クローゼットを開け、そのガランとした中身にララはため息をついた。やはり服はないか。バラティエを出てから丸2日。着の身着のまま船に乗ったララは、ずっとバラティエの制服を着ていた。伸縮性のある生地で作られていたが、先のアーロンパークでの戦いでエプロンが少しボロボロになっていた。
(次の島まであとどのくらいなんだろう……でも私お金持ってないしなあ……)
ふとナミが、ココヤシ村から出るときに皆の財布をスっていたことを思い出す。借りようか悩んでいると、甲板から皆の驚いた声が聞こえてきた。慌てて女部屋を出、甲板に行く。ルフィが嬉しそうに懸賞金のチラシを持って笑っていた。ん? 懸賞金?
「なっはっはっは!! おれたちはお尋ね者になったぞ!! 三千万ベリーだってよ!!」
「えっ!? 見せて!!」
おう、とチラシが渡され見ると、ルフィの笑顔がばーんと写っていた。すごい、と思わず呟く。これぞ”海賊”だ。
「ほらララ、おれの姿もあるぞ!!!」
ウソップがルフィの左下を指差す。確かに後頭部が写っていた。
「ふふ、ほんとだ!」
「後頭部じゃねェかよ、自慢になるか」
サンジはいじけているようで、体育座りしてそっぽを向いていた。
「…これはイーストブルーでのんびりやってる場合じゃないわね」
ナミの深刻そうな呟きに耳を傾けたとき、離れたところにいたゾロが口を開いた。
「おい、なんか島が見えるぞ?」
皆が一斉に海を見る。そこには確かに島があった。
「見えたか…あの島が見えたってことは、いよいよグランドラインに近づいてきたってこと! あの島には有名な町があるの。『ローグタウン』。別名終わりと始まりの町。かつての海賊王ゴールド・ロジャーが生まれ……そして処刑された町」
「海賊王が死んだ町…!!」
「行く?」
もちろん!!と船長は言い、メリー号は島へと錨を下ろした。
「ウーーッ!! でっけー町だー」
「ここから海賊時代は始まったのか」
ローグタウンは人も多く、栄えている町だった。
「よし!! おれは死刑台を見てくる!!」
「ここはいい食材が手に入りそうだ」
「おれは装備集めに行くか」
「おれも買いてェモンがある」
ゾロがナミに言うと、ナミはにっこり笑った。
「貸すわよ、利子三倍ね」
「あ、ナミちゃん私もほしいものが……」
ああ、とナミは頷いた。
「服でしょ? 一緒に買いに行きましょ」
「私お金持ってなくて…」
「そのくらい私が買ってあげるわ」
「えっ」
「女同士なんだし、遠慮はなしよ。行きましょ」
スタスタとナミは歩き出す。ララは慌ててついていった。
「ありがとう!!」
お礼を言うと、その代わり、とナミは振り向きこちらを指さす。
「あんたの服もたまに着せてよ。見たところサイズ一緒みたいだし」
「もちろん!」
一緒に入った服屋は、高そうなところだった。値札を見て不安になったララは、どんどん手に取っていくナミに尋ねる。
「ここで買うの?」
「ううん、着てみるだけ。ララも着たいの選んだら?」
これなんかサンジくん喜ぶんじゃない?とナミはこちらに服を渡す。それは胸元の大きく開いたドレスだった。スリットも深く入っている。バラティエにいたころは、こういうドレスを着る女性客を見たことはあれど、着たことはなかった。
(ちょっと着てみたいかも…)
ララはそう思ったが、いやいやとドレスを元に戻した。買わないことを前提に試着するのは気が引けたのだ。
「どお?」
「おおっ!! お似合いでお客様っ!!」
ナミのファッションショーが始まる。次々と着替えるナミに合わせて、店員のおじさんも次々と褒め言葉を投げかける。しばらくしてナミは満足したのか、着ていた服に着替えて試着室から出てきた。
「お待たせ。あら、あのドレスは?」
「うーん、ちょっと着てみたいけどやめとく」
「ふーん」
「こちらすべてお買い上げで!?」
店員が、ナミが着た服の山をさして、疲れ果てたように問いかける。ナミはにっこり笑って言った。
「ううん、いらない。私もっとラフなのがほしいのよ。動きやすくてさ」
「またのご来店で!!!」
しくしく泣いている店員に同情しながら、ララはナミについて店を出た。
今度は低価格でカジュアルな店だった。またもどんどん手に取っていくナミと一緒に、ララも服を選ぶ。
「ナミちゃんはスカート好きなんだね」
「そうね、どちらかといえば。ララはショートパンツ?」
手に持った服を見てナミが尋ねる。ララは頷いた。
「これから先戦闘も多くなるだろうし、動きやすいのがいいと思って。バラティエが休みの日は、よくワンピース着てたよ」
「サンジくんとデートするときとか?」
ナミがにやりと笑う。ララは恥ずかしくなりながらも頷いた。同い年くらいの女の子と、こういう話をするのは初めてだ。
「サンジくんとはいつから付き合い始めたの?」
「んー、もう4年経つから、15のときからかな」
「あら長いのね! 女好きだから、いろいろ大変じゃない?」
「大変といえば大変だけど、私がちゃんとサンジのこと見てれば大丈夫だよ」
あれはもう遺伝子レベルの域だからね、と服を見ながら呟くとナミは笑った。
二人は話をしながらしばらく買う服を選び、レジに持っていく頃には大きな山になっていた(主にナミの服で)。
「これくだ…さいっ!!」
どさっと一緒に服を置く。店員のおばさんはいぶかしげにこちらを見た。
「これ全部!? あんた達お金あんだろうね」
「あるわよ、失礼ね」
ナミがポケットから出したお札に、店員はがらりと表情を変え、上機嫌でララたちを見送った。
「またよろしくねーーっ」
「ん?」
ナミはふと空を見上げた。ララも見上げるが、特に何の変哲もない青空が広がっている。
「どうしたの?」
「空気が変わった……」
ナミは気圧計を取り出す。
「気圧も下がってる……一雨くるかも……」
「えっ、じゃあビニールもらわないと…」
「そうね。すいませーんおばさーん、でっかいビニールある?」
「ビニール? 雨の日でもあるまいし」
二つビニールをもらい、ナミとララの持つ袋をくるむ。ララは空気だけで予測したナミに感心した。ルフィが気づいた通り、ナミは確かに優れた航海士だ。
二人で街中を歩いていると、大きな魚を担いでいるサンジとウソップ、そしてゾロとばったり鉢あった。
「――で? あいつは?」
「死刑台を見るって…言ってたわよね…」
「死刑台のある広場ってここじゃねェのか?」
「あっ、あれルフィじゃない!?」
ララが死刑台を指さす。ルフィが死刑台の上で殺されかけようとしていた。
「な!!!! なんであいつが死刑台に!!!?」
「とにかく――」
ナミが呆れながら口を開く。
「ゾロ、サンジくん、ルフィを助けに行って!! 私とララとウソップはメリー号に!!」
「はい、ナミさん!!」
「わかった!!」
船の方へ走るナミについていく。魚をひきずりながら走るウソップが、ナミに問いかけた。
「おい、何をそんなにあわててんだ!? おれたちもあの広場でルフィ救出を」
「ララなら何かできるでしょうけど、私たちにあそこで何ができんのよ!!」
「そりゃ援護さ!! なんたっておれは魚人の幹部を一人仕留めた男だからな!!」
「もっと大切なことがあんの!!」
「大切?」
「この島に嵐がくる」
「えっ!?」
「何ィ!!?」
「これからあの広場で騒動を起こせば海軍も出てくる。逃げる時に船流されちゃってたらどうする!!?」
なるほどそりゃ一大事だァ!!とウソップは走る速度を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってよ…!!」
「ナミ、袋持とうか?」
脚力には自信がある。ナミの分を持っても走る速度は落ちないだろう。そう思って声をかければ、ナミは悪いわねと言って袋を渡してきた。
メリー号につくと、なにやら着ぐるみを被った男と大きなライオンがいた。とっさに隠れたウソップとナミにならって、ララも家の陰に入る。
「……戦わないの?」
「た、戦うぞ、おれは!! だがその前に、敵の技量を量るべくララが行ってきてくれ!!」
「そうね!!」
ナミたちに背中を押され、ララは陰から出て叫んだ。
「ちょっと!! 何やってんの!!?」
「ぬっ!!? 何奴っ!!!」
男はこちらを振り向いたと思えば、その場でつるりとすべり船に頭をぶつけて倒れた。やる気になっていたララは、ええー…と男を見つめる。男の代わりに戦うつもりなのか、ウガーとライオンがこちらに走ってきた。
ララは石畳をたんと蹴り、ライオンの額に向かって思い切り足を振り下ろした。
「あんまり動物を痛めつけたくないけど……”バッシング”!!!」
強烈な踵落としを食らったライオンは、ぐらりと倒れた。
「グッジョブよ、ララ!! 早く乗り込むわよ!!」
ナミたちに続いてララも船に乗り込む。ルフィ達が帰ってきたらすぐに船を出せるように、三人で準備をし、しばらくして――
「ララ、ナミさんただいまー!!!」
「すげー雨だ」
「急げ急げ!!! ロープが持たねェ」
「早く乗って!!! 船出すわよ!!!」
ルフィ達が乗り込み、出航する。暗い嵐の海を、メリー号は進んでいく。
「うっひゃーっ、船がひっくり返りそうだ!!!」
「あの光を見て」
ナミが島の灯台を指さした。
「”導きの灯”。あの光の先に”グランドライン”の入口がある。どうする?」
「しかしお前何もこんな嵐の中を……なァ!!」
「よっしゃ、偉大なる海に船を浮かべる進水式でもやろうか!!」
「オイ!!!」
ウソップの言葉を無視して、サンジが酒樽を持ってきた。
「おれはオールブルーを見つけるために」
ことりと足を酒樽に置きながら彼は言う。
「おれは海賊王!!!」
「おれァ大剣豪に」
「私は世界地図を描くため!!」
「お…お…おれは勇敢なる海の戦士になるためだ!!!」
皆が順に足を置いていく。ララはそれを他人事のように見ていた。
――夢。私の夢はなんだろう。
サンジとオールブルーを見ること? それも一つの夢だ。でも今、グランドラインを臨んで思うことは――
「ララの番だぜ?」
サンジの優しい声に頷き、足を乗せながら口を開く。
「サンジとオールブルーを見るため、そして失った記憶を取り戻すために…!!!」
一斉に皆で足を上げ、樽へ振り下ろした。
「いくぞ!!! ”グランドライン”!!!!」
20180323
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