辺り一面が暗く、空と海の境界がなくなりそうな夜だった。展望室は肌寒く、不寝番であるララは持ってきた毛布にくるまり、白く見える息を吐いた。部屋を囲むベンチに座らず、地べたに座ったのは、その方があたたかいからだ。ジムも兼ねているこの展望室には、ゾロの使っているダンベルがごろごろ置いてある。運動して温まろうかと一瞬思ったが、汗が引いたら余計寒くなりそうなのでやめた。第一、持ち上げられる自信がない。
ちらと左手首に目を落とす。昔誕生日にサンジからもらった腕時計は、午前0時を指していた。もうみんな寝た頃かな。新しい船には、ハンモックだけでなく簡素なベッドもある。布団が恋しくなっていると、ギシギシと外の梯子を上る音が聞こえてきた。
「ララ、開けてくれ」
サンジの声だった。すぐに立ち上がり、ドアを開ける。寒ィな、とサンジは中に入ってきた。
「ほら、ココア。好きだろ?」
チョコの香りが立つコップを渡される。ありがとうと礼を言い、一口飲めば、温かく甘く、優しい味がする。心が満たされるのを感じながら、ララはサンジと一緒に座り込んだ。
「毛布使う?」
横にいるサンジに毛布を掛けると、逆に引っ張られてしまった。
「?」
「こっちの方があったかいだろ」
毛布を自身にかけ、サンジはおいで、と両手を広げる。ララは微笑みながら、胡座をかくサンジの腕の中へすっぽり入った。後ろからぎゅっと抱きしめられ、彼の体温を全身で感じる。ココアをまた一口飲めば、寒さもあまり感じなくなった。
「あったかい……」
「ああ……」
「「ずっとこうしてた……」」
二人で同じことを言おうとし、互いに笑い合う。こうして一緒に居られる時間は、船の中では少ない。ましてや触れ合う時間などないに等しかった。
ふいに首筋に唇が落とされる。唇はどんどん上がって行き、頬にたどり着く前に、ララは振り向きキスをした。リップ音とともに唇が離れる。サンジは自分の唇を少し舐め、呟いた。
「……甘ェな」
「うん……サンジも飲む?」
ああと頷いたサンジに、コップを渡す。彼は一口飲み、白い息を吐いた。
「……やっぱあったまるな」
コップが返され、ララももう一口飲む。いつもの美味しいココア。冷めないうちにとココアを飲み干し、体の内側がじんわり温かくなる。
コップを床に置くと、サンジと向き合い抱きついた。背中に腕が回される。
「サンジ……」
「ん?」
「好き」
そっと唇を合わせる。離れると、彼の瞳は熱を帯びていた。
「ララ、そういうことされると……」
「ん、ダメだよ」
船の上ではしない。二人で話し合って決めたことだ。
はあ、とサンジは大きくため息をついた。ごめんねと謝り、くるりと窓の方を向く。
腕時計はまもなく0時30分を指す。寝てもいいんだよ、と声をかけると、ご心配なく、と返ってきた。付き合ってくれるみたいだ。嬉しくなって、抱きしめてくれている手に自分の手を絡ませた。
昼間とは打って変わって、辺りは静かで波の音が聞こえてくる。日が昇れば皆が起き出し、サンジは朝食の準備を始めるだろう。日常から離れた、この非日常の空間で、サンジの腕に包まれながら、ララは束の間の幸せを噛み締めた。
20180325
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