la mer

 不意に聞こえたノックの音で、ララは我にかえった。ハンカチで涙を押さえ、鼻をすすりながらドアへ向かう。そこにはサンジが立っていた。

「ララ……」

 サンジはこちらを見て、つらそうに目を細めた。

「ララ、おれはここにのこ……」

「それは、ダメ」

 苦しい気持ちを抑え、必死に笑顔を作る。

「……夢を叶えて欲しいって、ずっと思ってた。サンジが出て行くことも、前から覚悟してた。だから、大丈夫。私はゼフ達と一緒に、サンジの帰りを待ってるから」

 言い終わらないうちに、腰に手が回され、サンジに抱き寄せられる。煙草の香り。彼の心地いい声が、耳元をくすぐった。

「……ごめんな、ララ……必ず帰ってくる」

 うん、と頷き、ぎゅっと力を込めてサンジに抱きつく。名前を呼ばれて上を向けば、そっと唇が落とされた。二人は長い間、互いに唇を合わせていた。












 ざっとサンジがコック達の前に現れる。皆の視線が一斉にこちらを向いた。そのまま甲板を歩く彼の後を、ララは半歩遅れてついていく。少しでも長く、彼と一緒にいたかった。

「ララ、ちょっとどいてろ」

「え?」

 小声で呼ばれたと思い立ち止まれば、パティとカルネが武器を振りかぶり、サンジに襲いかかっていた。

「積年の恨みだ!!!」

「覚悟しろ、サンジ!!!」

 しかしサンジはそれを避け、流れるように二人の顔面に蹴りを入れた。倒れた彼らを振り返りもせず、スタスタとサンジはルフィ達の元へ歩いていく。ララは彼らを心配しながらも、慌ててその後をついていった。

「行こう」

 船に乗っているルフィに、サンジが声をかける。

「? いいのか、あいさつ」

「いいんだ」

 本当にいいのだろうか、とララが思ったその時。

「おい、サンジ」

 ゼフの声がした。

「カゼ、ひくなよ」

 二階の甲板にいるゼフを、ララは見上げて微笑む。サンジを見ると、彼は抑えていた感情があふれだすように、目に涙を浮かべていた。

「オーナーゼフ!!!」

 オーナーもゼフも、サンジの口から聞くのは初めてだった。ララが少し驚くと同時に、サンジは泣きながらその場にひれ伏せた。

「……長い間!!! くそお世話になりました!!! この御恩は一生…!!! 忘れません!!!!」

 引いていた涙が、再び溢れ出す。寂しいぞォ!!、かなしいぞォ!!!と言うパティとカルネを、ララは泣き笑いの表情で見つめた。

「また逢おうぜ!!!! クソ野郎ども!!!!」

 サンジの言葉に、うおーっと皆が泣きながら手を振る。

「いくぞ!!! 出航!!!」

「ララ!!」

 じーんとしていると、サンジに名前を呼ばれる。彼の方を見た瞬間、不意に体が持ち上げられた。

「え? サンジ?」

「船長、おれのお姫様も連れてっていいか?」

「おう、いいぞ!!」

 サンジはララを抱えたまま船に乗り込む。涙も引っ込み、ぽかんとしていたララは慌てて声をあげた。

「え、ちょっと、下ろして!!」

 サンジに下ろされるが、時すでに遅し。船は甲板から離れ、バラティエに戻れなくなっていた。
 ララを返せー!!と口々に叫ぶ皆に、サンジは笑って手を振る。ララは呆然としていたが、次第にこの状況が楽しくなり、笑みがこぼれてきた。

「……サンジ」

「ん?」

「私を連れ出したからには、夢を絶対に叶える覚悟があるんでしょ?」

 笑みを浮かべてそう言うと、サンジはにっと笑った。

「おう!!」

 ララもバラティエへ大きく手を振る。ゼフが涙を浮かべながら微笑んでいるのが見えた。今まで親代わりになって育ててくれた彼と、よくしてくれた皆に感謝の気持ちがこみ上げ、気づけば叫んでいた。

「みんな、今までありがとーーーーっ!!!! またね!!!!」

 おおーっと雄叫びが聞こえてくる。涙を手で拭うと、改めてルフィと泣いている男に向き直った。

「ルフィくん、それから、えーっと……」

「ヨサクっす!! うう……」

「ヨサクさん。これからよろしくお願いします!」

 ぺこりと頭を下げると、ルフィたちはにっこりとこちらを見ていた。

「ああ!! よろしくな!!!」

 これから先、何があるかわからない。楽しいことばかりではないかもしれない。でも、自分は一人じゃないのだ。サンジがいるし、仲間がいる。それだけで、何とかなるような気がしていた。


20180321
end

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