サンジにとって、サニー号で皆に給仕するひと時は、最も好きな時間だった。仲間たちが自分の料理を、美味いと言って食べてくれるのは(一流コックが作っているので当然のことだが)、やはり嬉しいものだ。皆の笑顔を見るたび心が満たされ、さらに、最近仲間に入ったナマエの存在が、よりサンジにそのひと時を楽しみにさせた。
彼女はまず、目を輝かせて料理を見つめる。それから手を合わせ、小声でいただきます、と言う。フォークを手に取り一口食べると、少し口角を上げ、とても幸せそうな表情をする。
その表情を初めて見た時、サンジはズキュンと心を射抜かれた。自分の作ったものを、こんなに幸せそうに食べてくれる。そしてそれが女性なら尚のこと。以来、給仕しながらナマエを盗み見るのが日課になったサンジは、ルフィがナマエの料理に手を伸ばそうとするのを阻止したり、彼女の飲み物を注いだりして、ナマエが食事に集中できるよう気を配った。
そんなある日のことだった。皆の喜ぶ顔を思い浮かべながら昼食を作っていると、ダイニングにナマエが入ってきた。手にはスケッチブックと絵描き道具を持っている。
「サ、サンジさん……!」
名前を呼ばれ、サンジは驚いた。ナマエは口数が少なく、名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。どうしたのか聞くと、ナマエはしどろもどろに(そんなナマエちゃんも可愛い)答えた。
「あの、ここで絵を描いてもいい……?」
「ああ、いいよ」
ここは誰のものでもないから、自由に使っていいんだよと笑うと、ナマエはわかった、と頷いた。
包丁で野菜をリズムよく刻む中、鉛筆が紙の上を滑る音が聞こえてくる。視線を感じて目を上げると、ナマエとバッチリ目が合った。慌てたように、彼女は紙の上へ視線をそらす。サンジもまた手元に目を戻したが、少ししてまた視線を感じた。迷いなく鉛筆を動かす音。これはもしかして。
(おれを描いてるのか……?)
それに気づき、サンジは表情を緩めた。ナマエは、故郷では有名な画家だったという。モデルになるのは初めてで、くすぐったいような気持ちになった。
10分ほど経った頃。料理を煮込んでいる間に、ナマエの前にグラスを置く。ナマエはハッとした様子で、描いているものが見えないように、スケッチブックをテーブルに伏せた。
「アイスティーでよかった?」
「うん、ありがとう……」
小さな声で礼を言い、ナマエはグラスを傾ける。一口飲んだところで、サンジは尋ねた。
「何を描いてるんだい?」
えっと、とナマエは困ったように視線を彷徨わせる。嫌なら言わなくていいよと慌てて言うと、彼女は首を振った。
「あの……サンジさんを、描いてるの」
「やっぱり、そうか」
「えっ?」
「いや、ナマエちゃんからの熱い視線をずっと感じてたから」
そう言うと恥ずかしくなったのか、ナマエは顔を赤くして俯いた。可愛らしい反応に顔がデレっと崩れるが、それでは彼女を困らせてしまうと思い、すぐに真顔に戻した。
「……見せてもらっても、いい?」
ナマエは頷き、スケッチブックをこちらに差し出した。受け取って裏を返すと、そこには自分がいた。緩やかで繊細な鉛筆の線で描かれた自分は、笑みを浮かべ、楽しそうに料理している。
「すげェな……」
「あ、あんまり人を描いたことなくて、上手く描けてるか自信ないんだけど……」
「いや、クソ上手いと思うよ……なんでおれを描こうと思ったんだい?」
ナマエは少し口ごもりながら答えた。
「サンジさんの料理はすごく美味しいから、何か秘密があるのかなと思って、料理してるところを見たかったの。それにみんなに聞いたら、サンジさんはいつも楽しそうに作ってるって聞いて、描いてみたくなって……こそこそ描いて、ごめんなさい」
「ああいや、大丈夫だよ。むしろナマエちゃんに描いてもらえて、すげェ嬉しい」
秘密ってのはわかった?と聞くと、ナマエは頷いた。
「……サンジさんは、心を込めて料理を作ってる。だからあんなに美味しい料理が出来上がるんだって、わかった」
心を込めて料理を作る。サンジがいつも心がけていることだ。はたから見ても、それがわかってもらえるのは、嬉しい。
「いつも、美味しい料理をありがとう」
そう言って笑みを浮かべたナマエに、またしても心を射抜かれた。抱きしめたくなるのを堪え、彼女に屈み込む。
「礼を言うのはこっちの方さ。なんせコックは、食ってくれる人がいなけりゃ、料理を作れない。それにみんな、美味いって言ってくれる。ナマエちゃんの幸せそうな顔を見るたびに、コックやっててよかったと思うんだ」
ナマエは一瞬目を見開いて、それから頬を赤らめた。そうやって恥ずかしがるところも可愛らしい。サンジは笑って言った。
「これからも、ナマエちゃんに美味いって思ってもらえるような料理を作れるように、頑張るよ」
「……これ以上美味しい料理作られたら、私、すごい顔になっちゃうかも」
「はは、そりゃ見てみてェな」
笑い返し、そろそろ煮えたかと立ち上がる。ナマエも再びスケッチブックを持ち、遠慮がちに言った。
「もうちょっとだけ、サンジさんを描いてていい?」
「ああ、好きなだけ描いていいよ」
ありがとうと礼を言って、ナマエは絵の中へ視線を落とした。話していた時とは違う、真剣な表情。
料理は芸術のようなものだと言った、ゼフの言葉を思い出す。どんなに人に作り方を教わっても、同じようには決して作れない。その人自身の『味』が料理に出るからだ。
この船のクルー達にとって、自分の料理はどんな風に感じられるだろう。そういえば、今まで聞いたことがない。昼食が終わったら聞いてみようか。
煮込み具合を確認しながら、どんな言葉が出るか想像し、サンジは微笑んだ。
20181009
back
彼女はまず、目を輝かせて料理を見つめる。それから手を合わせ、小声でいただきます、と言う。フォークを手に取り一口食べると、少し口角を上げ、とても幸せそうな表情をする。
その表情を初めて見た時、サンジはズキュンと心を射抜かれた。自分の作ったものを、こんなに幸せそうに食べてくれる。そしてそれが女性なら尚のこと。以来、給仕しながらナマエを盗み見るのが日課になったサンジは、ルフィがナマエの料理に手を伸ばそうとするのを阻止したり、彼女の飲み物を注いだりして、ナマエが食事に集中できるよう気を配った。
そんなある日のことだった。皆の喜ぶ顔を思い浮かべながら昼食を作っていると、ダイニングにナマエが入ってきた。手にはスケッチブックと絵描き道具を持っている。
「サ、サンジさん……!」
名前を呼ばれ、サンジは驚いた。ナマエは口数が少なく、名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。どうしたのか聞くと、ナマエはしどろもどろに(そんなナマエちゃんも可愛い)答えた。
「あの、ここで絵を描いてもいい……?」
「ああ、いいよ」
ここは誰のものでもないから、自由に使っていいんだよと笑うと、ナマエはわかった、と頷いた。
包丁で野菜をリズムよく刻む中、鉛筆が紙の上を滑る音が聞こえてくる。視線を感じて目を上げると、ナマエとバッチリ目が合った。慌てたように、彼女は紙の上へ視線をそらす。サンジもまた手元に目を戻したが、少ししてまた視線を感じた。迷いなく鉛筆を動かす音。これはもしかして。
(おれを描いてるのか……?)
それに気づき、サンジは表情を緩めた。ナマエは、故郷では有名な画家だったという。モデルになるのは初めてで、くすぐったいような気持ちになった。
10分ほど経った頃。料理を煮込んでいる間に、ナマエの前にグラスを置く。ナマエはハッとした様子で、描いているものが見えないように、スケッチブックをテーブルに伏せた。
「アイスティーでよかった?」
「うん、ありがとう……」
小さな声で礼を言い、ナマエはグラスを傾ける。一口飲んだところで、サンジは尋ねた。
「何を描いてるんだい?」
えっと、とナマエは困ったように視線を彷徨わせる。嫌なら言わなくていいよと慌てて言うと、彼女は首を振った。
「あの……サンジさんを、描いてるの」
「やっぱり、そうか」
「えっ?」
「いや、ナマエちゃんからの熱い視線をずっと感じてたから」
そう言うと恥ずかしくなったのか、ナマエは顔を赤くして俯いた。可愛らしい反応に顔がデレっと崩れるが、それでは彼女を困らせてしまうと思い、すぐに真顔に戻した。
「……見せてもらっても、いい?」
ナマエは頷き、スケッチブックをこちらに差し出した。受け取って裏を返すと、そこには自分がいた。緩やかで繊細な鉛筆の線で描かれた自分は、笑みを浮かべ、楽しそうに料理している。
「すげェな……」
「あ、あんまり人を描いたことなくて、上手く描けてるか自信ないんだけど……」
「いや、クソ上手いと思うよ……なんでおれを描こうと思ったんだい?」
ナマエは少し口ごもりながら答えた。
「サンジさんの料理はすごく美味しいから、何か秘密があるのかなと思って、料理してるところを見たかったの。それにみんなに聞いたら、サンジさんはいつも楽しそうに作ってるって聞いて、描いてみたくなって……こそこそ描いて、ごめんなさい」
「ああいや、大丈夫だよ。むしろナマエちゃんに描いてもらえて、すげェ嬉しい」
秘密ってのはわかった?と聞くと、ナマエは頷いた。
「……サンジさんは、心を込めて料理を作ってる。だからあんなに美味しい料理が出来上がるんだって、わかった」
心を込めて料理を作る。サンジがいつも心がけていることだ。はたから見ても、それがわかってもらえるのは、嬉しい。
「いつも、美味しい料理をありがとう」
そう言って笑みを浮かべたナマエに、またしても心を射抜かれた。抱きしめたくなるのを堪え、彼女に屈み込む。
「礼を言うのはこっちの方さ。なんせコックは、食ってくれる人がいなけりゃ、料理を作れない。それにみんな、美味いって言ってくれる。ナマエちゃんの幸せそうな顔を見るたびに、コックやっててよかったと思うんだ」
ナマエは一瞬目を見開いて、それから頬を赤らめた。そうやって恥ずかしがるところも可愛らしい。サンジは笑って言った。
「これからも、ナマエちゃんに美味いって思ってもらえるような料理を作れるように、頑張るよ」
「……これ以上美味しい料理作られたら、私、すごい顔になっちゃうかも」
「はは、そりゃ見てみてェな」
笑い返し、そろそろ煮えたかと立ち上がる。ナマエも再びスケッチブックを持ち、遠慮がちに言った。
「もうちょっとだけ、サンジさんを描いてていい?」
「ああ、好きなだけ描いていいよ」
ありがとうと礼を言って、ナマエは絵の中へ視線を落とした。話していた時とは違う、真剣な表情。
料理は芸術のようなものだと言った、ゼフの言葉を思い出す。どんなに人に作り方を教わっても、同じようには決して作れない。その人自身の『味』が料理に出るからだ。
この船のクルー達にとって、自分の料理はどんな風に感じられるだろう。そういえば、今まで聞いたことがない。昼食が終わったら聞いてみようか。
煮込み具合を確認しながら、どんな言葉が出るか想像し、サンジは微笑んだ。
20181009
back