窓から差し込んだ西日が、キッチン全体だけでなくシルヴィアの手元まで明るく照らしていた。
シルヴィアは先程ピーラーで皮を剥いた人参をまな板に置き、緊張を和らげるべく大きく息をついた。不器用な彼女は家事全般が苦手だったが、中でも一番苦手なのが、野菜を切る作業だった。一度切ったら後戻りできないと思うと、どうしても緊張してしまい、うまく切れないのだ。彼女は包丁を手に取り、震える手でヘタの部分を切った。あとは均等になるように――
「料理をするときは、私を呼ぶようにと言っただろう?」
ふいに聞こえた声に、シルヴィアはびくりと肩を揺らした。振り向くと、セブルスがすぐ後ろに立っていた。
「……あなたって、たまに音もなく現れるわよね」
「君が集中しているからだろう」
セブルスはそう言うと、シルヴィアに寄り添い、後ろから彼女の両手に手を添えた。大きなあたたかい手のひらに、震えていた手も止まる。安心感を覚えながら、シルヴィアはセブルスに導かれるままに人参をゆっくりと切った。人参は、綺麗に等分されていく。
最後まで切り包丁を置くと、大きな手はそのまま自分の手を取り、彼の目の前にかざした。彼の指先がシルヴィアの手の先にそっと触れる。
「……こんなに傷の跡がついて」
セブルスが耳元で囁くように言った。たまに自分の指を切ることがあり、その度彼に治してもらうか絆創膏を貼っていたのだが、絆創膏の場合治らないうちにまた傷を作るので、なかなか跡が消えなかった。
「あとでマートラップ液を作ろう」
シルヴィアは笑って彼を見上げた。
「大げさよ、ただの傷跡だしもう痛くないわ」
主婦の証、と言うと、セブルスはふっと笑った。
「主婦は皆、君のような傷の多い手をしてるのか?」
シルヴィアは肩をすくめた。
「……まあ、私くらい傷跡だらけの手をしてる主婦は、マグルでも珍しいでしょうね」
セブルスの手によって掲げられた自分の手を見つめる。こうしてまじまじと見てみると、女性にしては酷い手だ。今まで不器用を理由に、何事も杖を振って済ましてきたためか、その反動がこの手に表れている気がした。
セブルスにこの手を見られていることが恥ずかしくなり、シルヴィアはやんわりと彼の手を離した。
「……あんまり見ないで。酷い手だわ」
「酷くなどない」
そう言って、セブルスはもう一度シルヴィアの手を取った。少し首を後ろにやって彼を見上げれば、セブルスは穏やかな表情で自分の手をじっと見つめていた。
「……君の手は、とても美しい」
彼の言葉にシルヴィアは驚いていると、一つ一つの指に、軽く口付けられる。セブルスの唇が指先に触れるたび、シルヴィアの胸はどきりと高鳴った。嬉しさと恥ずかしさがない交ぜになり、顔に熱が集まるのを感じる。
ふっと上からセブルスの笑った声が聞こえたかと思うと、赤くなっているだろう頬に口付けられた。リップ音と共に離れた彼は、少し愉快げな顔をしていた。
「……あなたがこんなキザな真似できるなんて、知らなかったわ」
恥ずかしさを隠すように、シルヴィアが言うと、セブルスは彼女の手を握りながら答えた。
「たまにはいいだろう……それにしても、生娘のような反応をするな」
まったく、可愛らしい。
耳元で囁かれ、シルヴィアは一層顔が熱くなった。この言葉に弱いことがわかっているのか、セブルスは笑みを浮かべている。
軽く睨んでみるが効果はなく、彼は再び顔を近づけてきた。間近にある黒い瞳からは、愉悦と、ほのかな熱を感じた。ずるい、とシルヴィアは思う。こんな目で見つめられたら、何も言えないじゃないか。
降参したシルヴィアはゆっくりと目を閉じ、唇におとずれるであろう感触を待った。
20180805
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