la mer

「……ねえ、カルネ」

 今日の仕込みの当番はカルネだった。仕込みを任されるコックはごく一部であり、カルネはそれを光栄に思っていた。
 一人で真剣に仕込みをしていると、ララが厨房に入ってきた。カルネは手を止める。

「どうした、ララ」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今大丈夫……?」

「あァ、ちょっとならいいが」

 人が入ってこないか確認するそぶりを見せた後、あのね、とララは話し出した。

「その人に触れられると胸がバクバクしたり、その人のことを毎日考えちゃうのは、何でだと思う?」

「ブッ」

 思いがけない質問に、驚いたカルネは吹き出す。冗談かと思いきや、ララは真剣な表情をしていた。

「どうしてかわかる?」

「あ、あァ、それは多分……恋じゃねェか?」

「こい? こいってサンジがよく女の人に言ってるやつ?」

「あァ。恋ってのは……その人のことを異性として好きになるってことだ。まァ、人生のスパイスみてェなもんだな」

「異性として好きになる……人生のスパイス……」

 難しい顔をして考え込んでしまったララに、カルネは言った。

「島に行った時に、恋愛小説ってのを買ってくればいい。そうすりゃ恋がどんなもんかわかる」

「れんあい小説、ね。わかった、ありがとう」

 くるりとカルネに背を向けて、ララは厨房を出ようとする。その背中にカルネは問いかけた。

「その相手ってのは、どんな奴か聞いていいか?」

「ダメ、内緒!」

 ララは楽しそうに笑い、去って行った。
 もしララが好きになったのが、サンジ以外の奴だったら……想像して、カルネは背筋が寒くなった。きっとそいつはサンジにオロされるだろう。






 休みの日に買い出しに行くコックの船に乗せてもらい、ララは島で恋愛小説を買ってきた。ぽかぽか陽気の下、甲板に座り、店員の人におすすめされた恋愛小説を開く。
 物語の主人公は、ララと同じくらいの女性で、同い年の男の人を好きになるという話だった。主人公と自分を重ね合わせたララは話にのめり込み、数時間後には完読していた。パタンと本を閉じ、脇に置く。この本からわかったことは、好きな人に好きだと告白して『両想い』になれば、唇と唇を重ねたり裸で抱き合うようになるということだった。それを付き合うと言い、彼氏彼女の関係になる。しばらくして彼氏が彼女にプロポーズをし、結婚する。結婚すると子どもができる。その子どもが恋をする。そうして世の中は回っているのだ。
 なんて深い話なんだ、と感慨に浸っていると、目がうつらうつらしてきた。
(眠くなってきちゃった……)
 暖かい陽の光が気持ちいい。ここで寝てしまおう、とララは目を閉じた。





「ララ、新作の味見を頼みてェんだが……って寝てんのか?」

 ララが甲板で本を読んでいると他のコックから聞き、甲板へ出ると、ララは船の壁にもたれて眠っていた。サンジは静かに近づき、隣にかがむと、その寝顔をじっと見つめた。
(あー……クソ可愛い……)
 出会ってから、可愛いと思わなかった日はない。長い睫毛、通った鼻筋、桜色の唇。女性らしい体つきになったララを、意識するなという方が難しい。純粋無垢な彼女の心に触れるたび、サンジは癒される。気づいた時には、ララを好きになっていた。
 ララのそばに置かれた本に気づき、タイトルを見る。題名は羊雲。どんな話なのだろうか。サンジは気になったが、中を見ずにそっと元に戻した。本の中身を勝手に見られるのは、あまりいい気がしないだろう。
 風に揺れるきれいな髪を優しく耳にかけ、サンジは立ち上がった。味見はあとでも大丈夫だ。厨房へ、足音を立てずに向かった。

20171225
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