衝撃とともに、大きな爆発音が城内に響く。
ソファで新聞を読んでいたクロエは、何事だと後ろを振り返った。そこにはベビー5が、自分の体である武器を使って、若を攻撃している姿があった。若は顔色一つ変えず、電話しながら彼女の攻撃をひょいひょい避けている。とりあえず止めなければ。
新聞をたたみ、立ち上がる。
「ちょっと、何してんのよ、ベビー5!!」
彼女は泣き叫んだ。
「今度という今度は許さない!! ぶち殺してやるのよ、このクズ野郎を!!!」
「……ああ、そういうことね」
薄々勘づいてはいた。金目的の男から求婚されて、断れないベビー5はすんなりOKして、若にその男の住む町ごと焼き払われたかなんかしたのだろう。何もしなくても若が止めると思い、再びソファに座ると、ベビー5が何故かこちらに叫んだ。
「ちょ、何納得してんのよ!!」
新聞を再び広げながら答える。
「今の言葉で大体わかるわよ。あんたの考えることは単純すぎて笑えるわ」
後ろから飛んできたナイフを、首を動かして避ける。クロエはムッとベビー5を睨んだ。
「こっちに矛先向けないでくれる? ウザったいから」
「!!」
ついいつもの調子で言ってしまうと、ベビー5はワナワナと震え、こちらに襲いかかってきた。完全に飛び火してしまったようだ。
「あんた、昔から目障りだったのよ!!!」
「あら奇遇ね、私もそう思ってたわ」
繰り出される攻撃に刀で応戦しながら答える。さっさと終わらせたいが、あいにくベビー5と自分の力は互角だ。
クロエは溜息をつき、若の方を見た。ちょうど電話を終えたところだった。
「おいベビー5、その辺にしとけ」
若がくい、と指を動かすと、拳銃を持ったベビー5の腕が彼女のこめかみまで上がる。
「何……!!」
「このまま引き金引かれたくなかったら、大人しくしろ」
悔しげに歯を食いしばりながら、ベビー5が頷く。若は指を解いた。
がくんと床に座り込んだ彼女は、涙を腕で拭い、若を睨みつけると、部屋から出て行った。やれやれ、やっと静かになった。横倒しになってしまったソファを戻し、新聞を読もうと座る。
若に礼を言うと、この城を壊されるのは困るから止めたのだと彼は言った。
「フッフッフッフッ、せっかく血の気の多い奴がいるのに仕事がねェとは……」
本当にそうだ。あのエネルギーを仕事に使って欲しい。うんうん、とクロエは頷き、新聞へ目を落とした。
彼女の泣き声が、遠くから微かに聞こえてくる。後で部屋に行ってみようか、とふと思い、やはり自分は彼女に甘いなと自嘲した。
*
部屋をノックすると、なに、と不機嫌そうな声が聞こえてきた。私よ、と言うと、何しに来たの、なんてつっけんどんに聞かれる。
「あんたがまだ泣いてるのか、確かめに来たのよ」
「残念、私は泣いてないわ」
彼女の声は、若干鼻声になっていた。
「本当か確かめるから、開けてくれる?」
「……いいわよ」
錠が回り、扉が開いた。同じ目線に立つ彼女は、涙の跡は見えるものの、言葉通り泣いてはいなかった。
もういいでしょ、と扉を閉めようとするベビー5を止め、無理やり部屋の中へ入る。クローゼットとベッド、そして買わされたのだろう壺などが、雑多に床に置かれている。
「何勝手に入ってるのよ」
「いいじゃない、女同士なんだし……あんた今借金いくら?」
ベビー5は、なんであんたに教えなきゃいけないの、という顔をしたが、渋々答えた。
「……9800万ベリーよ」
「わーお、大台間近ね」
必要とされている、と思うと、どんなに胡散臭い物も買ってしまうし、断れない。それが、ベビー5という女だ。
「……ねえ」
ふっと思いつき、笑みを隠しながら彼女を呼ぶ。ベッドに座り訝しげな顔をしている彼女の隣に、腰を下ろした。
「何よ」
「私、あんたがいないと生きていけないかもしれない」
「えっ!?」
ベビー5は目を見開き、ぽっと頬が赤らめた。今まで必要としていると言ってみたことはなく、自分にも反応するか疑問だったが、この反応を見る限り、誰にでも発動するものらしい。心の中でほくそ笑みながら、クロエは話を続ける。
「考えてみたら、あんたがいないと、張り合いがないっていうか……同じくらいの戦力だし、ライバルになってちょうどいいんだと思う」
でまかせを言うと、ベビー5はますます顔を赤くし、もじもじとエプロンの裾をいじり始めた。
「そ、そんなことをあんたの口から聞けるなんて……もしかして、私、クロエにとってなくてはならない存在?」
上目づかいでこちらを見る彼女に、しっかりと頷いた。
「うん、私の人生にベビー5が必要」
「クロエ!!」
感極まったように、がばっと抱きしめられる。クロエはベビー5の艶やな黒髪を撫でながら囁いた。今度は、本当にしてほしいことを。
「だからね、ベビー5」
「うん?」
「他の人の言うことを聞いちゃダメよ。私の言うことだけ聞いて、私のために生きて。これが、ベビー5が私のために唯一できること」
彼女の瞳が揺らいだが、それは一瞬のことで、ベビー5はゆっくりと頷いた。純粋な彼女に、思わず笑みが漏れる。なんて騙されやすいのだろう。
でもそこが可愛いのよね、と間近にある端正な顔を見つめながら思う。気に食わないと思ったことはないし、ライバルだとも思わない。ただ自分にはない、その純粋さが愛おしいだけ。
これで他の人の言う事を聞かなくなるとは思えないし、借金も増えていくだろう。それでもクロエは構わなかった。この単純でかわいらしい頭の片隅で、自分のことを少しでも思うのであれば。
「好きよ、ベビー5」
だから、私のそばから離れないで。
20190412
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ソファで新聞を読んでいたクロエは、何事だと後ろを振り返った。そこにはベビー5が、自分の体である武器を使って、若を攻撃している姿があった。若は顔色一つ変えず、電話しながら彼女の攻撃をひょいひょい避けている。とりあえず止めなければ。
新聞をたたみ、立ち上がる。
「ちょっと、何してんのよ、ベビー5!!」
彼女は泣き叫んだ。
「今度という今度は許さない!! ぶち殺してやるのよ、このクズ野郎を!!!」
「……ああ、そういうことね」
薄々勘づいてはいた。金目的の男から求婚されて、断れないベビー5はすんなりOKして、若にその男の住む町ごと焼き払われたかなんかしたのだろう。何もしなくても若が止めると思い、再びソファに座ると、ベビー5が何故かこちらに叫んだ。
「ちょ、何納得してんのよ!!」
新聞を再び広げながら答える。
「今の言葉で大体わかるわよ。あんたの考えることは単純すぎて笑えるわ」
後ろから飛んできたナイフを、首を動かして避ける。クロエはムッとベビー5を睨んだ。
「こっちに矛先向けないでくれる? ウザったいから」
「!!」
ついいつもの調子で言ってしまうと、ベビー5はワナワナと震え、こちらに襲いかかってきた。完全に飛び火してしまったようだ。
「あんた、昔から目障りだったのよ!!!」
「あら奇遇ね、私もそう思ってたわ」
繰り出される攻撃に刀で応戦しながら答える。さっさと終わらせたいが、あいにくベビー5と自分の力は互角だ。
クロエは溜息をつき、若の方を見た。ちょうど電話を終えたところだった。
「おいベビー5、その辺にしとけ」
若がくい、と指を動かすと、拳銃を持ったベビー5の腕が彼女のこめかみまで上がる。
「何……!!」
「このまま引き金引かれたくなかったら、大人しくしろ」
悔しげに歯を食いしばりながら、ベビー5が頷く。若は指を解いた。
がくんと床に座り込んだ彼女は、涙を腕で拭い、若を睨みつけると、部屋から出て行った。やれやれ、やっと静かになった。横倒しになってしまったソファを戻し、新聞を読もうと座る。
若に礼を言うと、この城を壊されるのは困るから止めたのだと彼は言った。
「フッフッフッフッ、せっかく血の気の多い奴がいるのに仕事がねェとは……」
本当にそうだ。あのエネルギーを仕事に使って欲しい。うんうん、とクロエは頷き、新聞へ目を落とした。
彼女の泣き声が、遠くから微かに聞こえてくる。後で部屋に行ってみようか、とふと思い、やはり自分は彼女に甘いなと自嘲した。
*
部屋をノックすると、なに、と不機嫌そうな声が聞こえてきた。私よ、と言うと、何しに来たの、なんてつっけんどんに聞かれる。
「あんたがまだ泣いてるのか、確かめに来たのよ」
「残念、私は泣いてないわ」
彼女の声は、若干鼻声になっていた。
「本当か確かめるから、開けてくれる?」
「……いいわよ」
錠が回り、扉が開いた。同じ目線に立つ彼女は、涙の跡は見えるものの、言葉通り泣いてはいなかった。
もういいでしょ、と扉を閉めようとするベビー5を止め、無理やり部屋の中へ入る。クローゼットとベッド、そして買わされたのだろう壺などが、雑多に床に置かれている。
「何勝手に入ってるのよ」
「いいじゃない、女同士なんだし……あんた今借金いくら?」
ベビー5は、なんであんたに教えなきゃいけないの、という顔をしたが、渋々答えた。
「……9800万ベリーよ」
「わーお、大台間近ね」
必要とされている、と思うと、どんなに胡散臭い物も買ってしまうし、断れない。それが、ベビー5という女だ。
「……ねえ」
ふっと思いつき、笑みを隠しながら彼女を呼ぶ。ベッドに座り訝しげな顔をしている彼女の隣に、腰を下ろした。
「何よ」
「私、あんたがいないと生きていけないかもしれない」
「えっ!?」
ベビー5は目を見開き、ぽっと頬が赤らめた。今まで必要としていると言ってみたことはなく、自分にも反応するか疑問だったが、この反応を見る限り、誰にでも発動するものらしい。心の中でほくそ笑みながら、クロエは話を続ける。
「考えてみたら、あんたがいないと、張り合いがないっていうか……同じくらいの戦力だし、ライバルになってちょうどいいんだと思う」
でまかせを言うと、ベビー5はますます顔を赤くし、もじもじとエプロンの裾をいじり始めた。
「そ、そんなことをあんたの口から聞けるなんて……もしかして、私、クロエにとってなくてはならない存在?」
上目づかいでこちらを見る彼女に、しっかりと頷いた。
「うん、私の人生にベビー5が必要」
「クロエ!!」
感極まったように、がばっと抱きしめられる。クロエはベビー5の艶やな黒髪を撫でながら囁いた。今度は、本当にしてほしいことを。
「だからね、ベビー5」
「うん?」
「他の人の言うことを聞いちゃダメよ。私の言うことだけ聞いて、私のために生きて。これが、ベビー5が私のために唯一できること」
彼女の瞳が揺らいだが、それは一瞬のことで、ベビー5はゆっくりと頷いた。純粋な彼女に、思わず笑みが漏れる。なんて騙されやすいのだろう。
でもそこが可愛いのよね、と間近にある端正な顔を見つめながら思う。気に食わないと思ったことはないし、ライバルだとも思わない。ただ自分にはない、その純粋さが愛おしいだけ。
これで他の人の言う事を聞かなくなるとは思えないし、借金も増えていくだろう。それでもクロエは構わなかった。この単純でかわいらしい頭の片隅で、自分のことを少しでも思うのであれば。
「好きよ、ベビー5」
だから、私のそばから離れないで。
20190412
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