りながら下を見る。椅子の間にボールが転がっていた。

「わりィ、クロエ!! 大丈夫か!?」

 焦るように走ってきたルフィたちに、クロエは目尻を下げて笑った。

「やーん、ルフィ! 遊びに夢中になるのもいいけど、近くに人がいることに気をつけるんだよーv」

 デレデレしながら忠告するクロエに、ルフィは慣れているのか「おう、悪かった!」と気にする様子もなく謝る。

「わかればいいの! ルフィってとっても素直ね。そういう子、好きだなーv」

 目をハートにしたクロエに、「出た! 女版サンジ!!」とチョッパーが反応する。

「チョッパーもウソップも、心配してきてくれたの? ありがとう! 私って愛されてる?」

 今度は夢見心地にうっとりとする。ルフィだけでなくウソップ、チョッパーも慣れているらしく、「大丈夫ならよかった」と彼女をスルーして違う遊びをし始めた。代わりにやってきたのは、

「クロエちゃーん、ナミさーん、ロビンちゃーん、おやつだよ」

 お皿を3枚、器用に持ったサンジだった。

「さつまいものプリンケーキです」

 テーブルに置かれていく美味しそうなケーキに、ナミ、ロビンは礼を言う。未だうっとりしていたクロエも、目の前に置かれた皿に気づき、真顔に戻った。

「あ、サンキュー」

 ルフィたちへの態度と落差があったが、サンジは「どういたしまして」と慣れたようにこたえる。彼がダイニングへ去っていくと、クロエの一連の流れを見ていたナミが口を開いた。

「……いつも思うけど、基本的に男にデレデレなのに、サンジくんへの態度だけ普通ね。なんで?」

 クロエはフォークを持ちながらこたえる。

「サンジはタイプじゃないからよ。軟派な男は好きじゃない」

「ふふ、自分は軟派なのに、男で軟派なのは許せないのね」

 ロビンがずばりと言う。あら、とクロエは心外だと眉を上げた。

「私はちゃんと一人一人どんな人か見て、その上で好きになってるの。男だからって誰彼構わず好きになったりしないわ」

「ああ、そう」

「どんな人がタイプ?」

「強くてかっこいい人! この『かっこいい』は人格がってことね。ルフィはもちろん、ゾロもウソップもチョッパーもフランキーも、みんなかっこよくて大好き!」

「サンジくんもかっこいいじゃない。料理もできるし」

 ナミがケーキを食べながら言う。クロエは曖昧に頷いた。

「まあ……そうだけど、軟派だからね」

「ふーん、あんたの基準ってわかんないわ」

 ナミが結論を出し、サンジへの態度の話は終わった。



 サンジには悩みがあった。それはルフィたちに盗み食いされるということ以上に、大きな悩みだった。

「あら、どうしたの、サンジ」

 知らぬ間に大きくため息をついていたらしく、テーブルで本を読んでいたロビンが顔を上げる。夕食後のゆったりした一時に、ふさわしくないため息だったようだ。

「ああ、ごめん、ちょっとね……」

 言葉を濁すと、ロビンは本を閉じて微笑む。女神のような笑みだ。

「言えないことなのね?」

「言えなくは……ないかもしれない」

「じゃあ、言ってほしい」

 確かにこの悩みを解決するには、女性に話した方がいいかもしれない。思い直し、サンジは口を開いた。

「クロエちゃんが、おれにメロメロにならねェのは、何でだと思う?」

 ロビンは予想していたのか、笑みを深くした。

「タイムリーな話ね。今日クロエから理由を聞いたわ」

 軟派な男はタイプじゃないらしいわよ。ロビンの言葉にサンジは膝から崩れ落ちた。タイプじゃない。自分は、クロエのタイプではない。なかなかショッキングな言葉だ。「そうか」としか言えない。

「クロエもクロエで軟派だと言ったけど、彼女は一人一人に本気らしいわ」

 それはあなたにも言えるだろうけど、と付け加えられる。
 よくわかってるね、ロビンちゃん。もしかしておれに気がある?
 そう反射的に言いかけた口を噤む。こういうのが軟派だと言うのだろう。愛を伝えてスルーされるのは慣れている。だがクロエに普通の反応をされるのは、なぜか堪えた。自分でもよく分からない。ただ他の男共に見せる、デレデレした態度を目にする度に落ち込み、理由は分からないがその男に怒りすら込み上げてくる。

「……どうしたら、デレデレしてくれんのかな」

 自然と口にした呟きに、サンジは驚いた。自分で思っている以上に、クロエのことを気にしているらしい。ロビンは優しい笑みを浮かべた。ビューティフル。やはり女神様。

「軟派じゃなくなれば、気に留めるかもね」

「って言ってもなァ、これは条件反射というか、好きが溢れちまうというか」

「それだけ我慢するのが難しいことをしてみせたら、やっぱり見直してくれるんじゃないかしら」

「そうかい?」

 ロビンが言うのなら、そうなのかもしれない。タバコをくわえながら考える。他にいい案が浮かぶ訳もなく、サンジは心に決めて立ち上がった。

「よし、今からレディにデレデレしねェようにするか!」

「ふふ、それがいいと思うわ」

 ロビンは心無しか楽しそうだ。その唇はゆるく弧を描いている。ああ、吸い付きたい――ではなく。邪な心を振り払い、サンジはロビンに礼を言う。

「ありがとう、ロビンちゃん。話聞いてくれて」

「どういたしまして。明日から楽しみだわ」

 やはり楽しんでいるらしい。そんなところも素敵だ、と言いかけ、サンジは再び口を噤む。ロビンは察したらしく、クスクスと笑った。
 ダイニングでそんな話をしているとは露知らず。当のクロエは、浴室で呑気に鼻歌を歌いながらシャワーを浴びていた。

20210416


back

- ナノ -