愛 | ナノ
 シルヴィアの話では、隣のアパートに住むマグルの青年、ベン・カルディコットは画家の卵であり、最近個展を初めて開いた、ということだった。何故彼女がそんなことを知っているのかというと、答えは簡単、シルヴィアはベン・カルディコットと『世間話』をする仲だからだ。

「たまにね、家を出入りするときに会ったりするの。最初は挨拶だけだったんだけど、徐々に話をするようになって」

 シルヴィアはそう言って微笑んだ。その笑顔には後ろめたさなど何もなかった。

「……そうか」

 感情が顔にあらわれていたらしい。シルヴィアは慌てたように話し出した。

「別に、何もないのよ。ご近所さんってだけで……私のことなんか、そういう目で見てないだろうし」

「どうかな……君は余計な愛想を振りまきすぎる。その男は自分に気があると思ってもおかしくはない」

「そんなこと!」

 シルヴィアはガタンとテーブルから立ち上がった。テーブル上のティーカップが同時に音を立てる。少し驚いていると、彼女は立ち上がったことを恥らうように、もう一度椅子に座りなおした。

「そんなこと、あるわけないじゃない。彼は私が人妻だって知ってるし、私があなたしか見てないのはわかってるでしょう……?」

 紅茶を飲みながら、ちらりとこちらを見たシルヴィアの目は潤んでいた。あらぬ疑いをかけられた悲しさか、最後の言葉を言った恥ずかしさか。どちらにせよ、もう彼女への黒い感情は消え去っていた。セブルスは謝り、忌々しい画家の男から話題を変えた。

 もうシルヴィアがこの男のことを話すことはないだろうと思っていたが、その二週間後、再び男の名前が食卓に上がった。シルヴィアはとても言いづらそうに話を切り出し、次のことを話した。なんでも、シルヴィアは先の自分との会話から、牽制の意味も込めて男に夫の話をしていたが、その話を聞いて、なんと自分と彼女の肖像画を描きたいと言いだしたそうだ。

「彼、来月にはアパートを出て行くみたいで、最後に私たちの絵を描きたいって言ってるの。私は描いてもらいたいと思うけど、あなたはどう思う?」

 様子を伺うようにこちらを見ながら、シルヴィアは言った。どうして奴がそう思ったのかは知らないが、彼女が描いて欲しいと思うのなら、条件によっては受けてもいい。報酬は何かあるのかと尋ねると、シルヴィアはぱっと顔を輝かせた。

「その絵を私たちにくれるって言ってるわ。一度だけ彼の絵を見たけど、柔らかくて繊細で……とっても上手よ! 個展を開くくらいだし」

「その絵はどこで見た? まさかーー」

「違うわ! 彼が部屋から持ってきてくれたの」

 シルヴィアは手を振って答える。セブルスは頷き、拘束時間を聞いた。三日間で9時間、一日3時間ということだった。休暇中のためとりわけやることもなく、暇をつぶすにはいいだろう。服装も何でもいいとのことだった。セブルスが了承すると、シルヴィアはとても嬉しそうに笑った。

「私ね、一度でいいからモデルになってみたいと思ってたの。それが実現するなんて……それにあなたと一緒に描かれるなんて……素敵、夢みたいだわ」

 夢見るようなうっとりとした目で見つめられ、セブルスの胸がどきりと音を立てる。このセブルスが買った家に彼女と住んで半年が過ぎていたが、シルヴィアの言葉や表情には未だに心をかき乱される。それは決して嫌なものではなく、切なく甘美な、いつまでも味わっていたいものだった。

 次の日、早速会いに行こうとシルヴィアに連れられ、隣のアパートに向かった。部屋番号を教わっていたシルヴィアが、チャイムを鳴らす。出てきた男を見た瞬間、セブルスは踵を返そうとした。くしゃくしゃの憎むべき癖毛頭にメガネ――いかにもポッター風の男がそこにいた。
 シルヴィアは察したのか、するりと腕を組み、強引に中へ入った。ポッター風の男はこちらを見ていけ好かない笑みを浮かべた。

「こんにちは、奥さん。そちらがご主人ですか?」

「ええ、セブルスっていうの」

 ほら挨拶してと言わんばかりに肘でつつかれ、セブルスは仕方なく口を開いた。

「……どうも。妻とよく話しているようで」

「ええ、よく話させていただいてます……あなたのことを聞いて、ぜひお会いしたいと思ってたんです。いやあ、厳格な教師という感じで、独特な雰囲気もあっていいですねえ」

 何がいいのかわからないが、ポッター風の男はしみじみと頷いている。早速描いてもいいかと聞かれ了承すると、リビングに通された。白い壁には、男が描いたものらしい絵が多く立てかけられていた。芸術にはあまり詳しくないセブルスでも、それぞれの絵に何か惹きつけられるものを感じた。なるほど、確かに才能はあるかもしれない。
 ソファに座って好きなポーズをとって欲しいと言われたが、セブルスは普通に腰かけた。シルヴィアもどうポーズを取ればいいかわからないのか、隣に同じように座った。

「うーん、固いですねー。もっと仲睦まじい感じを出して欲しいです」

 イーゼル越しに言われた言葉に反応して、シルヴィアは自分と腕を組み、こちらにそっともたれてきた。

「おお、いいですねえ、奥さん。ご夫婦の仲の良さがあらわれてます」

 シルヴィアははにかみ、こちらに笑みを向けた。セブルスも自然と頬が緩む。その瞬間を見落とさなかったのか、男はシャッシャッと忙しなく鉛筆を動かし始めた。
 一時間ごとに10分の休憩を挟みながら、三時間が過ぎた。同じ姿勢でいるのは思った以上にきついものだった。絵はまだ完成していないからということで、見せてはくれなかった。次の日も男は同じことを言い、最終日もそんなことを言った。

「まだ完成しないのかね?」

 眉間を寄せて聞くと、男は飄々と答えた。

「塗り足りない部分があるんです。差し上げるからには、自分が納得する絵にしたいので」

「さすが、芸術家ね。私たちはいつでもいいわ、そうでしょう、セブルス?」

 モデルをしているのだから、少しくらい見せてもいいのではと思ったが、シルヴィアに言われ、しぶしぶ頷く。
 ポッター男が完成した絵を持ってきたのは、それから3日後のことだった。チャイムの音にシルヴィアが出て、戻ってきた彼女の手には新聞紙に覆われた大きめのカンヴァスがあった。

「上がってって言ったんだけど、引っ越しの準備があるからって行っちゃったわ」

 カンヴァスを丁寧にテーブルに置き、シルヴィアは残念そうに言う。ポッター男にしては、遠慮というものを心得ているらしい。
 シルヴィアに言われ、セブルスがゆっくりと新聞紙を外すと、そこには繊細なタッチで描かれた、幸せそうな夫婦がいた。まず目を引くのは、綺麗なブロンドをしたシルヴィアの美しさ。こちらに少し恥ずかしそうな笑みを向けている。彼女がもたれているのは、まぎれもない自分だった。一見顔をしかめているように見えるが、よく見ると口元が緩んでいるのがわかる。

「……素敵な絵ね」

 言葉を失うセブルスの後ろで、シルヴィアが呟いた。彼女によく見えるようにテーブルの上に置こうとするが、絵はそうやって見るものじゃないと言って、シルヴィアは絵を壁にそっと立てかけた。
 二人はしばらく何も言わず、ただ絵を見続けた。ずっと見ていたいと思わせる何かがあった。窓の外が徐々に暗くなっていくのを感じたのか、シルヴィアははっとして立ち上がった。

「こうしちゃいられないわ、カルディコットさんに何かお礼しないと!」

「……夕食に招待すればいい」

 自然と口から出た言葉に、シルヴィアは驚いたようにこちらをまじまじと見た。セブルス自身も驚いていた。この家に、あろうことかポッター風の男を上げようと思うとは。しかしそれほどまでに、この絵は素晴らしいものだった。
 早速料理にかかったシルヴィアに、いつも通り手伝い、1時間後には様々な料理が並んだ。男は部屋にいたようで、シルヴィアが連れてきた。急に招待されて、男は困惑しているようだった。

「本当にいいんですか? ご夫婦の食卓にお邪魔して……」

「いいのよ、私たち、あなたの絵をすごく気に入ったの。遠慮しないで食べて!」

 向かいに座った男は、こちらに会釈した。改めて見ると、癖毛の跳ね具合は奴と似ているが、顔は全く似ていない。内心ほっとしながら、セブルスは料理に手を付け始めた。
 主にシルヴィアが男に話しかけ、それに答えていたが、酔いが回ってきたのか、男は自分から話し始めた。シルヴィアと楽しげに会話する男を見て、苦々しい気持ちになったが、男からシルヴィアへの好意は感じられなかった。
 21時を過ぎ、食後のデザートまで食べた男は、そろそろおいとましますと立ち上がった。

「あんな素晴らしい絵を、本当に、本当にありがとう! 家宝として大事にするわ」

「いやいや、家宝なんて大げさですよ。こちらこそおいしいお料理をありがとうございました」

 挨拶をして、男は出ていこうとする。その背中にセブルスは問いかけた。

「君はなぜ、私たちの絵を描こうと思ったんだ?」

 男は振り向き、笑みを浮かべながら答えた。

「奥さんの話から、お二人が互いを思い合ってるのが伝わってきたんです。僕は家庭を持ってませんが、そういう夫婦に憧れがあって……それで描きたいと思ったんです」

 そうか、とセブルスは頷き、ありがとうと礼を言った。男はにっこりと笑い、去って行った。ふと手を繋がれ、隣を見ると、シルヴィアがこちらに微笑んでいた。

「カルディコットさんに描いてもらえて、私たちは幸せ者だわ」

「……そうだな」

 二人はもう一度絵を見るため、リビングへと戻った。
 翌日、絵は額縁に入れられ、寝室に飾られた。魔法界の絵と違い、その絵は動かなかったが、描かれた二人の親密さや幸福感は十分すぎるほどに伝わってきた。これ以上に素晴らしい絵は、後にも先にもないだろうと、この絵を目にするたびセブルスは思った。

20180704
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