口に入れた瞬間に香るアーモンドの心地良さ、滑らかな舌触り、すっと消える甘さ。それは気品高く、ふくよかで、奥深い。初めて彼の作ったショコラを食べた時から、恋をしている。彼の作る魔法のような料理に。
クロエは測量室でもある図書室が、この船の中で一番好きだった。何より本が好きだったし、静かで落ち着く。
航海中は、皆の持ち込んだ本を一冊ずつ読むことが、クロエの楽しみだった。彼らの本を読むことで、皆のことがもっと知れたような気になれるから。
チョッパーの本はほとんど医学の本で、頭が痛くなりながらも丁寧に読んだ。ロビンの本やナミの本も、医学よりは易しかったけれど、やはり内容は難しいものが多かった。フランキーの本も、彼女たちと同じくらいの難易度だったことを覚えている。ブルックの本は楽譜が多く、これは読み方を彼に教わりながら読んだ。ゾロの本は主に刀、ウソップの本は科学的なもので、ルフィの本はというと、残念ながらどこにもなかった。そして、最後に取っておいたサンジの本に、クロエは今日、ようやく手を伸ばした。
分厚い本のタイトルは、『ラルース・ガストロノミック』。彼の本を読むことで、彼の作る料理の秘密を知ることが出来る。いけないことをしているような、そんな背徳感もあったが、やはり好奇心が勝る。両手で本を大事に抱え、クロエはテーブルに座った。
重い表紙をぱたんと捲る。年季の入ったその本には、様々な料理の写真とそのレシピが、クリーム色のページに書かれていた。ところどころにサンジのものと思わしきメモがある。『50分低温で蒸し焼き』。『残り肉を器に入れる』。隅々まで夢中で読んでいたクロエは、隣に人が立っていることに気づかなかった。
「お、おれの本読んでる」
上から落ちてきた声に、はっと顔を上げると、声の主、サンジは少し眉を下げた。
「ごめん、驚かせちまったかな」
「……ううん、大丈夫」
「クロエちゃんにデザートを持ってきたんだ」
サンジはトレーに乗ったチョコレートパフェを本の横に置いた。ありがとうと礼を言うと、隣に座ってもいいかとサンジが聞いてきたので、断る理由もなく頷く。本当はサンジの本を読んでいると知られたくなかったが、見つかってしまってはしょうがない。
本を閉じて脇に寄せようとすると、サンジはこちらに手を差し出してきた。
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「あ、もちろん!」
本を渡すと、サンジはぱらぱらとページをめくり、懐かしいなと呟いた。
「そういえば、この本もバラティエ出るときに持ってきたんだった……クロエちゃん、みんなの本を順番に読んでるよね?」
いつおれの本読んでくれるのかなって思ってたんだ、と彼は微笑む。どうしてそれを知ってるのか、サンジの本を読んでなかったことにどうして気づいたのか。クロエは疑問に思いながらも頷いた。
「……サンジの料理の秘密を知るのは、後にとっておこうって思ってたの」
「どうして、おれの料理の秘密を知りたかったんだい?」
「それは、その、サンジの料理は今までに食べた中で一番美味しくて、大好き……だから」
少し恥ずかしくて、俯き加減にそう言った瞬間、サンジは胸を押さえてテーブルに突っ伏した。
「サンジ?」
「……クロエちゃん、今のは反則だ……」
全く予期してなかった、とサンジは呟きながら身を起こした。それから、照れたように、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、コック冥利に尽きるよ」
彼を喜ばせたことに、クロエは自分も嬉しくなった。どういたしましてと微笑む。
「クロエちゃんは、おれの料理のどこが好き?」
「うーん、まず美味しいところ、それからサンジみたいに、優しい味をしてるところ、味に深みがあるところ、栄養をきちんと考えられてるところ、あとは……」
目の前にあるパフェを一口食べる。ぱっと口の中でバニラが広がった。無意識に口角が上がる。
「……私を幸せにしてくれるところかな」
にっこりと笑って言うと、サンジはでれっと顔を崩した。
「クロエちゃんは、一生おれの料理を食いたいと思う?」
「うん! できることなら」
深い意味を考えず頷くと、彼は、これは結婚、結婚だな、とデレデレした顔で呟き始めた。今の言葉からどうして結婚になったのかはわからないが、サンジとの結婚もいいかもしれない、と思う自分がいた。
ちょっと女好きだけれど、優しくて素敵だし、強くてかっこいい。何より、彼の料理を毎日食べられる。これ以上ない幸福だ。
にやけているサンジの肩を軽く叩き、クロエは言った。
「……まずはお友達から始めよう?」
20191117
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クロエは測量室でもある図書室が、この船の中で一番好きだった。何より本が好きだったし、静かで落ち着く。
航海中は、皆の持ち込んだ本を一冊ずつ読むことが、クロエの楽しみだった。彼らの本を読むことで、皆のことがもっと知れたような気になれるから。
チョッパーの本はほとんど医学の本で、頭が痛くなりながらも丁寧に読んだ。ロビンの本やナミの本も、医学よりは易しかったけれど、やはり内容は難しいものが多かった。フランキーの本も、彼女たちと同じくらいの難易度だったことを覚えている。ブルックの本は楽譜が多く、これは読み方を彼に教わりながら読んだ。ゾロの本は主に刀、ウソップの本は科学的なもので、ルフィの本はというと、残念ながらどこにもなかった。そして、最後に取っておいたサンジの本に、クロエは今日、ようやく手を伸ばした。
分厚い本のタイトルは、『ラルース・ガストロノミック』。彼の本を読むことで、彼の作る料理の秘密を知ることが出来る。いけないことをしているような、そんな背徳感もあったが、やはり好奇心が勝る。両手で本を大事に抱え、クロエはテーブルに座った。
重い表紙をぱたんと捲る。年季の入ったその本には、様々な料理の写真とそのレシピが、クリーム色のページに書かれていた。ところどころにサンジのものと思わしきメモがある。『50分低温で蒸し焼き』。『残り肉を器に入れる』。隅々まで夢中で読んでいたクロエは、隣に人が立っていることに気づかなかった。
「お、おれの本読んでる」
上から落ちてきた声に、はっと顔を上げると、声の主、サンジは少し眉を下げた。
「ごめん、驚かせちまったかな」
「……ううん、大丈夫」
「クロエちゃんにデザートを持ってきたんだ」
サンジはトレーに乗ったチョコレートパフェを本の横に置いた。ありがとうと礼を言うと、隣に座ってもいいかとサンジが聞いてきたので、断る理由もなく頷く。本当はサンジの本を読んでいると知られたくなかったが、見つかってしまってはしょうがない。
本を閉じて脇に寄せようとすると、サンジはこちらに手を差し出してきた。
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「あ、もちろん!」
本を渡すと、サンジはぱらぱらとページをめくり、懐かしいなと呟いた。
「そういえば、この本もバラティエ出るときに持ってきたんだった……クロエちゃん、みんなの本を順番に読んでるよね?」
いつおれの本読んでくれるのかなって思ってたんだ、と彼は微笑む。どうしてそれを知ってるのか、サンジの本を読んでなかったことにどうして気づいたのか。クロエは疑問に思いながらも頷いた。
「……サンジの料理の秘密を知るのは、後にとっておこうって思ってたの」
「どうして、おれの料理の秘密を知りたかったんだい?」
「それは、その、サンジの料理は今までに食べた中で一番美味しくて、大好き……だから」
少し恥ずかしくて、俯き加減にそう言った瞬間、サンジは胸を押さえてテーブルに突っ伏した。
「サンジ?」
「……クロエちゃん、今のは反則だ……」
全く予期してなかった、とサンジは呟きながら身を起こした。それから、照れたように、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、コック冥利に尽きるよ」
彼を喜ばせたことに、クロエは自分も嬉しくなった。どういたしましてと微笑む。
「クロエちゃんは、おれの料理のどこが好き?」
「うーん、まず美味しいところ、それからサンジみたいに、優しい味をしてるところ、味に深みがあるところ、栄養をきちんと考えられてるところ、あとは……」
目の前にあるパフェを一口食べる。ぱっと口の中でバニラが広がった。無意識に口角が上がる。
「……私を幸せにしてくれるところかな」
にっこりと笑って言うと、サンジはでれっと顔を崩した。
「クロエちゃんは、一生おれの料理を食いたいと思う?」
「うん! できることなら」
深い意味を考えず頷くと、彼は、これは結婚、結婚だな、とデレデレした顔で呟き始めた。今の言葉からどうして結婚になったのかはわからないが、サンジとの結婚もいいかもしれない、と思う自分がいた。
ちょっと女好きだけれど、優しくて素敵だし、強くてかっこいい。何より、彼の料理を毎日食べられる。これ以上ない幸福だ。
にやけているサンジの肩を軽く叩き、クロエは言った。
「……まずはお友達から始めよう?」
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