最初に見えたのが木でできた天井、そして次に見えたのが金色のきれいな髪をした男の子だった。こちらを覗き込んでいた少年は、慌てたようにぱっと顔を離し、口を開いた。
「……目ェ覚めたか?」
「ここは……?」
起き上がろうとして少年に止められる。
「まだあんまり体動かさない方がいいって、ジジイが言ってた。ここは船の中さ、海上レストランなんだ」
「海上レストラン? あなたは誰?」
「おれはサンジ。おまえの名前は?」
「私の名前は……」
言おうとして、名前が出てこなかった。私の名前は何だったろう。思えば、ここに来るまでの記憶もない。
黙り込んだ少女に、サンジは眉根を寄せた。
「覚えてないのか?」
頷くと、サンジはジジイ呼んでくると言って、部屋から去って行った。そして口髭を三つ編みにした不思議な男の人を連れてきた。
「おれはゼフだ……名前を覚えてないのか?」
「はい……」
「ここまで何があったのかも?」
恐る恐る頷く。そうか、そりゃ困ったなとゼフはつぶやいた。
「ごめんなさい……」
「いや、おまえは悪くねェんだから、謝るな」
「私は……どんなところにいたの?」
「小舟の上に倒れていた。体温が冷たくぐったりしてたから、風呂に入れたよ……安心しな、この小僧は何も見てない」
ちらりとサンジに向けた視線に気づいたのか、ゼフはそう言った。
「それで、このベッドに寝かせたのさ。体調はどうだ?」
「大丈夫です……本当にありがとうございます」
ゼフとサンジにお礼を言うと、グーっと下から音がした。恥ずかしくなり、あわてておなかを押さえる。ゼフが笑いながら言った。
「腹減ってるみてェだな。作ってくるからちょっと待っとけ」
大丈夫、と言いかけたがゼフはもう部屋から出ていってしまった。心配そうな顔をしていたらしく、サンジが言った。
「大丈夫さ、ジジイの料理はクソうめェんだ!!」
「そうなの? それは楽しみ!」
サンジと一緒に笑いあう。不安な気持ちはどこかに去ってしまった。
「サンジとゼフは親子なの?」
「……いや、実際には違うけど、そんなようなもんさ」
そうなんだ、と相槌を打つ。
「サンジは何歳なの?」
「おれは10歳だ。おまえは…って歳もわかんねェか」
「うーん……たぶん同い年くらいだと思う」
「なんでそう思うんだ?」
「なんとなく」
何だそれ、とサンジが笑ったところでドアが開き、ゼフがお盆を持って入ってきた。
「粥だ。熱いからちゃんと冷まして食べろ」
「わあ、ありがとう!」
白いおかゆからは湯気の立ち、おいしそうな匂いがした。いただきますとスプーンを手に取り、念入りに冷ましてから口に含む。
「ん! おいしい!!」
「それァよかった」
おなかが減っていた少女は黙々と食べ続け、すぐに完食してしまった。
「おなかいっぱい……ごちそうさまでした」
ゼフに向かってお辞儀する。ゼフはお盆を持ちながら言った。
「すっかり元気になったなァ……しかしお前、これからどうするんだ? アテも何も覚えてねェんだろ?」
「うん……」
しょげてしまった少女を見て、サンジは言った。
「……クソジジイ、ここに置くわけにはいかねェかなァ」
「……そうだな、このままほっぽり出すなんてできねェしな。まァ、ここに置くってことは働いてもらうってことなんだが」
「何でもします、ここに置かせてください!」
二人に向かって頭を下げれば、よし、とゼフの言う声が聞こえた。
「そうと決まれば、明後日から働いてもらう……その前に、名前がわかんねェってのも不憫だな」
「ジジイが付けたらいいんじゃねェか?」
なァ?とサンジに話を振られ、少女は頷く。
「うん、付けてもらえると嬉しいです」
「そうか? じゃあ……ララってのはどうだ?」
「ララ……すごくいい!」
「気に入ったか?」
うん!と勢いよくララは頷く。サンジもクソジジイにしてはいい名前だと言ってくれた。
ララは嬉しくて、自分の名前を心の中で反復する。今までの記憶もなく、働くことに不安がないと言ったら嘘になるが、この二人と一緒なら大丈夫という気がしていた。
20171219
prev next
back